レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.288 地政学的変化と経済連携の方向性
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- 地政学的緊張の高まりにより、国際経済では効率性よりも経済安全保障を重視した供給網再編が進み、特に中国との非対称的相互依存が各国の重要な課題となっている。
- 政治的友好関係にある国との供給網を形成・強化するため、 ASEAN・CPTPP・EUなどの枠組みを活用した高水準な経済連携の推進が重要である。
近年の国際経済は、米中対立、ロシアによるウクライナ侵攻、半導体や重要鉱物に対する輸出管理など、地政学的要因の影響を強く受けるようになっている。これまで国際経済学では、自由貿易と経済相互依存は各国の厚生を高め、国際協調や平和を促進するという考え方が主流であった。しかし現在では、経済的相互依存は協力の基盤である一方で、国家間の戦略的影響力や経済的威圧の手段にもなり得ることが明らかとなっている。本ポリシーブリーフでは、地政学的緊張の高まりを背景とした国際経済の変化と、経済相互依存、供給網再編、経済連携の今後の方向性について議論する。
経済的依存関係
国家間の戦略的影響力において重要なのは、依存そのものではなく、「代替が困難な非対称的依存」である。ある国が他国からしか調達できない財への依存を強めれば、その供給国は交渉力や影響力を獲得することができる。また、各国政府は受動的にこうした状況に置かれるだけではなく、将来の外交関係の変化を見据えながら、戦略的に非対称な依存関係を形成し、自国の地経学的な力を高めようとする(Liu and Yang, 2025)。そのため、近年の輸出規制や経済安全保障政策は、安全保障上の措置であるだけでなく、将来的な交渉力を構築する政策として理解する必要がある。
こうした問題を評価するためには、各国間の依存関係を定量的に把握することが重要である。そこで、Liu and Yang (2025)の方法を用いて、日本やASEAN諸国、欧州諸国について、輸入依存を通じた中国と米国の影響力(パワー)の変化を調べる。詳細は割愛するが、日本を例とすると、まず「日本の中国からの輸入依存度」を計算する。これは日本の総輸入額に占める、中国からの製品レベルの輸入シェアをウェイトとした、代替の弾力性(の逆数)の加重平均値と定義される。日本が他国で代替しづらい製品をどれだけ中国から輸入しているかを示している。同様に、「中国の日本からの輸入依存度」を計算し、これを「日本の中国からの輸入依存度」から引いたものを、「中国の日本に対するパワー」と定義している。
図1.米国のパワー推移
図2.中国のパワー推移
図1は米国の各国に対するパワーを、図2は中国のパワーを示している。米国の影響力はメキシコやインドネシア、タイ、ベトナムなどで低下傾向にあることが確認された。これは、米国自身がこれらの国々への輸入依存を強めているためである。一方、中国の影響力は多くの国で上昇している。特にASEAN諸国やメキシコでは顕著な増加が見られ、中国の地経学的な影響力が拡大していることが示唆される。
依存リスクの軽減
このような依存リスクを軽減するため、近年ではフレンドショアリング、ニアショアリング、リショアリングなど、供給網の再編戦略が注目されている。Ando et al. (2026)では、2015年から2024年までのデータを用いて、Factory America、Factory Asia、Factory Europeの三大生産ネットワークにおける供給網再編を分析している。その結果、政治的フレンドショアリングは三地域すべてで有意に進展している一方、地域貿易協定(RTA)を基盤とした経済的フレンドショアリングはほとんど確認されなかった。つまり、企業はRTA加盟国からの調達を特に増やしているわけではなく、地政学的リスクを考慮した供給網再編を進めていることが明らかになった。
また、トランプ第二次政権による追加関税への対応について分析すると、日本では自動車や鉄鋼、ASEANではトラックや鉄鋼の輸出先が非RTA加盟国へと多様化していた。つまり、RTA加盟国への輸出拡大は限定的であり、輸出市場の多様化においてRTAの役割は必ずしも大きくなかった。その背景として、既にRTA加盟国との貿易比率が高く、新たな拡大余地が小さいことが挙げられる。また、実証分析に際してRTAの内容や質の違いを十分に考慮していないことも原因であろう。実際、近年ではRTAメンバー国間であっても、保護主義的な貿易制限が見られる。
経済依存関係と政治的友好関係
もっとも、政治的友好関係も長期的には必ずしも安定したものではない。歴史的にも国家間の政治関係は大きく変化しており、現在の友好国が将来も友好国であり続ける保証はない。実際、世界貿易機関のWorld Trade Report 2023によると、1972年から1981年にかけて確認された二国間の政治的提携のうち、2006年から2015年にかけて変化していなかったものは約40パーセントにとどまった。そのため、供給網の安定性を現在の政治的同盟関係だけに依存することには限界がある。
一方で、政治的友好関係は経済統合の深化によっても形成・強化されることが知られている(Kleinman et al., 2024)。政治的友好関係がより安定した国との供給網を形成するために、「信頼」できる国(例えばハイスタンダードな貿易協定を締結し、相互に不公正な措置を執らないことをコミットしあっている国)との経済的結び付きを深めていくことが重要となる。
この観点から、ASEAN、CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)、EUの連携強化は有力な選択肢となる。これらの経済圏は十分な経済規模を有しており、中国や米国に対しても一定の存在感を持つことができる。しかし現実には、このグループ内でも保護主義的措置が見られるため、更なる制度整備が必要である。供給網の強靱化を始め、経済安全保障措置のルール整備、産業補助金の規律、技術ガバナンス、輸出管理の協調など、多様な分野で協力を深化させることが重要である。こうした取り組みにより、国際経済統合の利益を維持しながら、地政学的対立がもたらす分断圧力を適切に管理していくことが期待される。
(はやかわ かずのぶ/開発研究センター)
謝辞:本稿作成には日本台湾交流協会より研究助成(日台若手研究者共同研究)を受けている。ここに記して謝意を表す。
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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