レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.283 台湾海峡のグレーゾーン事態と複合的危機への対応
PDF (507KB)
- いわゆる「2027年侵攻説」は、2027年に台湾侵攻が行われることを必ずしも意味しない。
- 台湾海峡では、中国による防空識別圏・中間線侵入が常態化し、軍事演習も活発化している。
- 台湾海峡のグレーゾーン事態を把握した上で、抑止、危機管理、国際的連携が必要である。
2021年3月、デービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)は、中国が今後6年以内に台湾へ軍事侵攻する可能性があると示唆した。これが、いわゆる「2027年侵攻説」である。その後も、バーンズ中央情報局(CIA)長官(当時)などが、習近平指導部の下で、2027年までに台湾侵攻に向けた準備が進められているとの見方を示した。これらの観測は、習近平政権三期目の節目や人民解放軍建軍100年に向けた軍近代化目標の年とも重なり、台湾海峡をめぐる緊張を象徴する言説として注目を集めた。
しかし、台湾海峡情勢は、台湾への全面侵攻の有無だけで捉えられるものではない。むしろ重要なのは、その前段階で展開されている中国のグレーゾーン戦略と、それがもたらす状況を的確に把握することである。ここでいうグレーゾーン戦略とは、軍事的・非軍事的手段を組み合わせた圧力を指し、その結果として生じる緊張状態をグレーゾーン事態と呼ぶ。本稿では、こうした観点から、台湾有事につながりうる中国の対台湾圧力の実態を明らかにする。
「2027年侵攻説」をどう見るか
この「2027年侵攻説」は、あたかも台湾侵攻が同年に行われるかのように一人歩きしたが、その説が正しいとは必ずしも言えない。むしろ中国がその頃までに台湾へ全面侵攻する能力を獲得することを目標に、軍備増強や作戦遂行能力の向上を進めていると理解するのが妥当である。また、ロシアによるウクライナ侵攻は、中国に対して軍事作戦の困難さと国際的制裁の重みを改めて認識させたとみられ、台湾侵攻の切迫性はやや低下したとみることもできる。加えて、最近の中国軍高官の相次ぐ解任も、全面侵攻のハードルを高める要因の一つと考えられる。
その一方で、習近平政権は、台湾問題を「核心的利益」と位置づけ、台湾への武力行使の可能性を否定せず、その選択肢を留保してきた。中国は、軍事的威嚇と政治的圧力を組み合わせながら民進党政権への圧力を強めるなかで、台湾の国際的孤立を狙って外交攻勢も強化してきた。その結果、台湾の国交国は、蔡英文政権期に22カ国から13カ国へと減少し、頼清徳政権下の現在は12カ国となっている。
強まるグレーゾーン戦略の圧力
最近の台湾海峡情勢は、中国が台湾に対し、政治的・経済的・軍事的威圧を強めつつ、世論工作、認知戦・情報戦、サイバー攻撃などの非軍事的圧力を重ねるなかで不安定化している。それに加え、中国軍機による防空識別圏侵入や中間線越え、偵察気球の打ち上げ、軍事演習を名目とする飛行区域の制限や海上航行の妨害などが常態化しつつある。こうした動きがさらに強まれば、台湾の離島への攻撃・奪取、台湾近海の海上封鎖、さらには台湾への全面侵攻といった、より高強度の軍事行動に発展する恐れがある。すなわち、現在の台湾海峡情勢は、全面侵攻の有無だけで判断すべきではなく、グレーゾーン戦略による圧力が強まり、その延長線上で危機が高まる構図として捉える必要がある。
図1に示した薄いグレー部分は、これまで中国が台湾に対して現実に行ってきた圧力の諸形態を示している。とりわけ、2022年8月のペロシ米下院議長(当時)の訪台前後には、中国の台湾に対する圧力が強まり、2024年1月の台湾総統選挙の前後にも同様の傾向が確認された。
これに対し、事態が図1の下部のさらに濃いグレーの部分、すなわち台湾の離島の奪取や実効支配、台湾海峡近海の海上封鎖の段階に至れば、台湾への全面侵攻が現実化する恐れが高まる。ただし、これらは必ずしも段階的に進行するわけではなく、実際には複合的かつ同時並行的に発生する可能性が高い。些細な行き違いや誤解が、武力紛争へ発展することもある。
図1 台湾有事のイメージ
現在の台湾海峡では、平時とも有事とも言い難い状況のなかで、中国が軍事・非軍事の両面から台湾に圧力を加えるグレーゾーン事態が常態化している。こうした圧力の積み重ねは、やがて台湾有事へとつながる可能性もある。
グレーゾーン事態が現実のものとなったのが、2024年2月以降、同年夏頃まで続いた金門島周辺海域をめぐる一連の動きである(①)。中国は漁船転覆事故を契機に、台湾側の禁止・制限水域を認めない立場を改めて強調し、海警船の巡視を常態化させた。さらに、台湾観光船への立ち入り調査や台湾籍漁船の拿捕を通じて、海上での圧力を強めた。こうした動きは、全面的な武力行使には至らないものの、海上における既成事実の積み重ねを通じて、台湾側の実効支配や行動の自由を徐々に制約しようとするものである。これは、中国の典型的なグレーゾーン戦略の一例といえる。
したがって、この「グレー」な状況の推移を慎重に見極めつつ、台湾海峡における一方的な現状変更を防ぐための抑止力を維持していくことが重要である。その意味で、日米安保体制を基盤とする抑止の役割は引き続き大きい。
「国際化」する台湾問題
近年、習近平政権による香港への統制強化と、それにともなう「一国二制度」の形骸化を背景に、「香港の次は台湾か」という懸念が国際社会で広がってきた。そうした中国の動きを牽制するかのように、民主主義を掲げる友好国の政治家や政府高官の台湾訪問も相次いでいる。台湾問題はもはや中台間だけの問題ではなく、インド太平洋地域の秩序、海上交通の自由、世界経済の安定とも結びつく国際的争点となっている。その意味において、台湾問題はますます「国際化」している(②)。
とりわけ、先述のペロシ米下院議長の訪台以降、危機は一段と深まった。中国は台湾周辺で大規模軍事演習を実施し、その際に発射した弾道ミサイル11発のうち5発が、南西諸島付近の日本の排他的経済水域に着弾した。この出来事は、台湾有事が台湾だけの問題にとどまらず、日本の安全保障にも大きな影響を及ぼしうることを明らかにした。
まとめ
台湾海峡情勢は、台湾への全面侵攻の有無ではなく、むしろグレーゾーン事態が複合的に積み重なることによって生じる危機として理解すべきである。日本に求められるのは、台湾有事につながりうるグレーゾーン事態の現状を的確に捉え、台湾海峡における紛争を未然に防ぐための抑止と危機管理を日常的に強化することである。それとともに、民主主義を共有する友好国との国際的連携を通じて、台湾海峡における一方的な現状変更を許さないという姿勢を広く発信していく必要がある。
参考文献
- 松本はる香「漁船転覆、拿捕――不安定な台湾海峡、有事抑止のため必要な国際社会の『外圧』」実業之日本フォーラム(2024年10月23日)。
- ―――――「習近平政権期の米中関係と台湾問題の『国際化』」財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』(2024年11月)。
(まつもと はるか/新領域研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2026 松本はる香
