レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.282 フィリピンにおけるデジタル接続/決済普及戦略
―GIDA*を抱える島嶼国の金融包摂実現への試み
*「地理的に孤立した不利な地域」(Geographically Isolated and Disadvantaged Areas)
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- 政府デジタル接続計画は「国民総参加型」で「地域間格差の是正」に注力。民間資金活用も。
- 中央銀行によるデジタル小口決済促進計画は制度整備を完了、全国への普及段階へ。
- 情報通信省所管の「E-ガバナンス法」成立とも併せて「総合デジタル国家戦略」を構築。
フィリピンのマルコス大統領は、2026年1月25日に情報通信技術省(DICT)が主導する2026~2028年の「国家デジタル接続計画」(National Digital Connectivity Plan: NDCP)に署名した。同国におけるデジタル経済の発展は、通信インフラ政策と決済システムの移行・改革が相互に補完し合う形で進展している。本稿では、同じくDICTが実施主体の「E-ガバナンス法」および中央銀行(BSP)によるデジタル決済普及戦略の関係を金融包摂の観点から整理する。
「E-ガバナンス法」=電子政府戦略と計画
2025年9月に成立した「E-ガバナンス法」(共和国法12254号)は、NDCPで整備予定のデジタル環境(後述)とBSPが提供するデジタル決済基盤に、行政サービスを接続させることを目指す。同法はICTを活用した行政の効率と透明性の改善を目的とし、DICTの主要な責務の一つを、政府部門が持つ医療情報や予算・会計システムのデジタル統合、セキュリティ強化も含む「電子政府マスタープラン」(EGMP)の策定とする。EGMPは2010年代に断続的に作成されてきた(2013~2016年、2018~2022年)が、本法により3年ごとの見直しと更新が明記された。
最新のEGMPは現時点で未公表だが、同法はさまざまな「電子政府プログラム」の実施を定めている。なかでも、①地方行政レベルでの税金支払い・補助金の授受や市民向け各種行政手続きのデジタル化と、②BSPが提供するデジタル小口決済基盤(National Retail Payment System: NRPS)に接続する電子決済ゲートウェイの設置を行政側に義務付けることが、重要な柱とされている。災害時やパンデミック下での経験を踏まえ、常に利用可能かつ迅速な行政サービスの提供と、政府=個人間のデジタル取引の普及に注力する方針を明示したものと言える。
NDCPの目的と特徴
NDCPでは、デジタル接続を電力や水道と同様の「公共財」と位置づけ、政府・民間・地域社会が連携してデジタル基盤を整備する「国民総参加型デジタル化」を基本理念とする。「全国民への普遍的・高速・安価・安全な接続を実現」し、通信インフラの整備による教育、医療、行政、金融など社会サービスへのアクセス改善を図り、経済機会の拡大と包摂的成長の実現を目指す。また、島嶼国であり、自然災害が多く、紛争の影響が残る地域もある国内事情を反映し、段階的かつ複数の通信インフラ整備を目指している点も、NDCPの特徴である。まず海底ケーブル・衛星通信により最低限の接続を確保(NDCP期間内)し、その後に無線通信(4~6年後)と光ファイバー(7~10年後)を網羅させるという。これら通信インフラの多重化や分散配置に必要な投資規模を約5.6兆ペソと推計し、整備には民間資金が不可欠だとの認識を示している。そのため、前政権からの方針転換となる官民協働投資(PPP)の活用を謳っている。
また、NDCPでは地域間格差の是正を重視する。全国に42,000超あるバランガイ(最小行政区分)単位で①地理的不利(GIDA)、②経済的遅れ、③災害リスク、④治安・セキュリティの観点からスコアリングし、通信インフラ整備の優先的投資対象として6地域を明示している(表1)。前述4基準で高優先バランガイ数が最多であるミンダナオ、なかでも南西部を喫緊の整備対象としている。これら地域は、後述するBSPのデジタル決済促進において、普及の遅れが指摘される地域とも合致している。
表1 通信インフラの優先的整備地域とその特徴
この地域間格差是正の進展を確認するために、NDCPでは2028年までに達成すべき数値目標を設定し、進捗を年次報告するとしている。①ブロードバンド料金の40~80%削減、②モバイル約22Mbps、固定約210Mbpsへの通信速度の向上、③全学校・医療施設・バランガイの100%接続、④約13万箇所の無料Wi-Fi拠点設置、⑤デジタル未接続である約7,000地域の接続完了、⑥デジタル関連で約800万人の雇用創出、が目標に掲げられている。雇用創出までを含む点が、包摂的成長を重視する姿勢を表している。
BSPのデジタル決済普及戦略
他方、BSPによるデジタル決済普及への取組みは、ASEAN域内での決済ツールの相互接続や共通化への議論等を背景に、2010年代後半には着手されていた。BSPにデジタル決済基盤の整備を命じた2018年成立の「国家決済システム法」(共和国法11127号)と、その実現戦略である「デジタル決済転換ロードマップ 2020-2023」により、小口決済の標準化・相互接続の確保と民間事業者の参入促進が制度化された。BSPが提供するNRPS上に、InstaPayやPESONetなどの小口決済ツール、電子マネー事業者を相互接続させた環境を構築している。
上記ロードマップで重視されたのは、①遠隔地や島嶼部での銀行支店網に依存しない金融サービスの提供、②災害時対応力の強化としてのキャッシュレス化、③海外送金との接続強化、である。そのため、普及の初期段階では対象者の多い政府給付のデジタル化を進め、次にQR Phなどの国内標準化された手段での個人間送金、小規模商店やインフォーマルセクターでのキャッシュレス化の拡大に注力する。最終的には、企業間・大口・ロット決済の拡大と全国的な普及を想定している。
地域別の普及率や取引頻度のデータを欠くものの、BSPは四半期ごとなど定期的にデジタル小口決済の実績を公表しており、直近10年弱で急速に拡大したことが分かる。2025年末時点の決済額は年間約1兆3,000億ペソ(2018年末時点同約80億ペソ)超、取引数は約70億回(2018年末同約80万回)に達し、小売決済では金額・決済数とも約6割(2024年末時点)を占めるまでになった。2024年以降の後継ロードマップが未公表である理由は、基盤整備と導入の段階は完了し、全国的普及を目指す段階に移行したからとも考えられる。実際、金融包摂に関する報告書では、デジタル接続環境の有無を要因とする普及の地域間格差を課題として挙げている。例えば、小規模商圏でのQRコード決済の拡大のため、BSPが市レベルまでの地方政府と取組む「Paleng-QR Ph Plus」では、2026年2月時点の参加自治体数が1,000を超えた。しかし、マニラ首都圏やルソン地域と比較すると、ビサヤやミンダナオ地域からの自治体参加やQRコード決済圏設置の制度化に遅れが見られるという。
まとめ
E-ガバナンス法、NDCPとデジタル決済普及戦略は、通信インフラ整備と行政・金融サービスの向上、金融包摂の促進を軸として密接に連関しており、現政権の「国民総参加、全国規模でデジタル決済化を加速させる」姿勢を明確に表している。今後の政権と行政機関には、これらの政策を「総合デジタル国家戦略」として運用し、まずは地域間格差の解消に注力することが強く求められる。10年間の想定では野心的にも見える「通信インフラ整備→接続・通信品質の向上→デジタル決済ツールの普及による金融包摂の進展」の成否を判断するには、NDCP終了時までのGIDAにおけるPPP契約案件数や、Paleng-QR Ph Plusでの成果に注視していく必要がある。
(かしわばら ちえ/開発研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2026年 柏原千英
