出版物・レポート
レポート・出版物

レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.281 日本とASEAN・グローバルサウスが構築すべき非覇権型AI協力の枠組み

2026年4月16日発行

PDF (613KB)

  • 2026年のAI信頼性危機は国内問題ではなく、国際協力の再設計を迫る構造課題である。
  • 日本が提示すべき五原則は、ASEAN・グローバルサウスの自律性と高い整合性を持つ。
  • 日本は基盤モデル競争ではなく、制度・安全・文化適合性の領域で主導権を発揮できる。

2026年初頭、日本国内外でAIの信頼性を揺るがす出来事が相次いだ。2026年3月、楽天グループが「Rakuten AI 3.0」と称して発表した生成AIサービスは、実際には中国製オープンウェイトモデルを利用していた可能性が報道で指摘され、透明性の欠如が批判を呼んだ。企業が「国産AI」という言葉を安易に用いたことが、業界全体の信用問題につながった。

2026年2月には、米OpenAIが、中国関係者がChatGPTを選挙関連情報操作に利用しようと試みていたことを公表した。個人名やアカウント名は伏せられたものの、国家レベルの帰属を公表した点は大きな波紋を呼んだ。一方、利用者からすれば、政治的・地政学的理由で利用履歴が公表されかねないという不安が生じ、AI企業が準監視機関のように振る舞うリスクが可視化された。

2026年4月、国立情報学研究所(NII)は国産LLMLLM-jp-4」を公開し、透明性の高いデータ構築方針と、日本語理解・生成における高い性能が大きな注目を集めた。米中の基盤モデルに依存しない選択肢を持つことは経済安全保障上の意義が大きく、自治体や企業が安心して利用できる点でも期待を集めている。ただしこれは「世界市場で戦う基盤モデル」ではなく日本語圏向けの高品質モデルであり、また、データ・計算資源・研究予算・人材の量的限界という根本課題は依然として残っている。

これら三つの事例は、AIの信頼性・透明性・主権をめぐる問題が、もはや国内だけで対処できるものではなく、国際協力の枠組みを含めて再設計すべき段階に来ていることを示している。

日本とASEANが共有する「AI信頼性」の課題

米中の巨大企業が基盤モデル開発で圧倒的に先行する中、日本が正面から競争することは容易ではない。研究予算や人材も分散しているため、単独で米中と同等の基盤モデルを育てることには構造的な制約が伴う。他方、行政・企業・教育現場では自国語に強い、安全に使えるLLMを求める声が高まっている。データ・予算・人材の課題の中、日本が自国の強みを生かしつつASEANやグローバルサウスと協力し、ローカル言語に強く透明性の高いモデルを共同で育てるという方向性は理にかなっている。

実際、以下の散布図が示すように、日本はAIエコシステムの成熟度では米国やシンガポールに劣る一方、規制強度は比較的弱い位置にある。

図 AI開発力と規制強度の国際比較

図 AI開発力と規制強度の国際比較

(出所)Tortoise Global AI Index, Comparitech AI Legislation Indexより筆者作成。

これは、日本がAI開発においてASEAN諸国と同じく「フォロワー」としての課題を共有していることを意味する。米国製AIには自由主義的価値観や欧米中心の歴史観が、中国製AIには政治的検閲や国家イデオロギーが組み込まれている。多様な文化・宗教・歴史を持つASEAN諸国にとって、どちらのAIモデルもそのまま適用することは望ましくない。さらに、米中双方から自国モデルの採用を求める暗黙の圧力を受け、各国は「二者択一」を迫られることに強い抵抗感を持っている。

日本が提示すべき五つの原則:非覇権型AI協力の基盤

筆者は、日本がASEANやグローバルサウスと協力する際に提示すべき原則として、以下の五点を提案する。これらは現在の日本政府の立場と大きく矛盾するものではないが、AI研究・開発・利活用の潮流の中で、より明確に国際協力を重視する方向性を示すものである。

第一に、日本は中国製AIの利用を禁止しない。重要なのは、各国がリスクを理解し、適切な判断を行える環境を整えることである。ASEAN諸国は米中いずれかの選択を強いられることを最も嫌うため、この姿勢は必須である。

第二に、日本はTransformer以外のアーキテクチャによるAI研究も維持し、技術的多様性を確保する。現状の主要AIはほぼ同アーキテクチャに依拠しているが、これは技術的モノカルチャーを招き、将来の革新を阻害しかねない。

第三に、教育用AIには特別な安全基準を設ける。教科書は厳格に審査される一方、教育用AIはほとんど審査されていない。文化・歴史・宗教に敏感なASEAN諸国にとって、教育用AIの安全性は最重要課題である。

第四に、労働市場への影響は実データに基づいて評価する。AIは既にクリエイティブ職を中心に影響を与えており、ASEAN諸国でも産業構造に応じたデータ収集が必要である。

第五に、AIバイアスについての研究は米中から独立して行う。ASEANやグローバルサウスの政策担当者の間では、米中AIはいずれも文化的・政治的バイアスを含むとの認識が強く、第三極としての中立的評価が求められる。

これら五つの原則は、日本が「AIの覇権争い」ではなく、「AIの信頼性・透明性・文化的適合性」を軸に国際協力を進めるための基盤となる。

日本がASEAN・グローバルサウスと進めるべき協力チャネル

日本は五原則を踏まえ、米国、中国、EUのいずれかの方向性にただ追随するのではない、地域の多様性に適合した非覇権型AI協力を進めるべきである。その際には、 NII・NICT、GPAI 東京センター、AIセーフティ・インスティテュート(AISI)といった国内で確立された研究・国際協力・安全性評価の基盤が活用可能である。具体的には、以下のような取り組みのチャネルが考えられる。

第一に、日ASEAN・AI共創イニシアティブを活用し、汎用LLMの外側に小型の監督AIを置く教育用AI監督システムを共同で設計する。 日本が蓄積してきた透明性確保の知見を応用し、各国の教科書・教育課程に沿った文化適合性チェックを技術的に実装する。

第二に、フィジカルAIの外部安全層の国際標準化を推進する。自動運転や産業ロボットなど物理的な入出力を持つAIでは、安全制御層が不可欠である。日本の産業ロボティクス、安全工学、品質管理文化はこの領域で世界的に強みを持つ。AISIを中心にASEAN技術者との共同研究・共同評価を進め、安全制御層に関する国際標準化をアジア発で形成する。

第三に、AI調達・利用の制度基盤を共同で設計する。透明性の高いAI開発を進めることと同時に、モデル内部の詳細開示を強制しない形で、入出力の検証可能性、運用の透明性、事後監査の仕組みを整備する。これによって、各国が自国の文脈に合ったAI選択をできるようになる。ここでは、米中いずれのモデルにも依存しない「中立的評価軸」が欠かせず、日本が存在感を示すことが期待される。

第四に、労働市場への影響を分析するために、影響を実データに基づいて評価する枠組みを構築する。データ収集や実証分析で国際協力を進めるとともに、既存の日本とOECDとの共同研究を拡張し、アジア独自のAI暴露指標作成を進める。

第五に、米中の影響から独立したAIバイアス研究ネットワークを形成し、学術的中立性を確保する。日本はAIの「頭脳」を作る競争ではなく、AIの「良心」を作る競争で世界をリードする。

いその いくもくまがい さとる/開発研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

©2026 執筆者