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アジ研ポリシー・ブリーフ
No.275 さらなるサービス高度化を狙うフィリピン IT-BPM産業の成長戦略
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- 業界団体の戦略は、「より高単価・高成長分野」への注力。制約要因は人材育成とその確保。
- 2024-2025年から、産官学協働の教育・職業訓練が始動。継続的な拡張が肝要。
- 公的部門は教育インフラ整備と財源確保を、企業はスキル=資格とキャリア構築面で貢献を。
2000年代前半よりサービス貿易の黒字化に貢献してきたフィリピンIT-BPM(Information Technology–Business Process Management)産業では、2010年以降、業界団体IBPAPが6年の大統領任期に合わせた成長戦略を加盟企業・政府・教育機関との協議をもとに策定してきた。コンタクトセンター部門の企業誘致と人材確保に始まり、医療情報管理やマネージドサービスなどサブセクターの進展により世界第2位のサービス拠点に成長した同産業は、コロナ禍やAIの勃興を経て何を課題としているのか。本稿では、折り返し点を迎えた現戦略が掲げる方針と制約要因をもとに、人材育成・確保におけるこれまでの成果と、公的部門と国内外企業側がそれぞれ担うべき役割についてまとめる。
現戦略が目指す産業の高度化―高単価と高成長分野への期待
IBPAPは2022年9月に、国内中核産業への成長を謳う現戦略(The Big PH IT-BPM Leap: The Philippine IT-BPM Industry Roadmap 2028)を公表した。①成長、②変革、③社会的インパクト創出の三本柱のもと、2028年までに売上590億ドル(2022年同300億ドル強)、雇用250万人(6年間に110万人増)の達成を目指す。三本柱の①・②はおもに国際競争への対応策である。「高スキル人材の増強によるフルタイム従業員あたりの売上げ13%増」を実現し、コスト削減のみならず高度人材へのアクセス、業務レジリエンス、デジタル変革の推進、イノベーション創出など戦略的機能を担う高付加価値型デジタル・エクスペリエンス拠点への転換を挙げている。③に関しては、「新規雇用の54%を非首都圏で」、「小売・運輸・不動産業等への波及的な雇用創出効果(300万人)」等の目標を掲げ、雇用創出による地方経済の活性化を目指している。
目標達成の原動力となる同国の国際競争力には、①英語力・異文化対応力に優れ、毎年約85万人の大学卒業生を含む豊富な若年労働力、②政府の政策支援と投資誘致の枠組み、③地理的・時間帯的な利点とコスト優位性を挙げる。これらを背景に産業の成長重点分野に位置づけられるのは、2010年代後半から発展してきた「金融・銀行サービス」、「ヘルスケア・サービス」、「ITソフトウェア開発・クラウドサービス」、「データ分析・(生成AI含む)AI」、「アニメーション・ゲーム開発」である。さらに、近年定着したリモート/ハイブリッド勤務なども梃子に、マニラ首都圏外の拠点拡大と業務多様化や人材活用による包摂的な成長を目指す。具体的な手段には、①投資促進のための税制やインセンティブなど政策・規制環境の強化、②AI・デジタル技術に関する労働市場のスキルギャップを埋める長期的観点からの人材開発、③インフラ整備による地域経済の活性化、④「世界標準のエクスペリエンス・ハブ」としてブランド化するためのプロモーションを挙げている。
最大制約要因は人材、これまでの成果
現戦略が掲げる「雇用創出による所得向上」、「地方経済の活性化」、「教育やインフラへの長期投資促進」は国家の開発戦略にも呼応するものだが、目標実現への最大の制約要因として、デジタル高度人材不足、教育・訓練内容と産業ニーズのミスマッチによる即戦力性の低さ、上位スキル人材の供給不足を指摘している。これらは、非コンタクトセンター部門の振興と国内におけるサービス拠点分散を目指した前戦略(2016-2022年)からの継続課題でもある。実際、業界企業の60%以上がアップスキリングやリスキリングなど既存従業員の再教育を最優先課題としているという。
詳細は未公表ではあるが、報道等で判明しているこれまでの成果を表1にまとめた。複数の省庁・公的組織や企業が関与する多様な実務教育・訓練の統一的な枠組下での実施を目的とする共和国法(2024年、共和国法12063号)や企業教育・訓練(EBET)の実施機関認定と運用ガイドライン(技術養育・技能開発庁[TESDA]通達No. 69、2025年)、マイクロ・クレデンシャルの制度化(同通達No. 77、2025年)に依拠し、産学・官民協働プログラムが計画・実施されており、案件数の増加も見込まれている。
表1 IT-BPM産業と職業訓練等の計画・実例
上記法規は既存プログラムの廃止を意図するものではないが、同法の策定は情報通信省(DICT)が受講間口の広いIT訓練プログラム(現DICT SPARK Program)を高スキル習得も含む内容に衣替えする契機になったとも考えられる。2024-2025年には、TESDAから5年間有効なEBET企業認定を得たボホールと中央ビサヤのコンタクトセンター2事業者が採用候補者(near-hire)向け訓練を実施し、また、首都圏外の3州立大で教員・学生を対象とする産学協働カリキュラムが始動した。事例はいずれも既に一定の産業集積がある地方拠点とその周辺都市であり、内容は必ずしもIBPAPが注力する高スキル分野ではない。しかし、継続的な実施分野の拡張により人材の底上げや裾野拡大、雇用要件とのミスマッチ縮小に貢献しよう。長期的には、企業への再教育ニーズ調査、履修/就労実績データ分析等が蓄積されれば、産業の地方分散のあり方や教育制度・カリキュラム構成へのフィードバックが期待できる。
「スキル×キャリア構築」面で産業主導を
ただし、TESDAの人材開発戦略(2023-2028年)でのIT-BPM産業の位置づけは、10優先産業のうちの1つである。また、TESDAが管轄する修了認証・資格は新設や改訂に7-10年を要しており、同産業が直面する技術革新と国際競争に即応できてはいない。法規と整備中の枠組み等は「業界による訓練内容の設計と政府部門による制度化」を想定していると考えられるが、当該産業の特性を勘案すると、①即戦力性を高める観点からも、認証管理プロセスでは(実質的な)産業主導を進め、さらに、②各企業からのインプットをもとに重点5分野に属する職種別(リ)スキルマップを就業(候補)者に提示し、人材の維持・確保を図る必要がある。
他方、高スキル人材育成は包摂的かつ確実な教育機会の提供なくして実現できない。政府部門はまず、初等~高等教育の物的インフラ整備や教員採用とその財源の継続的な確保に注力すべきだろう。職業訓練・教育とスキル認証制度では、重点産業ごとの特性や競争環境にもとづく産業主導の強弱とEBETの展開を決定する必要がある。後者ではとくに、TESDAを中心とする関連省庁の調整能力が問われよう。
まとめ
産業団体は高単価・高成長部門へのシフトによる競争力強化をIT-BPM産業の国内中核産業化に向けた戦略とするが、人材育成・確保が最大制約要因である。職業訓練・教育での本格的な官産学協働が緒につき、産業主導による実例の継続的な拡張と就業(候補)者へのスキル指針の提示が必要である。他方、学校教育を含む公的部門には、初等~高等教育インフラの整備とその財源確保、重点産業ごとの特性を考慮した訓練・教育プログラムの展開や、スキル認証・資格制度への工夫が求められる。
(かしわばら ちえ/開発研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2026 柏原 千英
