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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.267 ASEANにおける価格伝播ネットワークの構造変化―「多極的分散」から「選択的再編」へ ―

2026年2月20日発行

PDF (592KB)

  • 世界的ショックによりASEANを含む国際価格ネットワークは一時的に縮小・分断したが、その後、新たな経路の形成を通じて再び接続が進み、回復傾向が確認される。
  • ただしその回復は、過去への単なる回帰ではなく、特定国依存を避けつつ複数の中規模経路が並存する「選択的再編」として進んでおり、ショックへの適応的な構造変化が示唆される。

2019年以降、米中貿易摩擦、COVID-19、ロシアによるウクライナ侵攻など、世界経済は相次ぐショックに直面した。これらは世界的なインフレを引き起こしたが、価格上昇の大きさやタイミングは国・地域で異なる。本稿は、その違いを理解する手掛かりとして、価格が「どの国を経由し、どのルートを通り伝播するのか」という国際価格ネットワーク構造に焦点を当てる。

分析の概要

分析には、アジア開発銀行の国際産業連関表(ADB-MRIO)の名目表と実質表から算出した価格表を用いた。対象はASEANとその主要貿易相手国17か国およびその他世界、産業部門は1部門に集約し、2008–2023年の変化を評価した。

分析は二段階で構成される。第一に、輸入価格と交易係数(中間財調達比率)という2要因が各国の物価変動に与えた寄与を要因分解により算出し、寄与度上位20件を抽出した。第二に、それらのリンクをウェイトとして国際価格ネットワークを構築し、その構造的特徴を評価した。特に、(i)価格ショックが特定国に集中するのか、それとも複数経路が並存するのかという「経路の選択性」(媒介中心性)、(ii)その経路が大きな衝撃にも耐え得るのか、あるいは一方向に伝播しやすいのかという「伝播の強さ」(リンク強度分布)に注目した。すなわち、「ショックがどこを通るのか」と「その伝わり方に耐性と代替性があるのか」という視点から、国際価格ネットワークの性質とその変化を捉えた。

価格伝播ネットワークの分断と再編

図1は、交易状況(上段)と輸入価格(下段)に基づくネットワークの変化を示す。黒線は2017年時点のリンクを基準とし、赤線は新たに形成されたリンク、点線は失われたリンクを表す。

2017年時点では、交易状況と輸入価格の両ネットワークともに多様なリンクが形成され、多極的に広がる構造であった。しかし2019年以降の連続ショックによりリンク数は大幅に減少し、ネットワークは一時的に縮小した。ただし、断絶には至らず、2021年以降部分的な再接続が進み、2023年には中国・ベトナム、タイ・韓国・インドなど複数の経路が再形成されている。

図1. 国際価格伝播ネットワークの再編:2017年基準との比較
(a) 交易ネットワーク(上位20リンク)

図1. 国際価格伝播ネットワークの再編:2017年基準との比較(a) 交易ネットワーク(上位20リンク)

(b) 輸入価格ネットワーク(上位20リンク)

図1. 国際価格伝播ネットワークの再編:2017年基準との比較 (b) 輸入価格ネットワーク(上位20リンク)

(出所)アジア開発銀行(ADB-MRIO)のデータに基づき筆者作成
ネットワークのレジリエンス

図2は、価格ショックが特定国に集中するのか、複数国に分散するのかを示す。ヒートマップは中継点としての重要度(媒介中心性)を、下段の折れ線は経路の多様性(エントロピー)を示す。エントロピーが高いほど、ショックを迂回・吸収できる経路選択肢が存在する、すなわちレジリエンスが高いと解釈できる。

交易ネットワークでは、2008年時点でシンガポール・台湾に集中していた媒介中心性が、その後、タイ・マレーシア・ベトナムなど複数国へ緩やかに分散している。またエントロピー(左下)の推移から、ショック後に経路の分散が回復していることが確認できる。COVID-19後には一時的に中国の中心性が高まったが、単一国への固定化は見られず、複数国が薄く中継機能を分担する構造へ移行している。一方、輸入価格ネットワークでは中継国が限られ、経路が偏りやすく分散も進んでいない脆弱な構造にある。

図2. 媒介中心性とエントロピー:集中度の推移

(a)交易ネットワーク

図2. 媒介中心性とエントロピー:集中度の推移 (a)交易ネットワーク

(b)輸入価格ネットワーク

図2. 媒介中心性とエントロピー:集中度の推移 (b)輸入価格ネットワーク

(出所)アジア開発銀行(ADB-MRIO)のデータに基づき筆者作成
経路の強さと分布構造の変化

図3はネットワーク全体のリンク強度の分布を比較したものである。強いリンクが少数国に集中する構造はパワーロー型(直線)であり、大きなショックが特定国を経由して一直線に伝播しやすく衝撃が波及しやすい。一方、突出した強さのリンクへの集中が弱く、強度が分散している指数型(曲線)は、大きなショックが複数方向に分散し衝撃を吸収しやすい。これは、ショックがどの経路を通るかを示す媒介中心性とは異なり、ショックが特定の強い経路に集中するのか、分散するのかという側面から、ネットワークのレジリエンスを評価するものである。

結果から、先進国グループ(青)は一貫してパワーロー型のままであり、影響力の強い少数国への依存が固定化している。他方、ASEAN(緑)は動的であり、2008年、2013年は分散(曲線、指数型)、2015–2021年は集中(直線、パワーロー型)、2023年には再び分散(曲線、指数型)へと戻っている。つまり、ASEANではショック後、リンク強度が再び分散傾向を示している。

図3. リンク強度分布の形状:集中型か分散型か

図3. リンク強度分布の形状:集中型か分散型か

注:線の色は国・地域グループを示す。
緑:ASEAN域内、赤:東アジア、黄:中継拠点、青:先進国
(出所)アジア開発銀行(ADB-MRIO)のデータに基づき筆者作成
まとめ:「選択的再編」の価格ネットワーク

一般に、世界的ショックの後には供給網が分断され、特定国への依存が強まる「構造の硬直化」が予想される。しかし、本分析が示すのはそれとは異なる動きである。

ASEANにおける価格ネットワークは、想定される硬直化とは異なり、リンク強度の分布という点ではショック以前と同様に分散的な性質を示している。しかし、リンクの数そのものは、ショック前に見られたような広範なネットワークへと回帰したわけではない。

この回復のあり方は、相次ぐショックを経て、リンク再構築に伴うコストや、特定国への過度な依存、地政学的リスクを考慮した結果と考えるのが妥当かもしれない。すなわち、かつてのグローバリゼーション期のように結びつきを広げるのではなく、環境変化に適応しつつ必要な結びつきを選別する「選択的な再編」の過程にあると言えよう。

今後の課題は、再編されたネットワークが、国際価格の安定性にどのような長期的影響を与えるのかを追跡することである。同時に、この構造が危機に対する一時的な防衛反応に過ぎないのか、あるいは新たな国際経済秩序の定着過程なのかについて、継続的な検証が求められる。

しばた つばさ/バンコク研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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