レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.253 タイにおける持続可能な都市交通計画の模索:コーンケーン市の事例から
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- タイでは,2017年から持続可能な都市システム構築のため「スマートシティ開発」が推進され,地方都市8カ所において低炭素社会を目指す新たな都市交通計画(軽量軌道交通LRT やモノレール,自動運転による次世代バス等)の導入が検討されている。
- これらの計画では,自治体や地元ビジネスなど複数セクターに参画を促すマルチレベル・ガバナンスの手法が導入され,法整備が進められている。しかし,現段階では様々な制度上の制約から,自治体・ビジネス間の官民合同計画の進行は遅れ,地方のコネクティビティ向上と低炭素社会を実現する試みの前には,数々の課題が横たわっている。
2015年12月のパリ協定への加盟以後,タイ政府は温室効果ガス(GHG)排出を2030年までにBAU比(基準年から追加的対策を行なわなかった場合のGHG排出量)で3割削減する目標を掲げてきた。その政策の一環として2017年10月には,快適な都市生活と低炭素社会の両立を図る「国家スマートシティ委員会設置に関する首相府令267/2560」を発出し,全国の地方自治体や大学,民間団体の計画案を中央政府が認証・支援する方針を取り入れた。この施策は,国際機関・国・地方など複層レベルで多様なセクター(政府、民間、市民社会)が連携するマルチレベル・ガバナンスの試みとして注目を集めている。
2025年現在,この手法にもとづき地方都市交通の効率化を図る計画が,コーンケーンを皮切りに,チェンマイ,プーケットなど全国8都市で進んでいる(図1参照)。ただし,計画の進捗状況など詳細は明らかでなく,各都市における概況の把握が必要とされている。本稿は,タイの都市交通計画に関わる政策ツールがこの間どのように整備され,地方初の自治体・民間主導の開発計画であるコーンケーン軽量軌道交通(LRT)事業を例に,その進捗状況と問題点を概観する。
図1 タイの地方都市交通計画案
(出所)運輸省交通計画政策事務所資料(2024)に新聞等の情報を加えて作成。
「20年国家戦略」と新たな政策ツール
2014年8月に発足したプラユット暫定政権は「タイランド4.0計画」により,技術革新と産業構造の高度化,環境保全の両立をめざす発展戦略を掲げた。続いて「20年国家戦略2018-2037年」を策定し,開発の利益を地方に分配する公共政策の手法として,自治体や民間資本・市民など多様なステークホルダーに参加を促す「起業家主義」を導入した。
「2019年社会的起業推進法」は,こうした地方開発ガバナンス改革の一環として制定され,公共イシュー解決を目指す民間組織を政府が認可し,税制面・基金を通じて支援することを定めている(表1)。同法に先立ち,2015年にコーンケーン県では民間20社が2億バーツを出資して“Khon Kaen Think Tank(KKTT)”社を立ち上げ,中央の予算に頼らない都市開発を目指す初の社会起業会社が発足した。その後,コーンケーンにならってタイ全国18カ所に「都市開発会社」が設置され,政府の都市開発計画のカウンターパートに選定されている。
表1 都市交通計画関連法案の整備状況
(出所)筆者調査に基づく。
同じく2019年に「官民合同投資法」が改正され,2013年法に明確な定めのなかった投資分野や事業規模のほか,従来から問題であった紛争・遅延の解決について,より透明性の高い手続きが明示された。また運輸省に鉄道輸送局(DRT)が新設され(2019年),2024年10月には,中央の局に権限のなかった地方都市の公共交通について,DRTが統一基準にもとづいて管理監督することを定めた鉄道輸送法案が議会に提出された。さらに特定地域の技術開発(廃棄物処理や鉄道敷設等)を推進するための予算として,2022年には高等教育科学研究イノベーション省から自治体・大学等に予算を集中的に投入できる「統合的地域管理令」も整備された。
こうした新たな法令は,地方都市交通網の整備を早期に実現し,都市の交通渋滞緩和と発展の持続性を高める政策ツールとして,2017年以降,順次整備されてきた。しかし,これらの政策ツールを用いた計画の現況は,様々な制度上の制約に直面し始めている。
コーンケーン市部のLRT建設計画の遅れ
コーンケーン市部は,KKTTと並行して自治体とビジネスが主導する都市交通システム運営会社Khon Kaen Transit System(KKTS)を地方で初めて立ち上げ,国が進めるタイ中高速鉄道とも連結したLRT建設を計画した。プラユット政権は2017年にKKTSを官民合同事業として認可し,2018年12 月には1路線の計画を正式承認した。当初予定では,2019年に外国企業の事業入札を経て2021年までに着工,2025~27年の順次操業を見込んでいたが,2026年1月現在,本路線は着工できずゲーンナコーン池周辺のモデル走行路線を2025年末から着工する段階に留まっている。
KKTS設立から9年を経ても計画の執行が遅延する背景には,地方主導の計画承認に関わる各局の後ろ向き姿勢がある。実際,2021年11月に中国中車CRRC との合弁による入札が成立したのち,車両基地に予定された土地を所有する農業協同組合省米穀局は使用許可を出さず,この入札は無効になった。さらに高速道路局は,渋滞回避のため一般車両と軌道を分離したLRT高架化を提案し,KKTS側が予算の見積と折り合わない変更案に反論している。またコーンケーン特別市は,事業採算性を高めるためLRT建設と並行して駅前開発(公共交通指向型開発TOD)を進める方針を決めたものの,内務省はTODが自治体に認められる公益事業の範囲に入らないとして,認可していない。さらに大きな計画への障壁は,地方公共交通を管理監督するDRTの権限と管理プロセスを定める法案が,中央の議会政治の混乱から成立しないまま,総選挙に突入していることである。
タイの中央―地方関係をより水平的関係に変える可能性のあるコーンケーン市部の挑戦には,世界銀行やUNDPなども関心を寄せ,同計画を支持する報告書が刊行されている。今後の展開には,新たな政策ツール間の齟齬が認可の遅れを生む現状を解決し,事業の費用対効果の試算や予算確保にむけた制度的・技術的サポートが重要になる。マルチレベル・ガバナンスを用いたタイ地方都市開発の真価が,これから問われていくであろう。
(ふなつ つるよ/新領域研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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