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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.252 太平洋島嶼国が直面する国際秩序の動揺と構造的脆弱性-秩序維持と開発援助の再設計に求められる日本の役割

2026年2月10日発行

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  • 国際秩序の動揺により、ルール依存度の高い島嶼国は、資源・貿易・行政能力の脆弱性を分野横断的に拡大させている。
  • 日本は、海洋法・貿易・資源管理の法制度と行政能力強化を支援の中核とし、島嶼国の政策自律性を支えるべきである。
  • 教育・人材循環と行政デジタル化を通じ、人口制約下でも機能する国家運営モデルと分野横断協力を後押しする必要がある。

近年、国際貿易および安全保障を取り巻く国際秩序は、戦後前提とされてきた安定性を失いつつある。2025年12月に米国が公表した『国家安全保障戦略』は、大国間競争を国際政治の中心に据え、経済・技術・安全保障を一体的に捉える姿勢を示した。これにより、自由貿易や多国間協調といった従来の原則は相対化され、各国が国益を優先する傾向が強まっている。

さらに、地域紛争の顕在化や米国の国際機関からの撤退は、「力による現状変更」の復活と、国際ルールを支えてきた制度的基盤の脆弱化を象徴している。本稿では、こうした国際秩序の動揺が太平洋島嶼国に及ぼす影響を整理し、ルールに基づく国際秩序の重要性と、内的要因に起因する政策実装上の課題を踏まえた日本の支援の方向性を示す。

動揺する国際秩序と島嶼国にとっての「ルール」

これまでの調査では、太平洋島嶼国の政策関係者から、「大国間競争が激化するほど、自国の声は国際社会で埋もれやすくなる」との懸念が繰り返し示されてきた(フィジー、グアム、パラオでの聞き取り調査)。国際秩序の不安定化は、軍事力や経済力に乏しい島嶼国に対し、特に大きな不確実性とリスクをもたらし、その影響は安全保障にとどまらず、経済発展の見通しや政策選択の余地にも及んでいる。

島嶼国にとって国際秩序は、単なる外交環境ではなく、国家の存続を支える前提条件である。軍事力による抑止や経済制裁への対抗が現実的でない中、国際法や合意されたルールは、事実上の唯一の防波堤となっている。

実際、国連海洋法条約に基づく排他的経済水域の尊重は、国家財政および食料安全保障の基盤であるとの指摘が多く聞かれた。漁業資源や海底資源の持続的な利用と管理は、安定した法的枠組みが機能して初めて可能となる。また、通商ルールの予見可能性と安定性は、輸出品目が限られる島嶼国が国際市場に参加し、経済的自立を維持するための不可欠な条件でもある。

このように、「力」ではなく「ルール」に基づく国際秩序が損なわれた場合、最初に、かつ最も深刻な影響を受けるのは、政策選択肢の乏しい国々である。ルールの弱体化は、制度的保護の喪失にとどまらず、政治的中立性や外交的自律性の喪失にも直結しかねない。太平洋島嶼国をはじめとする中小国の間では、こうした事態に対する強い危機感が共有されている。

分野横断的に拡大する脆弱性

国際秩序の動揺は、貿易、天然資源、漁業、エネルギーといった個別分野に留まらず、相互に連関し島嶼国の脆弱性を増幅させている。多くの太平洋島嶼国において、漁業ライセンス収入は国家財政の重要な柱であり、水産物輸出も外貨獲得源として経済を支えている。このため、国際ルールの形骸化は、ライセンス収入の不安定化や経済基盤の弱体化として顕在化しやすい。

具体的には、「違法・無報告・無規制」漁業への対応能力の不足、エネルギー輸入価格の変動、対外債務の増加などが、共通の課題として指摘されている。これらの問題は個別に存在しているのではなく、行政能力や国際交渉力の制約と結びつくことで相互に影響し合い、国家の政策選択肢を一層狭めている。

さらに、人口動態の変化、とりわけ現時点では顕在化していないものの、長期的に進行が見込まれる少子高齢化は、将来にわたる重要な構造的課題の一つである(図)。また、国際移住機関『2025年アジア太平洋移住データ報告書』によれば、同地域では人口の継続的な国外流出が予測されている。こうした動向は、行政・教育・医療を支える人的基盤を弱体化させることで、制度を整備しても実施・運用が困難となる状況を生み出している。これは、従来型の開発援助や制度構築支援の在り方そのものを再検討する必要性を示唆している。

図 太平洋島嶼国(11か国)の高齢者割合と粗出生率

図 太平洋島嶼国(11か国)の高齢者割合と粗出生率

(出所)World Bankデータより筆者作成

政策実装の課題:支援設計と現場の乖離

太平洋島嶼国への支援においては、政策理念と現場実装の間に乖離が生じやすい点に注意が必要である。筆者による現地調査では、「制度や計画は整備されても、人的・行政的制約により十分に運用できない」との指摘が多く聞かれた。小規模な行政体制の下で、限られた人材が複数分野を兼務していることが、その背景にある。

また、支援国側が設定する成果指標が、受け手国の実務能力や優先順位と必ずしも一致しない点も課題として挙げられる。短期間で成果を求める支援は現場の負担を増大させ、制度の定着を妨げる恐れがある。人口流出が進む島嶼国では、制度を継続的に維持・更新する人材の確保自体が困難である。

今後は、制度の高度化に加え、実装可能性を重視した支援設計が不可欠となる。制度の簡素化や長期的な人材伴走支援、地域レベルでの共同実施を通じ、限られた条件下でも機能し続ける仕組みの定着を図る必要がある。

日本の役割:秩序維持と開発援助の再設計

以上の課題を踏まえると、日本の対太平洋島嶼国政策には、従来の開発援助の枠組みを超えた戦略的な再設計が求められる。日本はこれまで、「透明性が高く、長期的視点を持つ信頼できるパートナー」として高く評価されてきた一方で、支援の分野横断性や持続性については、なお改善の余地があるとの指摘もみられる。

今後は、インフラ整備や個別プロジェクト支援にとどまらず、法制度整備、人材育成、行政能力の強化を通じて、ルールに基づく国際秩序が実効的に機能する環境を支えることが重要となる。とりわけ、少人数でも国家運営が可能となる制度設計やデジタル化支援は、人口減少局面にある島嶼国にとって不可欠である。

日本が秩序維持を支える公共財提供国としての役割をより明確に打ち出すことは、太平洋島嶼国の安定に資するのみならず、自由で開かれた国際秩序の維持・強化にもつながる。

まとめ

国際貿易および安全保障秩序が動揺する中、太平洋島嶼国を含む中小国は深刻な構造的課題に直面している。大国間競争の激化や多国間制度の弱体化は、軍事力や経済力に乏しい国々に不均衡な負担をもたらし、島嶼国にとってルールに基づく国際秩序は生存の前提条件である。貿易や資源、漁業、エネルギー分野で法と規範が機能しなければ国家の自律性は損なわれ、人口流出や高齢化は制度運用能力を弱体化させる。

こうした状況下では、日本をはじめとしたドナー国には秩序維持と開発支援を統合した戦略的関与が求められる。法制度、人材、行政能力といった基盤支援は、地域の安定とルールに基づく国際秩序の持続性に繋がることが期待される。

ちぇん ふぁんてぃん/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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