レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.241 トランプ関税の政治経済学

早川 和伸、椋 寛

2025年4月4日発行

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  • トランプ大統領による貿易政策は、消費者利益や税収の確保よりも、米国企業の業績改善を重要視していることを示唆し、そうであるならば、物価上昇により消費者の生活が悪化することを説いても響かない。
  • 米国政府にアピールすべきは、在米日系企業による雇用創出規模のみならず、いかに技術の高い日本企業が進出しているか、そしてそうした企業のサプライチェーンにどれだけ米国企業が含まれているかである。

バイデン前政権においては輸出規制が貿易政策の中心となっていたが、2025年1月に再就任したトランプ大統領は、これを再び関税政策に戻した。中国からの輸入品に対し、2月4日から10%、3月4日から20%の追加関税を課した。3月4日には、カナダとメキシコからの輸入品に対しても25%の追加関税を実施し、3月12日には全ての国からの鉄鋼・アルミニウム関連輸入品に25%の関税を発動した。

本稿では、トランプ大統領によるこうした関税政策の動機、目的を、経済理論に基づいて解釈する。これにより、トランプ大統領が何を重視しているために追加関税を課しているのか、また本来の目的を達成するうえで、追加関税を課すだけで十分なのかを議論する。

Protection for Saleモデル

国内企業を代表する利益団体の政治活動を考慮しつつ、輸入関税などの貿易政策の決定要因を分析する経済理論モデルとして、Grossman and Helpman (1994)によるProtection for Saleモデル(PSモデル)が挙げられる。このモデルでは、政府は国内の社会厚生の最大化を目指すのではなく、政府自身の目的関数を最大化するように、貿易政策、例えば輸入に際しての関税水準を決定すると考える。この目的関数は、消費者が消費活動から得る便益、企業の利潤、関税政策から得られる税収から成る社会厚生と、経済・産業団体から得られる政治献金を加重平均したものとなる。この目的関数を最大にするような輸入関税率が「政治的」最適関税率として選択される。

一般に、輸入関税が上昇したときの効果は以下のように整理できる。輸入関税が上昇すると、消費者が直面する商品価格が上昇するため、消費額が落ち込み、消費者利益が損なわれることになる。輸入品の価格上昇は、競合品を生産する国内企業の商品に対する需要を相対的に高め、価格の上昇と売り上げの増加により国内企業の利潤は増加する。また、関税率の上昇は輸入額を減少させるため、関税率×輸入額で得られる関税収入に与える影響は曖昧である。しかし、関税が高率になると、輸入額が著しく縮小し関税収入は減少することになる。政府が社会厚生を最大にする場合、これらの利得と損失のバランスをとるように、関税率が決定される。

特に、その国の貿易政策が国際価格にほとんど影響を与えない場合、消費者の損失が著しく大きく、関税率をゼロにすることが最適となる。しかし、企業の立場からは、社会厚生を最大にする関税率は過小であり、より高い関税を望む。そこで、国内企業は利益団体を組織し、関税率が高いほど大きな献金(ないし寄付)をする「条件付き献金」を政府に提示する。厚生を最大化する水準以上の関税率の引き上げは、厚生を悪化させるものの、献金を増加させるため、政府はそのバランスをとるように「政治的」最適関税率を決定する。結果的に、政府が相対的に政治献金を社会厚生よりも重視するほど、関税率は高くなる。

トランプ関税

トランプ第一次政権の際には、中国向けの関税率を段階的に、そして網羅的に上昇させた。つまり、関税率を当時の水準よりも上げることを最適と見なしたことになる。これは、消費者や税収に与える悪影響よりも、米国企業の業績改善をより重要視して政策決定をしていることを意味する。そうであるならば、関税引き上げが物価上昇により消費者の生活が悪化することをトランプ大統領に説いても、ほとんど響かないことになる。

トランプ第二次政権でも関税率の上昇が続いているが、輸入を減らすと同時に外国企業の米国進出を促す発言が増えている。この発言には、多額の補助金を通じて外国企業を誘致しようとする、バイデン前政権によるCHIPS & Science Actを揶揄する目的もあろう。ともかく、米国政府の目的関数に対内直接投資が含まれるようになったと言えよう。

直接投資の導入

PSモデルに直接投資(企業の海外進出)を加えると、関税率が上昇したときの理論的帰結はどのように変わるのであろうか。ここではXue (2024)をもとに議論する。企業の海外進出を許容すると、関税率の上昇は関税回避型の直接投資を増加させることになる。すなわち、輸送費や関税を支払って本国から米国に輸出するよりも、米国に工場を設立し、米国国内から販売する外国企業が増えることになる。同様に、海外から米国に輸出していた米国企業においても、本国回帰する企業が増える。

米国政府の目的関数に与える新たな影響は以下のようになる。輸出から現地生産・販売に切り替わった外国製品では、輸送費や引き上げられた関税がかからない分、製品価格は低下するであろう。これは消費者に便益をもたらす要素である。さらに、外国企業の米国進出は、米国内で生み出される企業利潤も増加させることになる。また、製品価格の低下は、海外生産から米国生産に切り替えた米国企業にも当てはまる。これらの要素は、関税率の上昇による社会厚生の低下を抑制し、高い追加関税がより選択されやすくなる。

ただし、企業は本国に利潤を送金するかもしれない。その場合、在米外資企業の利潤は米国政府の目的関数から外れることになる。また、海外から米国に戻った米国企業についても、海外から送金されていた分が国内利潤に変わるだけかもしれない。外国企業の進出により、米国国内で操業する企業が増えているため、競争が激化すると同時に労働市場はひっ迫し、企業当たりの需要規模も縮小するため、米国企業では、送金分より国内利潤は小さくなりやすい。以上から、企業が本国に利潤を送金するならば、直接投資を考慮した経済モデルにおいても、関税が米国政府の利得に与える影響はほとんど変化しないであろう。

終わりに

政治活動を考慮した経済理論によると、トランプ大統領による追加関税は、消費者の生活向上などよりも、国内企業の業績向上を最優先にした貿易政策を行なった結果と捉えられる。この追加関税によって外国企業も進出してくれば、一石二鳥と考えているかもしれないが、関税回避を目的とした外国企業の進出は実際には米国(政府)に新たな富を生まないかもしれない。

外国企業の進出が米国企業の業績向上に資するには、技術的に優れた企業の進出を助け、その外国企業のサプライチェーンに米国企業が組みこまれ、技術移転等、様々なスピルオーバー効果を享受することが重要である。したがって、日本が追加関税の賦課を回避すべく、米国政府との交渉においてアピールすべきは、既に技術の高い日本企業が米国に進出し雇用を創出しているのみならず、そうした企業のサプライチェーンに米国企業が含まれることにより、その業績の向上にも貢献している点であろう。

参考文献
  • Grossman, Gene M. and Helpman, Elhanan, 1994, Protection for Sale, American Economic Review, 84(4): 833-850.
  • Xue, Sifan, 2024, Trade Wars with FDI Diversion, mimeo.

はやかわ かずのぶ/バンコク研究センター、むくのき ひろし/学習院大学)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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