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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.204 ASEANは責任あるビジネスをいかに促進するか──2025年マレーシア議長国のもとで──

2025年2月7日発行

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  • 2025年議長国マレーシアのもとASEAN共同体ビジョン2045が策定される。
  • ASEAN加盟国においてビジネスと人権、責任あるビジネスへの取組が進んでいる。
  • 日本はAZECをはじめとするASEANとの協力に責任あるビジネスを組み込むべきである。

2025年議長国マレーシアのもと、将来20年に向けたASEAN共同体ビジョン2045が戦略的計画文書とともに策定されようとしている。いかなる政策課題を入れ込むかを議論する第6回 ASEAN 経済統合フォーラム(ASEAN Economic Integration Forum)が2024年夏マレーシア投資貿易産業省で開催された。ASEANがさらなる統合を深化させ、その強化を図るための重要テーマの一つとして、持続可能なサプライチェーン、包摂的かつ責任あるビジネスおよび投資が議論された。底辺への競争ではなく、頂点への競争を促す政策が必要とされている。本稿は当該フォーラムでの筆者の報告をもとに、ASEANにおいていかに「責任あるビジネス」を促すことができるのか、ASEAN各国の動きとともに、パートナー国たる日本の役割を論じる。

ASEANにおける「責任あるビジネス」議論

ASEANにおける責任あるビジネス、企業の人権尊重についての文書は、2014年にASEAN政府間人権委員会(AICHR)が企業活動における人権尊重を最初の調査テーマとして取り上げ、作成したベースライン調査報告書が最初である。企業の社会的責任(CSR)は、2015年ASEAN共同体発足時のASEAN共同体ビジョン2025に明記され、政治・安全保障共同体、経済共同体および社会共同体のそれぞれのブループリントに言及され、CSRの啓発が盛り込まれている

責任あるビジネスの定義は、2016年第24回ASEAN労働大臣会合で採択された「ASEAN労働に関する企業の社会的責任ガイドライン」に明示された。責任あるビジネスとは、企業が自らの事業活動が社会にもたらす影響を考慮することであり、国際的労働基準の遵守、人権の尊重、説明責任、透明性、倫理的行為を原則とする。同年にAICHRメンバーを中心にCSRと人権に関するASEAN地域戦略が議論され、ASEANで操業する企業に対し、CSRは寄付や慈善事業ではなく、企業の活動がもたらす人権、社会、環境への影響に対する責任であるとの認識を求めた。AICHRの現行の5カ年計画(2021-2025)では、CSRに代わりビジネスと人権が明記され、「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(指導原則)の実行と国家行動計画の策定(NAP)の共有が計画されている。

ASEANにおいて進むNAP策定の動き

2011年に国連人権理事会で承認された指導原則は、国家の人権保護義務を再確認し、企業の人権尊重責任を規定し、救済手段の設置を国と企業に求める。国家の義務として、企業が人権尊重の責任を果たせるよう政策措置をとるべきと規定する。そして各国がどのような政策を進めていくかを盛り込んだのがNAPである。

アジア初のNAP策定国はタイである。2019年に閣議決定されたNAPは、自国企業の人権尊重を促進し、人権を尊重する国として投資家の信頼を醸成すると謳う。図ったようにその年はタイがASEAN議長国であり、NAPの採択と表明は、ASEANそしてアジアにおけるタイのリーダーシップを再確認するものと明示する。同政府は2023年にNAP第2版を策定している。

インドネシアは2023年9月にジョコ大統領が大統領令としてビジネスと人権のための国家戦略に署名した。同政府もNAPの策定が自国における企業の人権尊重を促し投資に繋がると企図している。インドネシアに先立つ2023年7月にはベトナムが首相決定として責任ある企業行動を促進する計画を策定した。2019年国連人権理事会第32会期の普遍的定期的レビューでNAP策定を求めるスウェーデンからの勧告を受け入れなかったベトナムであるが、その後の変化の背景には、欧州連合(EU)とのFTACPTPPの締結、発効がある。ベトナムは2019年には団結権および団体交渉権条約(ILO98号)、2020年には強制労働廃止条約(ILO105号)に加盟した。公正な自由貿易の促進には、経済活動における労働者の権利、人権尊重、すなわち責任あるビジネスが不可欠となっている。

2025年議長国マレーシアの動き

マレーシアでは、2024年8月首相府によりビジネスと人権に関するベースラインスタディ報告書が公表された。人権保障にかかる法制度、経済活動にかかる人権侵害リスクが調査され、同国におけるビジネスと人権の現況を包括的に概観するものであり、同調査をもとに経済活動における人権尊重、保護のための政策を立案するよう提言がなされている。報告書序文において、アザリナ・オスマン首相府相(法務・制度改革)は「グローバル化そして経済が相互に連結する時代において、ビジネス活動の人権に対するインパクトの大きさは強調しすぎることはない。政府、企業、市民社会が、すべての人々のウェルビーイングと尊厳を優先する責任あるビジネスを促進するために協働することが不可欠である」と述べている。報告書はガバナンス、労働、環境、その他の4章から構成される。冒頭にガバナンスの優先分野として、公正を歪める腐敗自体が人権侵害であるとして、反腐敗が挙げられているのはマレーシアの特徴といえる。マレーシア政府は、このベースラインスタディを基礎に、具体的な政策措置、取組を明記するNAPの議長国である今年早期の策定を企図している。欧州連合(EU)と2012年来中断していたFTA締結交渉が今年再開される。

AZECに「責任あるビジネス」の視点を

直近のマレーシアの動きに見るように、ASEAN各国がビジネスと人権に関する行動計画を策定し、企業に責任ある行動を求めていることに対し、日本企業は真摯に応える必要がある。日本貿易振興機構(ジェトロ)による2023年度海外進出日系企業実態調査によれば、人権を経営課題と考える在東南アジア日系企業数は2022年度から2割以上増加したものの、人権デューディリジェンスを実施している比率は地域比較でもっとも低く、22.3%(2857社中)に留まる。この数字から日本企業は東南アジアにおいて責任あるビジネスへの取組をさらに強化する必要があると推察される。それには日本とASEANの協力プロジェクトに責任あるビジネスをビルトインすることが最も有効である。

日本政府の主導によるアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)の首脳共同声明が2024年10月インドネシアで採択された。今後10年のアクションプランでは、脱炭素、エネルギーの移行にかかる技術協力、製造業のサプライチェーングリーン化、移行ファイナンスの推進がリストされている。AZECは気候変動への取組、包摂的経済成長、エネルギー安全保障を謳う。しかしAZECに対してインドネシアの市民団体から、地域コミュニティの関与なしにプロジェクトが進行することへの懸念が表明され、ステークホルダーとの意味のあるエンゲージメントが要請されている。日本が議長国を務めた2023年G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合コミュニケやG7広島サミットクリーン・エネルギー経済行動計画には、指導原則など責任ある企業活動の国際的スタンダードに合致するよう協力することが明記されている。これを実行するには、まさにAZECにこそ、責任あるビジネスを確保する仕組みが必要である。

まとめ

第1回AZEC首脳会合共同声明には、公正で持続可能なビジネス環境の重要性が強調されている。各国における労働や人権にかんする基準、法規制、その執行能力の違いはビジネスにとってリスクとなる。公正で持続可能なビジネス環境は責任あるビジネスと表裏一体であり、それは民主主義、人権、法の支配のうえに醸成されるものである。2025年はASEANにとって極めて重要な年になる。民主主義、人権、法の支配こそが安定して繁栄する東南アジアに導く。ASEAN共同体ビジョン2045は、民主主義、人権、法の支配を基礎とするものであるはずである。パートナーたる日本の役割はこれまでになく重要になっている。

やまだ みわ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

©2025 山田美和

2025年3月7日 本文外の記述を修正