レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.193 トランプ2.0──対中関税率60%のアジアへの影響
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- 米国の対中関税率が60%に引き上げられると、「HS61-63:衣類等」「HS64-67:履物・帽子・傘」「HS83:各種の卑金属製品」「HS95-96:玩具・雑品」などで、中国からの対米輸出が大きく減少することが見込まれる。
- これらの産業において、ASEAN諸国から米国向け輸出が拡大することが予想される。
米国の11月の大統領選において、トランプ前大統領とバイデン大統領が再び対決する。トランプ前大統領は、前政権時(「トランプ1.0」と呼ぶ)に中国製品に対して2018年と2019年に段階的に追加関税を課した。トランプ前大統領が返り咲いた場合(「トランプ2.0」と呼ぶ)、中国に対する関税率を60%、日本を含む、それ以外の国に対しても10%まで引き上げると公言している。
本稿では、トランプ2.0において、対中関税率が60%に引き上げられた場合、アジアにどのような影響を及ぼす可能性があるかを議論する。トランプ1.0に観察された実際の影響をもとに、トランプ2.0の影響を予測する。60%への一律的な上昇は、平均的にはトランプ1.0時における追加関税幅の倍程度になるため、トランプ1.0時に起きた現象が、より強く現れる可能性がある。トランプ1.0の影響については、IDEスクエアの世界を見る眼「トランプ1.0における関税戦争の貿易に対する影響を振り返る」を参照して欲しい。中国以外の国に対する10%の関税引き上げの影響については取り上げない。
中国への影響
中国に対する60%の関税率は、トランプ1.0同様、中国の米国向け輸出額を減少させる。トランプ1.0では、追加関税率が大きいほど、輸出の減少幅は大きくなった。トランプ2.0でも同様の変化が起こるならば、実際にどの品目で中国の対米輸出がより減少するかを予測しやすい。その際には、「現在の実行税率からトランプ2.0でどれだけ対中関税率が上がるか」と、「現在、米国の対世界輸入に占める中国からの輸入シェアがどれだけ高いか」という点が重要である。両者が大きいほど、減少する対米輸出額も大きくなるであろう。
図1 追加関税率と中国からの輸入額シェア(HS2桁別)
- (出所)筆者による計算
どのような産業で、これら2つの要素が大きいのかを調べてみる。産業は、貿易商品分類(HSコード)の2桁番号で定義する。2021年末時点の米国の対中実行関税率と60%の差を、トランプ2.0における追加関税率(%ポイント)とする。World Integrated Trade Solutions および官報をもとに計算する。また、米国の2021年における、対世界輸入額に占める中国からの輸入額シェア(%)を計算する。これらを米国のHSコードの10桁レベルで計算し、それをHS2桁レベルで単純平均を取る。貿易データは、Global Trade Atlasから入手する。
追加関税率と中国からの輸入額シェアの散布図を描いたのが図1である。図内の数字は2桁のHSコードであり、相対的に右上にある、すなわち中国の米国向け輸出がより減少しやすい産業のみに付している。「HS61-63:衣類等」「HS64-67:履物・帽子・傘」「HS83:各種の卑金属製品」「HS95-96:玩具・雑品」などで、中国からの輸出が大きく減少する可能性が高い。
より視覚的に分かりやすくするために、これら2要素を掛けた積を図2に示す。この積が大きいほど、図1において右上に位置しやすい。上記産業以外で、この積が平均的に高いのは、「HS14:植物性の組物材料」「HS29:有機化学品」「HS36:火薬類」「HS46:わら等の組物材料の製品」「HS49:印刷物」「HS92:楽器」などである。以上の対米輸出が減少しやすい産業を、「輸出減少産業」と呼ぶことにする。
図2 追加関税率と中国からの輸入額シェアの積
- (出所)筆者による計算
以上では中国の対米輸出について議論してきたが、こうして行き場を失った製品が、米国以外に向かうかもしれない。トランプ1.0は、地理的に近い、所得が高い、経済規模が大きい国向けに、中国からの輸出が増えたことが知られている。トランプ2.0でも同様であれば、「輸出減少産業」において、中国から東アジア、東南アジア向け輸出が増加するかもしれない。
東アジアへの影響
次に東アジアへの影響を議論する。トランプ1.0の日本や韓国の対米輸出に対する影響は、少なくとも広義の機械産業では軽微であった。これは、日本企業による主要な米国市場アクセスが現地生産・販売であること、韓国企業はベトナム等を輸出基地として米国市場にアクセスしているためであろう。
一方、在中国工場を輸出基地としてきた台湾企業は、トランプ1.0に工場の台湾回帰、ASEANやインドへの移転を進めてきた。その結果、台湾からの対米輸出は拡大した。トランプ2.0で、こうした流れはさらに加速するであろう。また、台湾からの対米輸出拡大に伴って、中国からの中間財輸入が拡大するかもしれない。
ASEANへの影響
同様にASEANへの影響を議論する。トランプ1.0のように、ASEAN諸国(タイやベトナムなど)は米国市場において貿易転換効果を享受するであろう。とくに、輸出減少産業において、ASEANから米国向け輸出が拡大することが期待される。また同産業において、追加関税を回避するために中国企業のASEAN進出が進むかもしれない。
トランプ1.0では、中国によるASEAN(カンボジアやベトナムなど)を経由した迂回輸出が問題となった。これに伴って米国の監視が強化されているため、トランプ2.0では迂回輸出は限定的になるかもしれない。また、上記台湾同様、ASEANからの対米輸出拡大に伴って、中国からの中間財輸入が拡大するかもしれない。
おわりに
本稿では、単純な計算により、トランプ2.0における輸出減少産業を特定してきた。これらの産業では、中国からの対米輸出が減少し、ASEAN諸国等からの輸出が拡大することが予想される。ただし、計算方法にはいくつか改善の余地がある。とくに、1%の関税率上昇によって、どれだけ貿易が減少するかは、品目によって異なる。この点を考慮することで、輸出減少産業の特定の精度をさらに向上できるであろう。
謝辞
本稿を作成するにあたり、木村福成所長(アジア経済研究所)、安藤光代教授(慶應義塾大学)、椋寛教授(学習院大学)より有益なコメントをいただいた。ここに記して謝意を表す。
(はやかわ かずのぶ/バンコク研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2024年 執筆者