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レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.155 東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)協定の経済効果に関するシミュレーション分析――日本における都道府県別・業種別の経済効果――

2021年12月6日発行

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  • 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)など既存の自由貿易協定によって、2030年時点において現在よりも経済が成長する地域、後退する地域が生じる可能性がある。
  • 東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)協定の発効は全地域の経済にプラスに働き、北陸、近畿、中国地方で相対的に大きな効果を生み出す。とくに和歌山、福井、岡山、山口の各県で経済効果が大きい。
  • 業種別では、繊維・衣料、その他製造業に対する経済効果が相対的に大きい。

2022年1月1日、東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)協定が少なくとも9カ国で発効することとなった。2020年11月に署名されてから1年、ついに東アジア、東南アジア、オセアニアをカバーするメガ自由貿易協定(FTA)の誕生である。

本レポートでは、RCEP協定の経済効果について、国内県別に試算した。これまでにもRCEP協定の経済効果については、いくつかの試算が公表されてきた。著者ら自身も2021年3月にポリシーブリーフ No. 143にて国別の試算を公表した。今回は、一部改善された関税データベースを用いながら、日本に焦点を当てたシミュレーション結果を紹介したい。

シミュレーションには、アジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いる。効果が量的に曖昧な非関税分野には触れず、関税分野における効果に限定して、その経済効果を試算する。

我々の試算の特徴を2点挙げたい。第一に、県別・業種別に試算結果を提示する。第二に、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」を始め、既存のFTAにより決められた関税削減スケジュールを組み込んだうえで、RCEP協定の経済効果を試算する。この処理はRCEP協定の経済効果を過大評価することを防ぐことになり、前回のポリシーブリーフNo. 143では十分にされていなかった。

シミュレーション・モデル

IDE-GSMは、企業レベルでの規模の経済を前提とした空間経済学に基づく計算可能な一般均衡(CGE)モデルの一種である1。IDE-GSMは169カ国をカバーし、うち日本を含む103カ国では国よりも細かい行政区分での分析が可能となっている。2007年よりアジア経済研究所で開発が進められ、国際的なインフラ開発の経済効果分析などに利用されてきた。

IDE-GSMには、世界における2019年時点の関税率が組み込まれている。当該関税率には、既存のFTA税率や一般特恵関税率等も反映されている。さらに、RCEP協定メンバー国間で過去に結ばれたFTAについては、将来の関税削減スケジュールも一部組み込んでいる。具体的には、中韓FTAにおける中国側、韓国側のスケジュール、日本が結ぶすべてのFTAの日本側スケジュール、CPTPPにおけるオーストラリア、マレーシア、ニュージーランド、ベトナムのスケジュール、ASEAN・オーストラリア・ニュージーランドFTAにおけるインドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマー、フィリピン、タイ、ベトナムのスケジュール、そして日ASEAN経済連携協定におけるカンボジア、ラオス、ミャンマーのスケジュールである2

またCPTPPについては、未だ発効していないブルネイ、チリ、マレーシアにおいても、2022年に発効すると仮定した。そのうえで、協定書にある各国の関税削減完了予定年に、全品目でメンバー間の関税率がゼロになると想定し、2019年から比例的に関税が低下していくと想定した。

以上のように、既存のFTAによって将来予定されている関税削減スケジュールが組み込まれているため、RCEP協定の有無にかかわらず、シミュレーション・モデル内で経済は動いていく。さらに国レベルでは、将来の人口は国連人口部の中位推計と合致するように調整されている。

RCEP協定が存在しないときに実現する、2030年時点の経済状況を確認しよう。図1は、2021年から2030年にかけて県別GDP成長率を示している。北関東、甲信越、北陸、東海、および近畿や中国地方の一部において、GDPの成長が期待される。そして人口流入の効果もあり、東京都が最も大きな成長を遂げることも示されている。その一方で、北海道や九州南部など、東京―大阪を日本の中心とした場合の周縁部となる地域で負の成長が予想される。これらの地域では一人あたり所得は緩やかに成長するものの、人口減少率がそれを上回るため、県レベルでの経済規模が縮小することが予想されている。

シミュレーション結果

それでは2022年にRCEP協定が発効することの経済効果をみてみよう。RCEP協定書に記載されている各国の関税削減スケジュールをデータに組み込み、既存の関税率よりも低ければRCEP協定税率が用いられるとする。この比較は関税番号6桁レベルで行った。


図1. RCEP協定が存在しないときに実現する2030年時点の県別GDP(2021年時点との比較)

図1. RCEP協定が存在しないときに実現する2030年時点の県別GDP(2021年時点との比較)

(出所)IDE-GSMを用いて筆者らにより試算。


図2. RCEP協定発効の県別GDPに対する効果(2030年、図1を基準にしたときの押上げ分)

図2. RCEP協定発効の県別GDPに対する効果(2030年、図1を基準にしたときの押上げ分)

(出所)IDE-GSMを用いて筆者らにより試算。

図2では、2030年時点の県別GDPについて、RCEP協定税率が利用可能なときと、そうでないときの差を示している。いずれの県も正の効果を受けることが分かる。図1において、一部の県では2030年時点のGDPが2021年に比べて成長していることが示されていた。そういった県では、RCEP協定の発効により、成長の程度がさらに高まる。一方、2021年に比べて経済が後退することが示されていた県では、RCEP協定の発効によって後退が避けられる見込みとなる。

RCEP協定で最も重要な視点は、これが日本・中国、日本・韓国の間での初めてのFTAとなる点である。そのため、これらの国の間の貿易においてRCEP協定による関税削減幅が大きくなり、その結果、貿易創出効果も大きくなる。とくに経済規模の観点から中国との貿易創出効果が、日本経済に与える影響において決定的である。さらに、RCEP協定による日本から中国への輸出時の関税率削減幅は、農業を除くと、繊維・衣料およびその他製造業において相対的に大きい。そのため、これらの産業シェアが大きい県で経済効果が相対的に大きくなる。

表1では、県別・業種別の経済効果が示されている。上述のとおり、繊維・衣料およびその他製造業において相対的に高い経済成長率を示している。この成長を支えるために、背後では労働力の産業間移動が起きている。とくに、もともと低率であることにより相対的に関税削減の幅が小さい電子・電機からのシフトが起きている。そのため電子・電機は低い、もしくは負の成長率を示している。電子・電機の縮小は、大都市に近いほど大きくなっている。


表1. RCEP協定発効の県別業種別GDPに対する効果(2030年、図1を基準にしたときの押上げ分)

表1. RCEP協定発効の県別業種別GDPに対する効果(2030年、図1を基準にしたときの押上げ分)

(出所)IDE-GSMを用いて筆者らにより試算。

地域別に細かく見ると、北陸、近畿、中国地方で相対的に大きな効果が見込まれることが分かる。とくに、和歌山、福井、岡山、山口の順で経済効果が大きい。これらの成長はその他製造業による貢献が大きい。和歌山では化学、石油・石炭製品、一次金属、そしてはん用・生産用・業務用機械、岡山では化学と一次金属、山口では化学、石油・石炭製品、そして一次金属における輸出拡大が期待される。また福井では、化学産業に加え、繊維製品の輸出拡大も期待される。

おわりに

本レポートでは、RCEP協定の経済効果を試算した。すべての県で正の効果を受けることが示されたが、これは来年以降、天からタダで降ってくるものではない。輸出企業がRCEP協定税率を利用することによって実現が期待されるものである。RCEP協定による関税削減で最も大きな正の効果を受けるのは日本である。この果実をしっかり得るために、輸出促進、そしてFTA税率の利用促進を進めていく必要がある。

(くまがい さとる 開発研究センター・経済地理研究グループ/はやかわ かずのぶ バンコク研究センター)

<参考文献>
  1. IDE-GSMでは関税・非関税障壁・輸送費など広義の貿易費用を変更することにより、財の需給や価格、人口や産業集積の変化を通じて各国・各地域のGDPが変わってくる。モデルやパラメータの詳細は、熊谷・磯野(2015)を参照。
  2. さらにベトナムとEU、ベトナムとイギリスの間の関税率も、ベトナム側で2030年、EU・イギリス側で2027年に関税率がゼロとなるように、段階的に削減されていくように設定している。

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。