レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.151 環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の経済効果に関するシミュレーション分析――イギリス、中国、台湾の加入

2021年10月25日発行

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  • CPTTPにイギリス、中国および台湾が加わることがメンバー国経済に与える影響について、IDE-GSMを用いて推計を行った。
  • イギリスの加入では同国とRTAを有しない、オーストラリア、ブルネイ、マレーシアおよびニュージーランドにおいて、一部の産業で相対的に大きな効果が見られるが、GDP全体に与える影響は小さい。
  • さらに経済規模の大きい中国が加入することで、現状で中国とRTAを持たない、カナダとメキシコ、イギリスに大きな経済効果があらわれる。
  • 台湾はCPTTPが多くの国との初のFTAとなるため、大きな経済効果を享受できる。

2021年9月13日、日中韓ASEAN経済大臣会合にて、来年1月初旬までに「東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)」を発効させるべく努力を続けることを確認した。そのようななか、我が国にとり重要なもう一つのメガ地域貿易協定(RTA)である、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」に対して再び注目が集まっている。イギリスに続き、中国、そして台湾がCPTPPへの加入を申請したためである。

本レポートでは、「加入できるか否か」には立ち入らず、仮に加入したときの経済効果について議論したい。とくに、効果が量的に曖昧な非関税分野には触れず、関税分野における効果に限定して、その経済効果を試算する。シミュレーションには、アジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いる。

既存RTAの有無

CPTPPは2018年3月にオーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポールおよびベトナムの11カ国により署名された。その後、2018年12月30日にメキシコ、日本、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア、ベトナムの7カ国の間で発効し、ペルーにおいても2021年9月19日に発効した。

本レポートでは、このCPTPPにイギリス、中国、台湾が加入した際の経済効果を試算する。その際に重要になるのは、これら3国・地域がCPTPPメンバー国との間に持つ既存RTAの存在である。

イギリスは欧州連合(EU)離脱後、EUが第三国と結んでいたRTAのパートナー国と個別にRTAを再締結している。そのため、現在、カナダ、チリ、日本、メキシコ、ペルー、シンガポールおよびベトナムの7カ国とRTAを既に発効させている。したがって、イギリスの加入により形成される新しいRTAリンクは、オーストラリア、ブルネイ、マレーシア、ニュージーランドとの4カ国との間となる。

中国はRCEPやASEAN-中国RTA、二国間RTAの存在により、カナダとメキシコとのみRTAを締結していない。一方、台湾はシンガポールとニュージーランドとのみRTAを締結している状況である。またイギリス、中国、台湾の間では、中国と台湾の間にアーリー・ハーベストの枠組み協定が存在している。

今回の加入申請により、新しいRTAリンクができるペアを中心に関税削減効果が大きいことは言うまでもない。また中台間など、既存のリンクにおいて自由化水準が低い場合も、CPTPPにより深掘りされることで相対的に大きな効果を享受できよう。

シミュレーション・モデル

本レポートのシミュレーション分析にはIDE-GSMを用いる。IDE-GSMは、企業レベルでの規模の経済を前提とした空間経済学に基づく計算可能な一般均衡(CGE)モデルの一種である1。IDE-GSMは169カ国をカバーし、うち103カ国では国よりも細かい行政区分での分析が可能となっている。2007年よりアジア経済研究所で開発が進められ、国際的なインフラ開発の経済効果分析などに利用されてきた。

IDE-GSMには、世界における2019年時点の関税率が組み込まれている。当該関税率には、既存のRTA税率や一般特恵関税率等も反映されている。さらに、2つのRTAについては、将来に予定されている関税削減も反映されている。1つはRCEPであり、2022年1月に全メンバー国で発効すると仮定し、RCEP協定書に記述されている関税削減スケジュールを組み込んでいる。

もう1つはCPTPPであり、未だ発効していないブルネイ、チリ、マレーシアにおいても、2022年に発効すると仮定する。そのうえで、協定書にある各国の関税削減完了予定年に、全品目でメンバー間の関税率がゼロになると想定し、2019年から比例的に関税が低下していくと想定している2

こうした設定をベースラインとして、以下の4つのCPTPP加入シナリオについて、シミュレーションする。

① 2023年にイギリスがCPTPPに加入

② 2023年にイギリスが、2025年に中国がCPTPPに加入

③ 2023年にイギリスが、2025年に台湾がCPTPPに加入

④ 2023年にイギリスが、2025年に中国と台湾がCPTPPに加入

加入年(2023年と2025年)を正当化する特別な理由はない。CPTPP関税率は、メンバー国との間の2019年時点の関税率が、2038年にゼロになるように比例的に低下すると設定する。2038年は、現メンバーの関税削減が完了する年である。

表1. イギリスのCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

表1. イギリスのCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

出所)IDE-GSMを用いて筆者らにより試算。

表2. イギリスと中国のCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

表2. イギリスと中国のCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

出所)IDE-GSMを用いて筆者らにより試算。
シミュレーション結果

各シナリオによって起こる経済変化を報告する。ここでは、2030年時点で分析シナリオとベースライン・シナリオとのあいだで国別・地域別・産業別のGDPを比較し、その差分を経済効果とみなしている。現加盟国、加入申請国・地域、その他一部の国についてのみ結果を報告する。

表1はシナリオ①であり、イギリスの加入効果を示す。産業別の結果を見ると、イギリスに加え、未だイギリスとRTAを有しない、オーストラリア、ブルネイ、マレーシア、ニュージーランドにおいて、一部の産業で相対的に大きな効果が見られる。しかしながら、実質GDPへの影響はいずれもごく僅かである。

表2はシナリオ②であり、イギリスと中国の加入効果を示す。経済規模の大きい中国が加入することで、大きな変化が起きている。とくに中国とRTAを持たない、カナダとメキシコ、そしてイギリスにおける効果が大きい。イギリスの経済成長を受けて、イギリスとRTAを持っていなかったマレーシアにおいても、相対的に効果が大きくなっている。マレーシアは中国との間にASEAN・中国RTA、そしてRCEPがあるものの、上述したCPTPP関税率の設定上、一部の品目で関税面のメリットも享受しているものと考えられる。同様のことが日本やベトナムにおいても言える。現時点で中国のCPTPPにおける関税削減スケジュールは未定であるが、削減スピードによっては既存のRTAよりも関税メリットを生む可能性がある。一方、タイと韓国で相対的に負の影響が大きいことも興味深い。

表3はシナリオ③であり、イギリスと台湾の加入効果を示す。本シナリオでは当然、台湾における経済効果が大きい。多くの国と初めてのRTAが発効することになるためである。日本においても、食品加工と自動車で相対的に大きな正の経済効果を受けている。

最後に表4はシナリオ④であり、イギリスと中国、台湾が加入した際の効果を示す。総じてシナリオ②と同様の結果を示しており、中国加入の効果を色濃く反映しているものと考えられる。また、台湾における効果が大きく増加しているのは、アーリー・ハーベストしか発効していない中国との間に、初めて本格的なRTAが発効することによる。ただし、電子・電機では負の影響を受けることが示唆されている。

表3. イギリスと台湾のCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

表3. イギリスと台湾のCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

出所)IDE-GSMを用いて筆者らにより試算。

表4. イギリス、中国、台湾のCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

表4. イギリス、中国、台湾のCPTPP加入効果(2030年、ベースラインとの比較)

出所)IDE-GSMを用いて筆者らにより試算。
おわりに

本レポートでは、イギリス、中国、台湾のCPTPP加入効果を試算した。その結果、イギリスと既存のFTAを持たないオーストラリア、ブルネイ、マレーシアおよびニュージーランド、さらに、中国と既存のFTAを持たないカナダとメキシコおよびイギリス、また、多くの国との初めてのFTAとなる台湾の経済効果が大きいことが分かった。

最後に、非関税措置について指摘しておきたい。CPTPPは先進的なルールを非関税分野に対して設定したRTAとして知られている通り、非関税分野においても経済効果を生み出す仕掛けがいくつも設定されている。これに対して本レポートでは関税分野における効果に限定したため、本レポートにおける試算結果は言わば真の経済効果の下限値と言えるかもしれない。

(くまがい さとる 開発研究センター・経済地理研究グループ/はやかわ かずのぶ バンコク研究センター)

<参考文献>
  1. IDE-GSMでは関税・非関税障壁・輸送費など広義の貿易費用を変更することにより、財の需給や価格、人口や産業集積の変化を通じて各国・各地域のGDPが変わってくる。モデルやパラメータの詳細は、熊谷・磯野(2015)を参照。
  2. 実際にはさらにベトナムとEU、ベトナムとイギリスの間の関税率も、ベトナム側で2030年、EU・イギリス側で2027年に関税率がゼロとなるように、段階的に削減されていくように設定している。この設定は、ベトナムにおいてイギリスのCPTPP加入効果を過大に評価しないための措置である。

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。