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フィリピン 過渡期の人材育成――職業訓練は「仕事」と結びつくのか――

一般書

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フィリピン 過渡期の人材育成――職業訓練は「仕事」と結びつくのか――

著者/編者

出版年月

2023年3月

ISBNコード

978-4-258-04655-3

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内容紹介

内容紹介

フィリピンでは、1990年代後半に職業訓練・技術教育(Technical and Vocational Education and Training: TVET)制度を人材育成の強化と生涯教育機会の提供という観点から再編し、公的奨学金制度への組み込みや、2010年代半ばに施行した基礎教育制度改革(通称K to 12)により、教育課程の一部としても位置付けた。コロナ禍直前の2019年には年間延べ約250万人の修了者を輩出する規模にまでに拡大された現在のTVET制度は、その外形を整えつつあるが、「若年層が直面する初回求職活動における困難の縮小」と「国内人材の継続的な高度化」という二兎を追わざるを得なかった歴代政権の政策的志向を反映している。

では、TVETはその目的を実現しているだろうか、成果が不十分であれば要因や課題はなにか、それらには地方や産業による差異は存在するのか。これらの問題意識のもと、本書ではまず、教育・TVET制度改革と国内における就労状況、直近までのTVETの実績と修了者の求職・就労環境を概観し、次に産業別事例として、低学歴者や未熟練労働力を吸収してきた農漁業と、新興かつ高度人材を要するビジネス・プロセス・マネジメント業について分析している。また、2000年以降における中等~高等教育およびTVET関連法改革の進展を解説した補論を付した。

目次

まえがき

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総論 フィリピンにおける職業訓練・技術教育(TVET)と就労

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第1章 教育課程およびTVET制度改革の進展

筆者:柏原 千英

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第2章 TVET卒業者の求職・就労環境

筆者:柏原 千英

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第3章 フィリピンの農漁業とTVET

筆者:鈴木 有理佳

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第4章 フィリピン情報通信(ICT)産業とTVET

筆者:柏原 千英

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補論 高等教育・TVET制度改革関連法整備の展開

筆者:柏原 千英

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まえがき

まえがき

「学校では(まだ)習わないけど、○×についてもっと知りたい、上達したい」
「部長に、マネージャーに昇格するには△□資格を取れ!って、ハッパかけられた」
「○◇(企業や職業)に転職したい……何かアピールできる武器はないか」
「○□(農作物)の出来が毎年イマイチだ。収穫を増やすとか、品質を上げたいなぁ」
「退職後の趣味と実益を兼ねた生きがいが欲しい。起業って、難しいのか?」


人にはさまざまな「学び」や「習得」を必要とする時期や理由があるが、それを得られる場所は義務教育に始まる学校のみとは限らない。同時に、日々の生活のなかで割ける時間や経済的余裕、身につけたい知識や技術を得られるまでに必要な期間など、各人の人生のステージと目的によって制約にも直面する。また、このような問題は国の経済発展段階や景況にかかわらず存在する(可能性がある)ものの、各種社会保障や支援制度などが不十分な発展途上国では、事態はより深刻になる。労働の対価としての収入を得られない、あるいは所得レベルが非常に低い状態が長期間続く場合には、本人の生活はもとより、属する家計内の子弟への教育投資も制約を受け、いわゆる「貧困の連鎖」が形成されてしまうからだ。

そこで、冒頭のような需要に対して何らかの手段や機会を提供する制度の1つに、「職業訓練・技術教育」(Technical and Vocational Education and Training: TVET)がある。狭義には、世界で一般的に義務教育とされる中等と高等の中間に位置づけられる教育・訓練課程として、広義には、生涯教育や就労支援の一部として、年齢や最終学歴を必ずしも受講条件としない機会を提供する制度である。

では、後者を選択しているフィリピンでは、定義された目的をかなえているのだろうか? 同国は現時点で1億1000万人を超える人口(中央値は20代半ば)を抱え、コロナ禍以前には、専門職など年間延べ100万~ 200万人を海外就労者として送り出してきた。一方、国内では若年層や義務教育未修者の就労、就業者の技能・知識レベルと産業の高度化の停滞、個人レベルではキャリアアップ/チェンジの労働市場における困難さ等々……の解消が所得の底上げと高位中所得国入り、さらには長期の国家的目標である「貧困のない社会」の実現には不可欠とされる。本書は、「フィリピンにおける職業訓練、就労状況と経済発展」研究会(2019~ 2021年度実施)のもと、TVETと教育、就労環境を軸に、フィリピンにおける取組みと成果の分析、ならびに課題と政策的インプリケーションの導出を試みた成果である。

コロナ禍の影響を受け、オンラインでの照会や短い面談による統計・資料や知見の収集にはもどかしさを感じたが、フィリピン統計庁をはじめ政府機関の担当者諸氏、研究者の方々には、日本よりも厳しい行動制限下での多忙な時期に時間を割いていただき、データや資料の提供を受けることができた。紙幅の都合で詳細は省略させていただくが、変わらぬご協力やご厚意への深い謝意を、次回、フィリピンでお会いする際にはまず伝えようと思っている。

災禍を契機とし、継続していくであろう教育やTVETの現場、就労に関する変化には、今後とも注視していく必要がある。どの産業部門に携わっていようとも、よりよい待遇や労働環境、自身の技能・知識レベルや生産性を高める手段、あるいはキャリアパスやその変更を必要なタイミングで自ら模索し検討できる、または有益なアドバイスを求め、得ることが可能な制度をもつ社会は、フィリピンで実現するだろうか。

その先にこそ、「貧困のない社会」がある。

2023年1月
柏原千英