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開催報告

セミナー「グローバルサウス諸国の国家的事業における経済協力の課題 ―インドネシア新首都建設を事例にして―」

ジェトロ・アジア経済研究所は、2024年11月21日に、インドネシア共和国・国家研究イノベーション庁(BRIN)、クタイ・カルタヌガラ県政府および北プナジャム・パスル県政府と、セミナー「グローバルサウス諸国の国家的事業における経済協力の課題 ―インドネシア新首都建設を事例にして―」を開催しました。このページでは、同セミナーにおける議論の概要および当日の動画を公開しています。ぜひご覧ください。

セミナー「グローバルサウス諸国の国家的事業における経済協力の課題 ―インドネシア新首都建設を事例にして―」 登壇者等の集合写真 ©ジェトロ・アジア経済研究所

登壇者等の集合写真 ©ジェトロ・アジア経済研究所

セミナーの動画

セミナーの概要

開催日時:2024年11月21日(木曜日) 9:30~16:20
会場:日本貿易振興機構 東京本部 5階A会議室
主催:ジェトロ・アジア経済研究所 インドネシア共和国・国家研究イノベーション庁(BRIN
後援:クタイ・カルタヌガラ県政府 北プナジャム・パスル県政府

セミナーのプログラム

議題 登壇者(敬称略)

開会挨拶

村山 真弓(アジア経済研究所)
アグス・エコ・ヌグロホ氏(BRIN
ザイナル・アリフィン氏(北プナジャム・パスル県政府)※オンライン登壇

趣旨説明

川村 晃一(アジア経済研究所)

第1セッション 新首都建設の現状と課題 座長:東方 孝之(アジア経済研究所)

報告1

マルディヤント・ワフユ・トゥリヤトモコ氏(BRIN

報告2

アグス・エコ・ヌグロホ氏(BRIN

休憩

報告3

川村 晃一(アジア経済研究所)

質疑応答・討論

昼休み

第2セッション 新首都建設予定地の視点 座長:濱田 美紀(アジア経済研究所)

報告4

ママン・スティアワン氏(クタイ・カルタヌガラ県政府)※オンライン登壇

報告5

ニコ・ヘルランバン・スウォンド氏(北プナジャム・パスル県政府)

質疑応答・討論

休憩

第3セッション 総合討論 座長:川村 晃一(アジア経済研究所)

閉会挨拶

濱田 美紀(アジア経済研究所)

セミナーの趣旨

インドネシア政府は、2019年8月に首都をジャカルタからカリマンタン(ボルネオ)島南東部にある東カリマンタン州に移転することを発表した。北プナジャム・パスル県とクタイ・カルタヌガラ県にまたがる場所に政府機関、情報・通信機関、高等教育・研究機関などを移転させる計画である。2024年8月17日には独立記念式典が新首都予定地で開催されたが、年内の移転開始は実現しなかった。それでも移転事業自体は10月の政権交代後も継続されている。完全移転は建国100年となる2045年という壮大な計画である。

この計画では、移転費用の約半分にあたる265.2兆ルピア(約2.6兆円)が官⺠連携プロジェクトとして、約4分の1にあたる127.3兆ルピア(約1.3兆円)が⺠間プロジェクトとして実施される計画であるため、政府は外国企業を含む民間の投資を期待している。日本においても、この巨大プロジェクトにどのような形で関われるのか、首都移転計画が発表された当初から高い関心が向けられている。しかし、事業の継続可能性や民間投資をあてにした資金計画については不透明な点も多く、関与の仕方を模索している企業が多い。

そこで、本セミナーでは、インドネシアから政治・経済の専門家を招いて新首都建設の現状、展望、課題について討議した。また、移転予定地に指定され、一部の地域を新首都の土地として提供する地方自治体の職員を招き、現地社会が首都建設をどのように捉えているのか、首都建設に伴ってどのような問題に直面しているのかといった点について議論した。

第1セッション「新首都建設の現状と課題」

最初に、インドネシア国家研究イノベーション庁(BRIN)国内行政研究センター長のマルディヤント・ワフユ・トゥリヤトモコ氏が「新首都の制度と社会政治的ダイナミクス」と題して講演した。マルディヤント氏は、インドネシアでは過去にも首都移転の計画が持ち上がったこともあったが、ジャカルタの都市問題(人口集中、深刻な渋滞、地盤沈下、インフラ不足)や国内の地域間格差が深刻化していることを受け、ジョコ・ウィドド大統領が移転を決断するに至ったと説明した。

しかし、「ヌサンタラ首都(IKN)」と名付けられた新首都における統治システムにはいくつかの問題がある、とマルディヤント氏は指摘した。新首都の建設から移転、統治を行う組織として「ヌサンタラ首都庁(OIKN)」が2022年の新首都法にもとづいて設置されたが、同庁は大統領直属の機関として位置づけられたため、住民の参加や公共サービスの提供といった機能を備えていない。インフラ建設や移転事業を進めるうえではこうした中央集権的なやり方は効果的かもしれないが、地元住民と新しく移住する住民が混在する複雑な社会を地方政府の機能を持たない同庁がマネージできるのかという問題が生じるだろう、とマルディヤント氏は警告した。

次に、インドネシア国家研究イノベーション庁(BRIN)ガバナンス・経済・社会福祉研究部長のアグス・エコ・ヌグロホ氏が「新首都建設の経済的動機と課題」と題して講演した。アグス氏は、首都移転計画を「2045年の先進国入り」というジョコ・ウィドド大統領が掲げた目標の実現に向けて高度成長を達成するための手段と位置づけた。具体的には、ジャワ中心の開発からヌサンタラ中心の開発への転換、成長センターとしてのジャカルタの行き詰まりの克服、資源中心経済からの脱却と産業化の推進、ジャワ島外での民間投資の誘致といった動機が政府の決定の背後にはある。

一方で、今後は、「スマート、グリーン、持続可能な都市」を目指すという政府の意図と実際に供給される人材の質とのギャップ、電力や清潔な水を供給するインフラの不足、森林破壊のさらなる加速、といった課題に今後直面するとアグス氏は指摘した。

最後に、アジア経済研究所在ジャカルタ海外調査員の川村晃一が「首都移転事業をめぐる課題」と題して講演した。川村は2024年9月にBRIN研究者と実施した現地調査からインフラ建設の現状を説明したうえで、プラボウォ新大統領は首都移転事業の継続を約束しているが、2025年度は大幅に予算配分が減らされること、公務員の間に移転に対する強い抵抗感があることなど、建設と移転を同時に進めていることの弊害を指摘した。その弊害は、政府が期待している民間投資の動向にも表れていると述べ、これまでの民間投資は国営企業もしくは政府と近い国内企業がほとんどで、外国企業のほとんどは様子見の状態である。また、「森林都市」という政府の宣伝文句とは裏腹に、森林破壊や生物多様性喪失といった環境問題が発生していること、土地の権利に関する問題が未解決であること、などが指摘された。

第2セッション「新首都建設予定地の視点」

最初に、クタイ・カルタヌガラ県地方研究イノベーション局長のママン・スティアワン氏がオンラインで参加し、移転先の自治体として直面している問題を6点指摘した。同氏によれば、(1)公務員が中心となる新首都住民と現地住民の間の教育格差、(2)環境破壊、(3)現地と新首都の間の文化的摩擦、(4)地域間の交通インフラの未整備、(5)食料の生産減・供給不足、(6)領域の喪失による地方政府予算の減収、といった問題が今後は生じる可能性があると県政府は考えており、その対策を検討しているとのことであった。

次に、北プナジャム・パスル県政府次官付第一秘書官ニコ・ヘルランバン氏が「北プナジャム・パスル県の未来:首都移転後の変化、空間計画の観点から」と題して講演した。同県は、ヌサンタラ首都の南西に位置し、新首都の建設にあたって一部の領域を割譲した。人口は約19.7万人(2023年)で主な産業は農業であるが、首都建設特需で経済成長率は2022年に14.5%、2023年に29.9%を記録した。ニコ氏は、同県を「首都ヌサンタラの前庭」とすることを目標に、農業、工業、漁業、観光を中心とした経済開発を環境に配慮しつつ持続可能な形で実現すべく政府として準備を進めていることを強調した。

第3セッション「総合討論」

最後のセッションでは、川村調査員の司会の下、マルディヤント氏、アグス氏、ニコ氏が登壇して首都移転をめぐる重要な論点を討議した。

第1の論点は、首都移転の決定プロセスとその影響である。アグス氏は「ジャワ中心からヌサンタラ中心への経済発展モデルへの転換という政府が示した方針は合理的なものであり、国民にも受け入れられている」と説明した一方、マルディヤント氏からは「国民に対する十分な説明や国民的な議論がなされているとはいえない」と述べ、「今後は住民の参加が可能な制度を構築する必要がある」ことを指摘した。地元自治体のニコ氏は「首都の一部となることは長年の夢であった」として歓迎する雰囲気が地元にあると説明したうえで、「土地の収用などをめぐっては地元でも不満があり、こうした問題が移転事業の遅れにつながる可能性がある」との懸念を示し、地元とのコミュニケーションが重要であることを強調した。

第2の論点は、「首都移転」という国家プロジェクトがもつ意味合いである。政府の言う「新たな経済成長センターの創出」や「新しい成長源の創出」という点はもちろん大きな移転理由ではあるが、このインドネシアの首都移転構想はそれを超えた国家アイデンティティや国民国家のあり方を追求するという意味合いが含まれている。「インドネシアの中心に首都を移す」という移転理由は、単なるお題目ではない。また、単に地域間不均衡を是正するということが目標なわけでもない。首都移転には、1945年にインドネシアが植民地支配から独立した際に目指すと宣言した「多様性のなかの統一」という国是を形にするという意味合いと意志が込められている。このことがセッションでの報告や討論から明らかになった。

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ジェトロ・アジア経済研究所 研究推進部 研究事業開発課
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