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中東和平プロセスとイスラエルの経済戦略

トピックリポート

No.15*

清水学 編
1996年3月発行
CONTENTS

エグゼクティブ・サマリー

  1. 中東における最大の不安定要因といわれたイスラエル・パレスチナ、イスラエル・アラブ間紛争は、和解の方向に向けて新たな段階に入った。
    1991年10月のマドリッド中東和平会議で始まった中東和平プロセスは、93年10月のイスラエル・PLOの間の原則宣言、94年5月のガザ・エリコでのパレスチナ先行自治発足、1994年10月のイスラエル・ヨルダン国交樹立、96年1月の西岸・ガザでのパレスチナ自治評議会議長及び議員選挙を経て、新たな段階を迎えている。95年1月のヘブロンでのユダヤ人過激派によるパレスチナ人大量殺害事件、95年11月のイスラエルのラビン首相暗殺、96年3 月のパレスチナ人過激派による連続大量テロ事件が起き、和平プロセスは紆余曲折を経ているが、事態が後戻りできない状況を迎えていることは否定できない。
  2. 今後はイスラエルが占領しているゴラン高原を巡るシリアとの交渉が重要な山場となる。もし、この問題が解決されれば南レバノンを巡るイスラエルとレバノンの間の問題も解決の展望が開かれるほか、アラブ諸国が関係正常化を行う上で基本的な障害がなくなる。しかし西岸・ガザの最終的地位などを含む、イスラエル・パレスチナ・ヨルダン3者間の関係がもう一つの焦点になる。
  3. 中東和平プロセスのなかで関係当事者・当事国で、「和平の配当」を得ることは和平を固めていくことになるが、現段階で経済的に「和平の配当」を最も受けているのはイスラエルであるといってよい。イスラエル経済は1990年以降年率5%以上の順調な成長を続けており、一人当たり国民所得も1万5000ドルの先進国水準に達している。80年代末以降旧ソ連・東欧から60万人以上の新規移民を受け入れ総人口も550万人の規模に達したが、失業率も最近に至って 10%を切り、移民受け入れの課題をなんとか乗り越えることができた。
  4. イスラエル経済にとって貿易・移転収入・援助受け入れを通じる対外経済関係が極めて重要な意味を持ってきた。イスラエルはアメリカ、EU、EFTA全てと自由貿易協定を締結している唯一の国であり、さらにアメリカからの経済軍事援助、海外からの各種移転収入を得るという恵まれた条件を得て来た。新移民受け入れ支援のため1992年にアメリカが供与した100億ドルの債務保証も対外借り入れ条件を緩和させてきた。
  5. イスラエルの貿易高の少なくとも7割が欧米との間で行われているように、イスラエル経済は基本的に欧米に向いている。しかし今後は発展しつつあるアジア・太平洋、旧ソ連・東欧などとの交流強化をねらった地域的多角化が課題となっている。ここ数年アジアの比重は急上昇している。中東和平プロセスの進展のなかで、アラブ・ボイコットの事実上空洞化が進んだことは、有利な条件となっている。日本を含むアジア諸国がイスラエルと経済関係を構築・強化するうえでの障害を除去することになる。イスラエルにとってはインドネシア、マレーシアなどとの経済交流の開始とインド・中国・ベトナムなどの市場拡大に期待している。
  6. アラブ諸国のなかで正式に国交を有するエジプト・ヨルダンのほかモロッコ、チュニジア、カタルなどとの公的関係が始まっているが、イスラエルは1994年 10月のカサブランカ北アフリカ・中東経済サミット、95年10月のアンマン会議で中東地域における各種プロジェクトの提案、中東開発銀行の設立などで積極的なイニシャチブをとろうとしている。しかし急速なイスラエル・アラブ間の経済関係緊密化が進むとは思われない。そこでは、政治的な理由、アラブの民族感情、所得水準の相違、消費生活の相違などが障害となっている。イスラエルの周辺アラブ諸国との経済関係強化には、和平の枠組みを固めるという政治的戦略的目的が優先していると見られる。ただし水及び石油・天然ガスの確保は優先されるプロジェクトとなっている。その点ではトルコ(水)やカタル(天然ガス)との関係が注目される。
  7. このような外的条件の好転と並んで注目されるのは、イスラエルが過去10年程続けてきている経済改革の動きである。従来の「社会主義」的システムにおける政府による資本市場・主要投資の事実上の統制、国有企業及び労働総同盟(ヒスタドルート)系企業の支配的地位、高い独占度が効率性のある経済システムを構築する上で問題であるという認識が背景にある。そのなかで民営化や軍民転換の試みが行われている。それが経常収支赤字と対外累積債務、インフレ再燃の危険性などに対処する政策の一部となっている。
  8. 経済改革の最大の焦点の一つは銀行システムの改革にある。イスラエルの銀行は短長期融資のみならず証券業務においても主要な役割を果たしており、金融市場に対して圧倒的な影響力を持っている。また主要産業コンプレクスに対する持ち株会社としての機能も持っている。最大の商業銀行のハポアリム銀行(労働総同盟系)を筆頭に5大銀行寡占体制であるが、1983年の銀行株暴落の際に政府が支持価格で買い入れたため、政府が最大の株主となっている。銀行の民営化は中小子銀行を中心に進み始めているが、親銀行の民営化、持ち株比率の制限など市場メカニズムが一層機能するように改革しうるかが経済改革の主柱として注目されている。
  9. このようななかでイスラエル経済の潜在力・技術力に対する日本を含む各国経済界の見直しの動きである。通信を含むハイテク分野・ソフトウェア開発など質の高い労働力があらためて評価されている。日本を含む海外の証券業界も投資対象としてイスラエル市場を考慮に入れ始めた。日本の対イスラエル輸出が増加したほか、大手商社も事務所開設を具体的に検討している。
  10. しかしイスラエルと日本との経済交流の一層の進展には、シリア・イスラエル交渉やパレスチナ自治と西岸・ガザの最終的地位など残された課題の行方にかかっており、日本としてはパレスチナ・ヨルダンを含めた地域的発展を通じて中東和平に貢献することが求められている。