中東における家族の変容

調査研究報告書

村上 薫 編

2018年3月発行

表紙(228KB)

第1章
本報告では、中東における家族というテーマに関連して、トルコに住む重症型サラセミアの若者たちの結婚とリプロダクションに関連した意見を知ることを目的とした。2016年にトルコのイズミル、ハタイ、アンカラで実施した質問紙調査の結果と、イズミルで5人の重症型サラセミアの男女とおこなった座談会での会話を提示した。これらを踏まえ、重症型サラセミアをもつ男女が同じ病気をもつパートナーを結婚相手として選ぶ傾向に注目し、その背景とトルコでの状況を記した。
第2章
家族を捉える切り口の一つに家族間の財産分配がある。中東におけるこうした家族論を扱う際に注意しなければならないのが、法の扱いである。現代中東諸国でそれぞれ制定されている家族法は、地域の歴史的先例であるイスラーム法とどの程度一致し、またはしないのか。法は中東における家族形態にどのような影響を与えているのか。これらの問いを考察するため、本稿では、家族間の財産分配に関わる制度の一つである家族ワクフに注目する。家族ワクフは、中東諸国の近現代の法整備過程の中でしばしば廃止または制限を受けてきた。エジプトでは、家族ワクフは1952年の法律で廃止され、そのワクフ財は所有者またはその子孫である受益者に返還されることになった。この規定に対する不満や問題の解決は司法に委ねられてきたが、近年、最高憲法裁判所が1952年法の一部規定に対する違憲判決を下した。本稿では、同判決の内容と意義を判決本文の分析から明らかにする。
第3章

病の前の舅の姿を求めて (484KB)/ 鳥山 純子

本稿では、私の記憶にある舅の姿をできるだけ忠実に描写することを試みる。それは学術論文の体はなさないが、今後、舅とその家族との介護を通じた関係の変遷を、舅という人物の物語に位置づけ考察するためには欠かせないプロセスである。本文では、舅の姿を、1)私にとっての舅の印象、2)私にとっての舅、3)舅のライフコース、4)子どもたちにとっての舅、5)寝たきりになるまでの舅の闘病、という要素に分けて記述した。

第4章

アラブ地域は1970年代に入るまで子沢山で知られる地域であった。ところが1970年代以降に急速に出生率が低下し、少子化に向かっている。少子化がアラブ地域の「家族」と社会にどのような変化をもたらすのかを考えるため、本稿では、アラブ社会の「家族」研究の動向と人口構造の変化を概観する。

第5章

本稿では、エジプトの家族について、個人を基点に、いくつかの併存する視点から考えていく。まず、エジプトの政策のなかで家族がいかに考えられてきたかを、オスマン帝国領から独立を目指した19世紀以降のエジプトの政策に焦点を当てたいくつかの文献を元に明らかにする。世帯が国家により独立した単位として注目されるようになる過程を整理する。次に、中東を事例とした人類学で従来言及されてきた家族の特徴について、説明する。父系出自集団や父方平行イトコ婚の分析は、現地調査を経てまとめられてきたものであるが、人類学では常に世帯を超えたつながりに注目してきたと考えられる。その後、筆者が現地調査で行ってきたアレクサンドリアの地方出身者を事例として、出稼ぎ労働者の社会的ネットワークと、都市にある同郷者団体における地縁の再生産を具体的な事例として検討し、家族的つながりについて説明していく。最後に、エジプトの家族を考えるうえで、検討すべき課題は何かを述べる。

第6章
本稿は、トルコにおける子ども観を観察する場のひとつとして養子縁組に着目し、今後掘り下げて考察するための準備作業を行うことを目的としている。本稿の前半では、養子縁組を扱う家族省職員への聞き取り、後半では子どもができず不妊治療を受ける女性とその親族への聞き取りに基づき、養子縁組にたいする人々のまなざしの一端を紹介する。