モルディブ基礎研究会

調査研究報告書

荒井 悦代

2018年3月発行

表紙 / 目次(213KB)

第1章

モルディブに関する研究を開始するにあたり,アジア経済研究所図書館に所蔵されているモルディブ関連書籍を検索したが,単行書は少なかった。雑誌論文にも範囲を広げ,20年ほどさかのぼってみても,多くを探し出すことができなかった。電子版に対象範囲を広げても結果はそう変わらなかった。温暖化や環境関連の分野に対象を広げれば数は増えるだろうが,人文・社会科学の分野での研究は,他の南アジア諸国に比べて格段に少ないことが明らかである。以下ではその一部について内容の整理を行った。請求番号とはアジア経済研究所図書館の請求番号である。 

文献を整理することでモルディブの政治・経済・社会の基礎的な情報について把握することができた。時間が経過したことにより、現在では当てはまらないこと(通信網の整備により情報格差は解消)もあるものの、教育や人的資源開発にかんしては依然として同じ問題を抱えており、今後の研究に大いに役立つ。

しかし同時に既存の文献では近年のモルディブで発生している政治変動や経済発展,国際関係についての変化,およびそれに伴う人々の生活や意識の変化は説明しきれないことも判明した。したがって今後はたとえば,近年の中国や中東諸国との関係については国際政治学的な分析が必要になってくるだろう。モルディブの基幹産業となった観光業についても,経済学的な視点から分析することで新たな知見が得られると期待される。多くの文献で指摘されていた人口問題に関しては、フルマーレの埋め立てと移住促進などの政策が進行中であり、これについても分析対象とする必要があろう。

第2章

モルディブ共和国は、インド洋に位置する島嶼国である。面積は298平方キロメートルで、総人口は344,023人(2014年人口センサス)である。 

モルディブは1965年に独立した。2000年代になって民主化が進展し、現行の2008年憲法が制定され、それにもとづき国民の直接投票による初の大統領選挙が行われ、モハメド・ナシード(Mohamed Nasheed)大統領が2008年に選出された。しかしながら、ナシード大統領の政治運営に対する抗議運動が高まり、2012年に退陣し、モルディブの政局は不安定化していた。2018年2月5日には、アブドゥラ・ヤミーン(Abdulla Yameen)大統領は、非常事態を宣言し、最高裁長官などの身柄を拘束した。2015年にモハメド・ナシード元大統領などに対しての反テロ行為禁止法違反で有罪判決が出されていたが、最高裁はそれが政治的な動機によるものとして判決を破棄したことに対して大統領側が力で裁判所をねじ伏せたのである。一般に新興民主主義国における議会政治は脆弱であり、選挙にもとづく政権交代が定着されるようになるまでは多くの時間がかかることが珍しくはない。モルディブの民主化と憲法の関係はどのように捉えればよいのであろうか。 

モルディブの法制度について、英語、日本語での文献はきわめて少ない。本稿では、モルディブにおける近年の民主化や立憲主義についての分析を提供するRasheed(2006) (2012)を手がかりに、モルディブにおける民主化、憲法、司法の変化を見ていくための着眼点を探る。