フィリピン経済・産業の再生と課題

調査研究報告書

柏原千英

2017年3月発行

第1章

フィリピンでは1985年より3年おきに家計調査が実施されている。直近のものは2015年である。フィリピンの平均的な世帯の実質的な生活水準は、1997年頃をピークにほとんど改善していない。また、所得格差も依然として大きく、改善が遅い。すなわち、過去30年間の家計調査の結果を見る限り、生活水準の全体的な底上げが起こっていないということになる。フィリピンのこれまでの経済成長が包摂的(inclusive)ではなかったことが、家計調査の結果でも確認できた。中間・富裕層は相変わらずマニラ首都圏とその近隣州に集中している。家計の特徴としては、支出面ではエンゲル係数が高く、収入面では高所得者ほど海外からの送金の割合が高くなることが観察された。なおフィリピンを市場としてみた場合、伸び代は十分あるだろうが、現時点において1億人「均質」市場ではない。所得格差があるため、市場が二極化もしくは多極化している。

第2章

本章では、フィリピン国内で金融機関融資残高の約80%を占めるユニバーサル/商業銀行の2000年以降における貸出行動(融資残高)とその期間構成の傾向について分析している。国内資本の大手(トップ3)ユニバーサル銀行は経営基盤の改善を期に融資残高を急速に拡大させたが、短期(貸出期間1年未満)中心への度合いを高めた。準大手および中位行にあたる国内資本ユニバーサル銀行も同様の傾向を示しているが、短期融資が過半を占めるものの、傾斜度合いは大手行よりも小さい。他方、商業銀行による融資は、2010年代に入ってから長期信用が過半を占めるようになった。

外資系ユニバーサル/商業銀行では、資本グループや営業カテゴリー別に異なる傾向を示している。与信量や貸出先への長期的コミットメントを縮小し、融資を量的に拡大している場合でも、その規模とスピードは国内資本銀行よりも小さいことが判明した。ただし、国内銀行グループと類似した傾向を示している外資系グループもあり、銀行自体や貸出先の本国所在地の経済状況などに影響を受けて、外資系銀行間では事業規模や収益指向の変化、与信市場でのプレゼンスの代替現象が起きているとも考えられる。

第3章

IT-BPO(Information Technology and Business Process Outsourcing)産業は、フィリピン国内で2000年以降に最も急速に成長し、新たな雇用を生み出してきた産業のひとつであり、インドに次いで世界的な立地として注目されている。売上の大部を占める輸出の外貨獲得力とサービス貿易黒字への貢献、被雇用者の所得レベルの高さを特徴として持つため、国内立地の多様化と提供可能なサービス内容を知識・技術ベースへと高度化することで、さらなる労働力の吸収と地域間格差の改善が期待されている。だが、2000年代終盤からは立地候補間の競争も顕在化し、先進国企業からの国内の立地都市に対する「産業高度化が不十分」とする評価もあるため、主に音声サービス部門を中心とするアメリカからの投資・進出に多くを依存する産業構造からの脱却が必要であると国内業界団体等から認識されている。2022年までの目標や計画をまとめた産業ロードマップでは、雇用促進、産業構造の高度化と人材育成による産業規模の拡大を目指しているが、国内外からは目標の実現がもたらす(非首都圏での)関連産業雇用などのスピルオーバー効果を歓迎する見解がある一方で、人材能力ギャップの短期改善が困難であることや物的インフラ整備の遅れ、特定の産業への過度な注力が雇用機会や所得・地域間格差を拡大する可能性や、国内資本の参入を促進することで外資への依存度を低下させる必要性など、さまざまな主張が見られる。