社会運動理論の再検討-予備的考察-

調査研究報告書

重冨真一 編

2015年3月発行

第1章
イスラーム運動については、運動の背景となった思想・イデオロギーの研究が古くから蓄積されてきたほか、イスラーム世界を西洋と対置する文明論的な説明、集合的アイデンティティに注目する文化論的説明、経済要因や歴史的制度に注目する説明などが試みられてきた。近年、社会運動理論を用いてイスラーム運動を分析する研究が増加しているが、運動の構造的要因(政治的機会構造、動員構造など)と文化的要因(集合的アイデンティティ、フレームなど)をいかにして繋ぐかが課題の一つとなっている。これに対し、言説の全体的構造における位置に着目する社会運動理論の文化的アプローチを活用することで、この課題に応える試みが広がっている。

第2章
労働運動はかつて、産業社会を動かすもっとも急進的な社会運動であった。しかし、先進工業国においては労働組合運動は体制化され、社会運動としてはみなされなくなっている。他方で、途上国の労働者に目を向けると労働、生活の両面で問題は深刻であり、労働運動の重要性は依然大きい。本稿ではまず、労働運動に関する社会運動理論をレビューし、さらにグローバル化と新自由主義の下にますます深刻になる不安定労働の問題について、新しい学問分野となりつつあるNGLS(New Global Labour Studies)の枠組みを紹介した。同分野の先行研究が扱う事例を検討した結果、今日の途上国における労働運動には、不安定な労働者による運動である、要求は必ずしも特定の企業に向かわない、地域に根ざした社会運動ユニオニズムの形態をとるなどの特徴があることがわかった。

第3章
アーバニティと社会運動 (870KB) / 任 哲
都市で行われる社会運動についての先行研究では、運動の政治的意味合いが強調される一方で、なぜ運動が農村ではなく都市で発生するのかについては十分に解明できてい ない。都市の社会運動の最終目標について、多くの研究者は公共財の再分配、あるいは闘 争による政治権力の奪還を目指すものだと理解する。しかし、このようなアプローチでは70年代から活発になった「政権奪還と階級闘争を最終目標としない」新しい社会運動がなぜ都市を中心に行われているのかを説明できない。運動が都市で行われるのは偶然なのか、それとも何らかの都市的なるものが作用するのか。もし、都市的なるものがあるとするとそれは何か。この論文では、これまでの都市の社会運動研究の中であまり注目されていなかったアーバニティに焦点をあて、先行研究をレビューする。

第4章
近年、反アパルトヘイト闘争の歴史が振り返られる機会が増えるなかで、反アパルトヘイト国際連帯活動に関する研究も進展してきている。しかし、その研究は欧米中心で、日本を含むアジアにおける反アパルトヘイト活動の研究は萌芽的な段階にある。本稿では、とくに日本の反アパルトヘイト活動に関する研究に向けた手がかりを得る目的で、南アフリカ国外で行われた反アパルトヘイト活動に関する先行研究をレビューする。反アパルトヘイト国際連帯活動のトランスナショナル性ゆえ、その研究は、国際関係論と社会運動論の二つのアプローチから行われてきた。

第5章
社会運動は政治のあり方を大きく変えることがある。本稿では社会運動を政治、文化、社会、個人の説明変数として扱う研究を社会運動のアウトカム研究と総称し、既存研究をレビューした。先行研究には、社会運動の内部に対する影響と外部に対する影響を検討するものがある。また社会運動の「意図した結果」があったかどうかを評価するものと、社会運動の「意図せざる結果」を明らかにしようとするものがある。社会運動の社会的な影響を論じる上で、外部の「意図せざる結果」を分析することが重要であるが、因果関係の連鎖が長く複雑化するゆえに分析上の困難をともなう。先行研究は、推論すべき因果関係を限定することで、社会運動の政治的な影響を明らかにするという方法論的な工夫をおこなっていた。

第6章
本稿では、社会運動の因果関係を実証的に捉える方法論のひとつとして、質的比較分析(QCA)の有効性を検討する。まず質的比較分析(QCA)の方法と具体的な分析手続きの概要と留意点について述べたあと、社会運動研究の一環としてこの手法を使用した先行研究を紹介する。それらを踏まえた上で、とくに「運動の発生」を扱った研究の問題点と、QCA に依拠した研究の次の展開として「因果関係から因果プロセスの分析へ」の方策に言及する。

第7章
This paper examines the complex relationships between the state and social movements that emerged during the last decade of Mubarak’s rule and in the period after he was toppled in February 2011. In addressing how social movements in Egypt operated in various political environments, the paper focuses on the political opportunity structures and organizational issues within the social movements and their transformation in the last decade.

第8章
台湾では1980年代からの政治的自由化、民主化の進展以降、環境保護運動が急速に拡大した。国民党政権の権威主義体制に抵抗する野党勢力との協力関係に注目しながら、台湾の環境保護運動の変遷を、2000年の民進党政権の誕生から2008年の国民党の政権復帰以後も含めて、時期区分した上で概観し、それぞれの時期の特徴を説明する。環境保護運動は、政治的自由化、民主化の過程では、権威主義体制下では政策に反映されなかった市民の日常的な不満の表出であった。民主進歩党に終結した野党勢力は、草の根の市民運動との連携により活動空間を広げた。民進党が政権獲得を目指し、2000年に実際に政権を獲得すると、環境保護運動と協力し続けることは困難となった。2008年の国民党の政権復帰以後は、農民運動との連携による環境保護運動再活性化が見られる。