アフリカの障害-障害と開発の視点から

調査研究報告書

森 壮也  編

2014年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
森 壮也 編『 アフリカの「障害と開発」——SDGsに向けて—— 』研究双書No.622、2016年2月発行
です。

第1章
アフリカにおける「障害と開発」を考えるに際して,障害を通じて見えてくるアフリカ,アフリカの文脈でとらえ直すべき障害など,いくつかのアプローチが考えられる。本書では,まずは各国における障害統計と「障害と開発」の先行研究,そして障害当事者団体の活動の三点を共通のテーマとして,取り組んだ一年目の成果をとりまとめた。この結果,「障害と開発」についてもアフリカの中での多様性とアジアにおける「障害と開発」との違いも浮かび上がってきた。必ずしも国を単位にするのではなく地域的な広がりで捉えた方が実態が見えてくるケ-ス,国境にも注目できるケ-ス,国家の開発主義体制がプラス,マイナスの両面を持つケ-ス,政府の支援枠組みがうまく障害当事者団体に活用されているケ-ス等,多くの違いが見えて来た。これらの中にはアフリカにおける「障害と開発」の経験から改めてアジアでの「障害と開発」を見直すことができそうな視点も見られる。以上を手がかりに,今後の二年目の研究会では,政策的インプリケーションにも視野を広げながらアフリカの「障害と開発」とは何かという課題に迫っていく。

第2章
本章では,アフリカにおける「障害と開発」に関する地域的な取り組み,特に障害者の権利擁護に関する取り組みを考察する。アジア太平洋地域では国連ESCAP の主導により障害者の十年が設定され,地域の障害イシューの改善に結実しつつあるが,アフリカ障害者の十年をはじめとしたアフリカ大陸の試みはアフリカの「障害と開発」にどのように位置づけられているのか検討する。1999 年にアフリカ統一機構 (OAU)が制定した「アフリカ障害者の十年(1999~2009 年)」は,その後アフリカ連合(AU)に引き継がれたものの実質的な成果がないまま終了した。しかし,AU は国連障害者権利条約との整合性を勘案しながら再び「アフリカ障害者の十年(2010~2019 年)」を採択した。同時に,アフリカ人権憲章では一般条項の中に埋没していた障害者のために,障害者の権利に関する議定書の策定が進められている。草案作成では,アフリカの文脈を考慮することが基本方針に掲げられており,障害者は貧困層の中の最貧者であることやジェンダーと障害の二重の抑圧を受けている女性障害者などについて取り上げられている。政策と法は整備されつつあるものの,これらの履行に責任を有する実施体制の確立はなお不透明である。

第3章
エチオピア政府は、国家が社会経済開発に主導的役割を果たす開発主義的な体制を確立しつつあり、保健相談員の配置を中心とする保健分野の取り組みでは国際的に高い評価を得ている。ところがこの体制は、HIV 陽性者や障害者の多様な健康ニーズに応じたケアを提供するものではなく、結果として同国における健康および福利の格差拡大に結びつく可能性がある。加えて現体制下のエチオピアにおいては、市民社会の活動に厳しい制約があるため、HIV 陽性者や障害者の団体が当事者の生活の質を向上させるために果たす役割も制限される。

第4章
本稿では、最新のセンサス[2009]と障害者統計 [2008] をもとに、ケニア共和国の障害者全体の実態を概観したうえで、ろう者コミュニティの形成とそれに伴う手話の歴史をまとめ、ろう者の置かれている現状を報告する。新憲法[2010]のもとで、公用語として認められたケニア手話を始めとするろう者の環境がどのように変化していくかを考える資料とする。

第5章
アフリカ中部を流れる大河コンゴ川の両岸に位置する都市ブラザヴィルとキンシャサの港では、独立以前から障害者による国境ビジネスが展開されてきた。彼らは国境をまたぐ移動をおこなうことで、現金収入を得るという生計活動を実践してきた。国家や地域社会を越えた、アフリカの障害者の生計維持基盤がそこにはある。本稿は、コンゴの障害者の国境ビジネスから見えてくる彼らの生計活動の特徴から、アフリカにおける障害の開発の在り方を模索していく。

第6章
「アフリカの障害者」の共同研究の一環として、セネガル共和国における予備調査を行った。障害者の生活と運動、「アフリカ障害者の十年」地域事務局の活動、ろう者コミュニティと手話の各分野について、おもにインタビューや参与観察を通じた概況調査を行った。セネガルが国際的な障害者当事者運動の拠点のひとつとなっている状況を明らかにするとともに、障害をもつ同国の住民の生活・労働調査に関する展望を示す。

第7章
2011 年の人口センサスによれば、南アフリカの5 歳以上人口に占める障害者の比率は10.3%である。南アフリカでは1994 年にアパルトヘイト体制から非人種的民主主義体制への大きな体制転換があった。アパルトヘイト体制が法律による差別推進、人権の抑圧と否定を特徴としていたのに対し、民主化後の南アフリカは差別の禁止と基本的人権の尊重を明確にうたう、世界で最も進歩的とも言われる憲法を制定した。さらには歴史的に不利な状況におかれてきた人々に対するアファーマティブ・アクションに積極的に取り組んでおり、その対象には黒人、女性とならんで障害者も含まれている。
こうした制度環境の整備の実現は、南アフリカの障害者権利運動の取り組みによるところが大きい。アパルトヘイト体制との闘いと密接に関わりながら発展してきた南アフリカの障害者権利運動は、民主化後の南アフリカ政府との太いパイプを有し、国会、政府、人権委員会といった公的機関に代表を送り込み、障害者の声を政策に反映させるための活動を行ってきた。他方で、障害者の生計調査によれば、障害者の教育や就業の機会は限られ、障害者世帯の多くは障害者手当などの社会手当に頼って生活していることが明らかになっている。