開発途上国の障害者教育-教育法制と就学実態

調査研究報告書

小林 昌之  編

2013年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
小林 昌之 編『 アジアの障害者教育法制—インクルーシブ教育実現の課題— 』アジ研選書No.38、2015年2月5日発行
です。
まえがき (249KB)
序章
研究会の背景と目的 (275KB) / 小林昌之
本研究会は、障害者の教育に焦点を当て、障害者権利条約の諸規定を基準に、開発途上国における教育法制とそれに基づく就学実態を分析し、課題を明らかにすることを目的とする。条約が要求する、一般教育制度から排除されないこと、インクルーシブで質の高い無償教育を享受できること、各個人のニーズに応じて合理的配慮が提供されることなどを担保するための法制度が各国においてどのように構築され、課題を抱えているのか明らかにする。このために、本研究では、(1)特殊教育を含めた教育政策、(2)法律・規則・ガイドラインを含めた障害者の教育法制、(3)教育法制に基づく障害者の就学実態、(4)教育にかかわる訴訟・申立事例の調査・分析をとおして、権利条約が謳っている教育の権利の実現可能性について考察する。本年度はその作業として、各国の障害者教育の現状および障害者教育法制を調査し、論点となる課題の抽出を行った。本章では研究会の課題を説明し、本書の構成、来年度の課題について紹介する。

第1章
韓国では1994年の「障害者特殊教育振興法」の改正により、統合教育(インクルーシブ教育)制度の法的根拠ができた。さらに2007年には特殊教育振興法は「障害者等に対する特殊教育法」に変わり、2009年から全面施行されている。同時期となる2007年には「障害者差別禁止及び権利救済に関する法律」が制定され、2008年にはインクルーシブ教育制度を原則とした国連障害者権利条約に批准した。韓国の統合教育の意義と課題について法制度並びに現状から検討し分析することで、権利条約の実施という点から日本を含むアジア諸国の障害者教育法制の方向性を提示する。

第2章
中国の障害者教育と法 (450KB) / 小林昌之
中国の障害者教育法制は、憲法、教育法、義務教育法、障害者保障法、障害者教育条例からなる。障害者教育条例は、障害児童の義務教育は、普通学校で非障害児童と一緒に学ぶ「随班就読」、普通学校の特殊学級または特殊学校のいずれかの形式で提供されると規定する。障害者保障法は、障害者権利条約批准の議論にあわせて改正されたものの、障害者教育条例はいまだ国際社会の動向および国内の変化を反映していない。現在改正作業が進められているところであり、インクルーシブ教育(融合教育)を障害者教育の基本形式および重要原則とすることが検討されている。本中間報告では、障害者の就学状況を概観したうえで、障害者教育に関連する法律、政策、計画を概説する。

第3章
タイにおける障害者の受ける権利は、1997年憲法において12年以上の無償教育が認められて以来、大きな進展を遂げている。1997年憲法の規定を実質化するための国家教育法においては、障害者が有する特殊性に鑑み、特則を定めることにより、その権利の実質化を図っている。この考え方は、2007年憲法においても引き継がれるとともに、さらなる実質化を推進するために、障害者教育運営法を定め、障害者ののみならず、関係当事者の権利および義務を定めることにより、障害者が自己の能力を伸ばすことを可能にする体制を法制度上定立している。

第4章
フィリピンの障害児の大多数は、学校、専門教師といった教育リソースの不足により満足な教育を受けられないでいる。同国の障害児教育を支える主要法制として、障害者のマグナカルタが知られているが、同法で述べられているのは、障害児が持つ教育を受ける権利についてのみであり、それを実現するための諸規則や制度の整備は不十分なままである。その背景には、同国で障害児教育全般を包括的に司る法律がないという問題がある。それに代わるものとして、同国では「特殊教育のための政策とガイドライン改訂版(1997)」が存在する。しかしながら、このガイドラインは、法律としての効力は有していない。加えて、近年、障害当事者の視点を重視し、尊重する国連障害者の権利条約に見られる新しい動きの中で、新たな変革の波を受けている。

第5章
マレーシアの批准している障害者権利条約は、障害差別を禁止すると同時に、インクルーシブ教育制度を実現することを締約国に求めている。たしかにマレーシアの障害児教育は、インクルーシブ教育を志向するようになってきているが、障害児に関する基本的な統計がなかったり、障害児教育が都市部に偏っていたり、障害児教育のための資源が不足していたり課題は山積している。またマレーシアの障害者法は差別禁止アプローチをとっていないため、学校が合理的配慮を否定しても差別にはならない。このように、マレーシアの障害児教育は権利条約の観点から見て問題があると言える。この知見を踏まえ、2013年度は、マレーシアの障害児教育の現状と課題をさらに具体的に検討し、最終報告を完成させたい。

第6章
本稿は、ベトナムにおける障害者教育法制と就学実態について、法制度と関連諸施策の概要を紹介するとともに、障害児の就学実態に関する現地調査を踏まえて考察し、その課題を検討するものである。とりわけ、障害者法(2010年)の制定をはじめ、障害児者の教育保障・インクルーシブ教育が展開されているが、就学率が40%程度に留まっている背景などについて、現地調査を踏まえて考察し、その課題を提起する。

第7章
本稿では、インドにおける障害者に対する教育の現状を法制度から検討する。インドでは1995年障害者の権利法が制定され、障害者の権利向上に資するところがあったが、国連障害者の権利条約批准とともに、法改正または新法制定が必要となった。そこで、政府は新法制定に向けて検討する起草委員会を設置し、その報告をもとに2011年草案が作成された。その後、検討を経て2012年障害者の権利法案が議会に提出されている。そこで、本稿では主に2011年草案と2012年法案の規定の違いを明確にし、2012年法案の特徴を把握する。また、障害者の教育にかかわる政策など、今後の検討課題を提示している。