開発途上国の障害者雇用 —雇用法制と就労実態—

調査研究報告書

小林 昌之  編

2011年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
小林 昌之 編『 アジアの障害者雇用法制——差別禁止と雇用促進—— 』アジ研選書No.31、2012年12月25日発行
です。
序 章
研究会の背景と目的 (191KB) / 小林 昌之
はじめに
第1節 本研究の課題
第2節 本書の構成
おわりに

本研究会は、立法による障害者の雇用機会の均等化と促進に焦点を当て、開発途上国における現行の労働・雇用法制が、障害者雇用に対していかなる役割を果たし、課題を抱えているのか明らかにすることを目的とする。このために、本研究では、(1)法律・規則・ガイドラインを含めた障害者の雇用法制、(2)雇用法制に基づく障害者の就労実態、(3)雇用に関わる訴訟・申立事例の調査・分析をとおして、障害者権利条約が謳っている働く権利、機会均等などの実現可能性について考察する。また、障害者雇用の事例、特にグッド・プラクティスの事例の収集・分析をとおして、有効な障害者雇用法制のあり方を考察する。本年度はその作業として、各国の障害者雇用の現状および障害者雇用法制を調査し、論点となる課題の抽出を行った。本章では研究会の課題を説明し、本書の構成、来年度の課題について紹介する。


第1章 
韓国の障害者雇用制度 (450KB) / 崔 栄繁
はじめに
第1節 概要—雇用・労働部門における障害者
第2節 割当制度を中心とする障害者雇用促進制度
第3節 差別禁止法制度
第4節 社会的企業育成法
まとめ

韓国の障害者雇用制度は、一般雇用体系における障害者雇用制度と保護雇用体系に分けることができ、割当雇用制度と障害に基づく差別禁止法制度が並行して運用されている。割当雇用制度は、法定雇用率の設定と雇用奨励金制度,雇用負担金制度など日本の制度と類似している。次に、国家人権委員会へ救済を求めることができる障害者差別禁止法などの法制度がある。雇用問題については解雇問題について申立てが多いようである。最後に、保護雇用制度としては「社会的企業」制度がある。法律に基づいて脆弱階層の雇用に対して公的賃金補てん等の様々な支援が行われている。現在、数が増加している。差別禁止法制度と保護雇用制度は今後日本でも導入が急がれる制度である。障害者権利条約の規定を手掛かりに、韓国の総合的な障害者雇用制度を研究し、障害者雇用の在り方について考察することはアジア諸国にとって有益である。

第2章 
中国の障害者雇用法制 (331KB) / 小林 昌之
はじめに
第1節 障害者の就業状況
第2節 障害者雇用法制
第3節 若干の考察
おわりに

中国における障害者の就業率は30%と全国の就業率72%の半分以下であり、多くの障害者は独立した経済的手立てを有していない。この状況は1987年当時の障害者の就業率36%よりも悪く、市場経済化が進み中国全体では急速に経済が発展するなか、障害者にはその恩恵が届いていないことが示唆される。本研究は、立法による障害者の雇用機会の均等化と促進に焦点を当て、中国における現行の労働・雇用法制が、障害者雇用に対していかなる役割を果たし課題を抱えているのか明らかにすることを目的とする。とくに、市場経済化決定の前後にかけて障害者雇用法制と障害者の就労実態がどのように変化したのか考察する予定である。このうち、本中間報告では、障害者の就業状況を概観した上で、障害者に関連する現行の労働、雇用法制を概説する。

第3章 
ベトナムの障害者雇用法制 (221KB) / 斉藤 善久
はじめに
第1節 障害者の概況
第2節 関連法制度
第3節 検討
おわりに

ベトナムにおいては、障害者の雇用確保の観点から、改正労働法典においては障害者労働に関する規制の緩和(企業側において障害者雇用の障壁とされてきた特別の労働時間規制の撤廃など)が予定されている一方、新障害者法においては従前の障害者法令に比べて企業の社会的責任が強く問われており、このように性質の異なる2つの法による両面作戦で目的を達成しようとするMOLISA(労働・傷病兵・社会省)の思惑がうかがわれるところである。しかし、それ以前に、障害者の基本的な生活水準と就学機会を確保し、通学・通勤の交通インフラを整備し、かつ障害者雇用基金を各地域で設立し安定的に運用することが必要である。

第4章 
はじめに
第1節 2007年法における障害者雇用
第2節 雇用における障害者差別禁止と欠格条項
おわりに

障害者の雇用を促進することを制定の目的の1つとしている「2007年障害者の生活の質の向上と発展に関する法律」は、クォーター制における雇用主体を拡大し、雇用義務を履行できない主体の名称を公表する制度を設けるなど、障害者雇用の促進の実質化を図ろうとしているが、関係施行細則が未公布という問題を抱えている。
障害者差別に関する条項も2007年法において規定されているが、法令で定める欠格条項のいくつかは不当な差別となる可能性が依然としてあり、就業上の障害者差別の問題は大きく改善はしていない。

第5章 
はじめに
第1節 障害者の雇用とエンパワメント
第2節 開発にみるBOPからの示唆
第3節 途上国における現状:フィリピンの事例
おわりに

障害者の雇用の問題はすぐれてエンパワメントの問題と関連している。彼らの権利の行使の機会を拡大するものとしての雇用の問題は,開発の問題におけるBOPの議論を理解するとその本質がよりよく理解できる。すなわち、障害者の雇用は、決して彼らへの支援を拡大させるというだけではなく、そのことによって彼らが納税者や消費者になってくれるという視点の転換を伴うべき問題なのである。
障害と開発の観点からは,障害包摂的な開発が望ましいとされている。このことは,雇用についても言えるが、開発途上国の多くでは、障害当事者はまず他者雇用にせよ,自己雇用にせよ、雇用機会を得られない状況である。そうした途上国の一例としてフィリピンを挙げ、同国が障害者関連の法制を多く持つのにもかかわらず、それらが成果を挙げていない背景を考える。フィリピンにおけるグッド・プラクティスの分析から、同国でも必ずしも障害者、特に聴覚障害者は雇用の機会が得られないわけではなく、むしろ貴重な事例があることを紹介する。これらの事例が十分に社会で認知、その意義が分析されていないことを指摘し、今後の課題を提起する。

第6章 
はじめに
第1節 インドにおける障害者と雇用法制
第2節 公的部門における雇用
第3節 民間部門における雇用
まとめ:今後の課題

インドにおいて障害者の雇用率は37.6パーセントであり、その向上が課題となっている。
1995年障害者法では、公務就職における留保など、公共部門における雇用に関する規定が中心となっており、それらの実施においても不十分な点が見られる。民間部門における雇用の拡大については,政府によりインセンティブ・スキームがとられているが、大幅な雇用の創出にはいたっていないのが現状である。現在1995年障害者法に代わる新法制定に向けての動きがある中で、様々な課題に焦点を当てながら、雇用に関わる法制度の動態について検討したい。

Chapter 7 
Malaysian Law and CRPD: On Disability-Based Employment Discrimination / Satoshi Kawashima
I. Introduction
II. Disability-Based Employment Discrimination and CRPD
III. Malaysia's Obligations on Employment Discrimination under CRPD
IV. Concluding Remarks

In this preliminary paper, I suggest some limitations of the Persons with Disabilities Act 2008 (PWDA) relating to the effective implementation of the Convention on the Rights of Persons with Disabilities (CRPD) by Malaysia, focusing on disability-based employment discrimination. First, I describe the provisions of CRPD, focusing on the concepts of disability and persons with disabilities, and the issues on disability-based employment discrimination. I then outline the Malaysian disability law and examine some of the issues in PWDA in terms of implementing CRPD. Finally, I reach the conclusion that it is difficult for Malaysia to implement the obligations of CRPD effectively in the context of disability-based employment discrimination under PWDA.