開発途上国における財政運営上のガバナンス問題

調査研究報告書

小山田 和彦  編

2010年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
小山田 和彦 編『 開発途上国と財政ガバナンス改革 』研究双書No.597、2012年1月発行
です。
第1章
本章の目的は、今日、経済システムの見直しや様々な成長戦略に取り組む開発途上国にとって課税制度の構築とその運営において残された課題は何か、課税とガバナンスの結びつきに着目して考察を行うことである。

開発途上国での課税とガバナンスに関しては、近年、政治経済学視点から課税の役割を論じた多くの研究が見られる(Bird, Martinez-Vazquez and Torgler [2006]、Moore [2007]、Brautigam, Fjeldstad, Moore eds. [2008]、OECD [2008], DFID [2009])。そこでは共通して、天然資源や政府間援助などから恩恵を受ける開発途上国での政府歳入を確保するうえで課税インセンティブの希薄さ、開発途上国に特有な経済および政治のガバナンス構造が課税努力に及ぼす影響、多くの開発途上国での国民と政府の間で社会連携や財政契約の手段としての課税の位置づけの弱さ、政府部門での人材開発(キャパシティ・ビルディング、教育への投資などへの歳出のあり方)の遅れや税務行政に関する情報不足に由来する税務行政の非効率などが指摘されている。開発途上国では、効率、公平、簡素といった経済的な基準に従い租税制度の整備を行うとともに、国民との政策対話を可能にする課税システムの構築が後押しされなければならない。

論文では、開発途上国の課税努力(tax efforts)に関する実証分析の発展を踏まえたうえで、今日、積極的に課税制度の再構築や税務行政の改善を目指すベトナムの税制改革での残された課題を考える。

第2章
「公的債務管理の概念」は18世紀から一部先進国で導入され、20世紀後半から租税制度や金融・財政政策との関連、先進国の事例も含めた財政・金融危機、あるいは民営化や地方分権化実施の試みに伴い、さまざまな議論が展開された。しかし、歳入基盤が不安定であったり、税制が未整備なために国内外で常に資金調達を行わねばならない開発途上国がどのように公的債務を管理すべきか、その行政システムや関連法、ガバナンスの構築に関する取組みは1990年代終盤から2000年代初にかけて本格的に始まったばかりである。債務問題と公的債務管理に関する先行研究のレビュー、IMF・世界銀行作成した公的債務管理に関するガイドラインや、これをもとに実施された試験的プログラムの報告書等をもとに債務管理上のガバナンス要件や途上国における現状を検討すると、(1)国際機関が定める「公的債務」の定義と実際、(2)組織としての「政府」におけるガバナンス問題、(3)公会計制度の整備(あるいは国際的な普遍化)が課題として挙げられる。

第3章
本章では「政策評価」の利用状況を通じて開発途上国の財政におけるアカウンタビリティの問題を考えてみたい。アカウンタビリティは「良いガバナンス」の重要な構成要素であるが、選挙を通じた為政者の国民による審査機会が限定されていること、政策担当者と国民の間での情報の格差、それに選挙によらない官僚機構の存在という要因が財政問題でのアカウンタビリティの保障を難しくしている。これらの問題に対しては、議会による予算の審議、会計検査、政策評価など、様々な手段が工夫されている。しかし現状では決定的な方法がないのが現状である。開発援助の分野では先進国で対途上国援助に関する政策評価が行われるようになっているが、概して援助供与国国民へのアカウンタビリティが重視され、援助の最終的な受益者である途上国国民の視点が意外に考慮されていない、という問題がある。先進国以外のアジア諸国でも「政策評価」の諸制度が導入されているが、現実には国民に対する説明責任の保障よりは、政府内部の統制の手段、あるいは政府の正統性を国民に承認させる手段という性格が強い。政策評価が実質的に機能するためには権力の分立や政府を監視する様々なアクターの存在が不可欠である。

第4章
本章の目的は、透明性の向上が財政運営におけるガバナンス改善過程の初期段階で取り組まれるべき最優先課題であると考え、何らかのショックをきっかけとして財政の透明性が向上し、公共投資の効率化などを通して経済成長が進む過程を表現するような理論モデルの構築に向けて、基本設定の面で考慮すべき問題や現時点でのアイディアをまとめ、来年度以降に取り組むべき課題と作業手順について整理することである。財政の透明性向上を動機付ける可能性の高いものとして金融危機の発生を考え、選挙サイクルを通して財政赤字が累積し金融危機につながるとの仮説を立ててみた。そして、家計や企業などの経済主体が真の財政状況を知るまでに必要な時間の長さを財政の(不)透明度と定義し、モデル化を行うことを提案したい。

第5章
本章の目的は、IMF・世界銀行を中心として国際援助機関のガバナンスを分析することにより、途上国支援システムの効率向上を考えることにある。組織のガバナンスとは、その目的遂行のための意志決定メカニズムと言えるだろう。

危機が起こった以上、何か間違いがあったことは間違いない。政策が悪かったのか、経済学が間違ったのか、ウォール街がおかしかったのかはともかく、どこかが、あるいは全部が間違ったのかもしれないし、現実世界の理解が不十分だったのかもしれない。

危機を受けてIMFのエコノミストたちは、マクロ経済政策を変える必要があることを認識している。「IMFの経済学」は変わりつつあるかもしれないが、IMFのガバナンス改革という話になると、依然投票権の手直しの議論が中心のようだ。本質的改革を避けていては、将来の危機に対応することは出来ないだろう。

第6章
本章の目的は、ガバナンス指標構築における最近の動向と今後の課題を明らかにすることである。援助機関やNGOによって、最近多くのガバナンス指標が構築されている。指標作成に当たっては、規制(インプット)で測るか結果(アウトプット)で測るか、有識者の意見を基にするか一般を対象としたサーベイを行うか、統合指標が良いか個別指標が良いか、など多くの問題が存在する。異なる指標間の乖離や誤差も問題である。世銀ではこれまで、実際のオペレーションに使えるようなガバナンス指標の作成を目指してきたが、IDAの資金配分に用いられているCountry Policy and Institution Assessment(CPIA)以外に実際に使われたものはない。最近では、アクショナブル・ガバナンス指標が世銀において発表されているが、これは自ら指標を構築するのではなく、既存のガバナンス指標のデータベース化することである、それ以外には、英国国際開発省(DFID)が自らのプロジェクトが援助対象国のガバナンスをどれだけ改善したかを指標化する試みも進めており、こうした動きは、今後ガバナンス指標に関する方向性として、注目すべき動きと考えられる。