レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.277 パリ協定以降の太平洋島嶼国による気候変動交渉戦略の分化
黒崎 岳大
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- パリ協定時点で、太平洋島嶼国は「世界の平均気温の上昇を1.5度に抑える」という共通目標を掲げて団結していたが、各国の気候変動対策や国際交渉での立場は大きく分かれてきた。
- 交渉戦略は、「計画的な移住も選択肢に含める国」と「島にとどまることを前提に国際社会の一層の行動を求める国」といった形で分かれている。また、先進国への働きかけも、感情に訴える呼びかけから、国際法に基づく責任追及へと重点が移りつつある。
- 日本政府としても2026年のCOP31に向けて、温室効果ガス削減目標の実施支援や、適応・損失と損害への資金協力など、よりきめ細かな支援策を検討していくことが重要である。
パリ協定以降、太平洋島嶼国の気候変動対策に何が起きているのか?
2015年に採択されたパリ協定では、「世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5度に抑える努力を続ける」という目的が定められた。とりわけ、海面上昇の影響を強く受ける太平洋の小さな島嶼国にとって、この「1.5度目標」は、自国の存続に関わる切実な課題である。
当初、太平洋島嶼国(ツバル、マーシャル諸島(RMI)、キリバスなど14カ国)は、この1.5度目標を掲げて一体となり、国際会議の場で先進国に対して温室効果ガスの大幅削減を強く求めてきた。しかし、その後10年の間に、各国の置かれた状況や優先課題は少しずつ変化している。2025年のCOP30(ブラジル・ベレン)では、太平洋島嶼国の間でも、「温室効果ガスの削減(緩和)をどこまで重視するか」「自国の被害を抑えるための対策(適応)にどこまで資源を振り向けるか」「すでに避けられない被害(損失と損害)への対応をどう位置づけるか」といった点で、国ごとの考え方の違いがよりはっきりと見えるようになった。
本稿では、①なぜ同じように海面上昇の脅威にさらされている国々の間で、先進国に対する要求の仕方が異なってきたのか、②太平洋島嶼国の中で近年みられる3つの交渉姿勢の違い、③こうした変化を踏まえて、日本はどのような支援を考えるべきか、の3点について整理する。
太平洋島嶼国の交渉戦略が分かれた背景
太平洋島嶼国の対応に違いが生まれた背景には、気候変動対策のための資金が、約束されたとおりには届いていないという現実がある。
国際機関の推計では、途上国が必要としている気候変動対策資金のうち、「温室効果ガス削減(緩和)」に向けた資金と、「被害を軽減するための対策(適応)」に向けた資金のバランスは大きく偏っている。2021年時点では、全体の約半分が緩和向け、適応向けは4分の1程度にとどまっているとされる。また、適応に必要とされる金額が年々増えている一方で、実際に拠出されている資金はそのごく一部という指摘もある。
太平洋島嶼国にとって、高潮や海面上昇から暮らしを守るための海岸保全、塩害に強い農作物への転換、飲料水や衛生環境の確保など、適応のための投資は急務である。しかし、こうした対策に必要な資金は、短期的な利益を生みにくいため、民間資金は集まりにくく、主に公的資金に頼らざるを得ないのが現状である。
例えばツバルは長期的な国家適応計画の中で、今後必要となるインフラ整備などに約13億ドルの資金が必要だと見積もったものの、実際に利用可能な資金はその一部に限られている。
先進国が約束した資金が十分に届かない中で、太平洋島嶼国は「どこまで国内での適応に賭けるのか」「将来的な移住も選択肢に入れるのか」「国際社会にどのような形で責任を求めるのか」といった点について、互いに異なる判断をするようになっている。
戦略的分化の具体像:3つのアプローチ
キリバスは、アノテ・トン前大統領の時期から、自国の将来について「最悪の場合、国土の多くが居住に適さなくなる可能性がある」という厳しい見通しを示してきた。そのうえで、国内での適応努力を続けるとともに、長期的には他国への移住も選択肢として準備する方針(いわゆる「移民と尊厳」戦略)をとってきた。フィジーでの土地購入の検討、ニュージーランドや豪州への労働移民プログラムの活用、看護師や船員などの技能を持つ人材の育成などは、こうした方針の一環である。
これに対して、ツバルやRMIでは、「移住は最後の手段であり、できる限り島にとどまるべきだ」という考え方が長く主流であった。トニー・デブルム前外相やエネレ・ソポアガ前ツバル首相の発言にも象徴されるように、「島を離れることは文化や共同体の喪失につながる」という強い懸念がある。これらの国々は、国内での適応策と、国際社会に対する一層の温室効果ガス削減の要求を重ねて訴えてきた。先進国、とりわけ歴史的に多くの温室効果ガスを排出してきた国に対しては、道義的な責任だけでなく、国際法上の義務として、1.5度目標に整合的な行動をとるよう求める姿勢が強い。
もっとも近年は、こうした「原則堅守」の立場をとる国々の間でも、移住に対する考え方に変化が見られる。ツバルは、豪州との間で「ファレピリ協定」を結び、毎年一定数の人々が豪州へ移住できる枠組みを整備した。RMIでも、米国との自由連合協定を利用して米国へ移住する人々が増えている。
この戦略の分化と並行して、太平洋島嶼国が先進国に対して行う働きかけの方法も、この10年間で変化している。
パリ協定が採択された当時、太平洋島嶼国の多くは、「私たちが消えてしまう前に行動してほしい」といったメッセージで、気候変動による被害の深刻さを世界に訴えてきた。このような訴えは、国際世論の関心を集めるうえで大きな役割を果たした。しかし、COP29(2024年、アゼルバイジャン・バクー)では、先進国が途上国向けの新たな気候資金目標として提示した金額に対し、インドやナイジェリアが強く批判し、途上国グループが一時的に交渉から退席するなど、緊張が高まった。
太平洋島嶼国もこうした動きに歩調を合わせ、単に感情に訴えるだけではなく、「国際法上の義務」という枠組みから先進国の責任を問う姿勢を強めている。バヌアツが中心となって国際司法裁判所(ICJ)に求めた勧告的意見は、2025年7月に出された判決で、各国が1.5度目標と整合的な行動をとる必要があることを確認した。このことは、「道義的なお願い」から、「法的な義務の確認」へのシフトを象徴している。
日本への政策的含意
太平洋島嶼国の変化は、日本の国際気候政策にとっても無関係ではない。むしろ、日本が今後どのような支援を行うかを考える際に、重要な手がかりとなる。
第一に、2026年のCOP31への関与である。COP31は、豪州とトルコが共同で議長国を務める予定であり、太平洋地域の気候変動対策を支える新たな資金メカニズム(太平洋レジリエンス・ファシリティなど)が議論される見通しである。日本としては、こうした枠組みの設計段階から関与し、太平洋島嶼国の声が反映されるよう支援していくことが求められる。
第二に、条件付きNDC(温室効果ガス削減)目標の実現を支援することである。多くの太平洋島嶼国は、2030年や2050年までに電力部門の排出を実質ゼロにするなど、高い温室効果ガス削減目標を掲げているが、その多くは「国際社会からの資金や技術協力が得られること」を条件としている。日本は、再生可能エネルギーや送電網の安定運用、海洋エネルギーなどの分野で豊富な経験を有しており、それらを活かした技術協力や具体的なプロジェクトを島嶼国に提供できる役割を果たしうる国として、島国からも強く期待されている。
日本を含む先進国に求められるのは、この「多様性の中の連帯」を理解し、それぞれの国が選びうる選択肢を広げる方向で、資金、技術、制度づくりの面から協力していくことである。それが、COP31以降の国際気候交渉における日本の役割を考えるうえでの出発点となるだろう。
(くろさき たけひろ/東海大学)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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