レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.266 ASEAN進出日系企業の事例からみるサプライチェーン強靭化への対応と課題
若松 勇
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- パンデミック、地政学リスクなどサプライチェーンの不確実性に対して、ASEAN進出日系企業は調達、生産の分散化、現地調達の強化などで対応している。
- 短期的には迂回輸出を回避する政策を導入しつつ、中長期的にはASEAN域内統合の深化、市場の多角化、サステナビリティ対応やデジタル化も含めたASEANとしての競争力強化への取り組みが求められる。
ASEANを含む東アジア地域は、世界の中でも、国際生産分業、すなわち、グローバルサプライチェーン(以下GSC)が最も発展した地域といわれる。しかし、近年、新型コロナによるパンデミックが発生し、さらに、米国追加関税にみられる保護主義の台頭、米中対立など地政学リスクの拡大、脱炭素などサステナビリティの重要性の高まり、デジタル化の進行などGSCに影響を与える様々な環境変化が起き、効率性を最重要視してきたGSCは再編を迫られている(図1)。企業はこうした環境変化に対して、どう対応し、また対応に際してどのような課題に直面しているのか。本稿はASEAN進出日系企業を事例として、サプライチェーン再編の状況、米国追加関税、脱炭素化、デジタル化への対応と課題を概観し、求められる政策について考察する。
図1 グローバルサプライチェーンを巡る環境変化
(出所)筆者作成
分析対象とデータ
本稿はジェトロがASEAN進出日系企業に対して実施したアンケート調査から対象国として、ASEAN5ヵ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ベトナム)を扱う。特に、国際生産分業が進んでいる機械産業(輸送機器・同部品、電気・電子機器・同部品、精密・医療機器、一般機械)のデータを抽出して分析した。本調査は毎年実施しているが、2024年度と2025年度で質問項目が違う部分があるため両方のデータを利用する(以下、ジェトロ調査2024、同2025、調査時期は各年8~9月、回答企業数はそれぞれ517社、518社)。また、筆者が日本本社およびタイ、インドネシア進出日系企業へのインタビュー調査(2025年8~10月に計13社実施)で得た情報も補足的に用いる。
サプライチェーン再編の動き
ジェトロ調査2024によると、過去5年間の調達に関する取り組みとしては、「新しい調達先の開拓(72.9%)」の回答割合が最も高く、「現地調達の増加(50.1%)」、「内製化の強化(31.9%)」、「サプライヤーの分散化(27.1%)」が続いた。調達の見直しの要因は、「新型コロナ流行によるサプライチェーン寸断(45.2%)」を4割以上の企業が、地政学リスクの「米中貿易摩擦の影響(29.8%)」についても3割の企業が挙げている。ただし、それ以上に、「世界的なインフレに伴う原料・部材費の上昇(81.8%)」、「世界的なインフレに伴う物流コスト上昇(59.1%)」の回答が多く、コスト要因が依然として重視されていることも示された。現地調達には課題も多い。過半数の企業が「現地調達先の品質や技術力が不十分(55.7%)」、「現地で原材料を供給できるメーカーがない(50.2%)」を課題として指摘している。
人件費上昇、市場競争の激化、地政学リスクの高まりなどを背景に、中国からASEANへの生産シフトも進められている。ジェトロ調査2024によれば、過去5年間(2019~24年)において、他国・地域から生産機能の移管があった企業の割合は約4割に上る。最も多いのは日本からの生産移管で119件だが、中国からの移管も69件に上り、ベトナムが半数以上を占めた。業種は大半が電気・電子産業であった。日本から中国への移管は32件にとどまっている(図2)。
図2:主な生産移管元と移管先(回答企業数187社)
(出所)ジェトロ調査2024より筆者作成
米国追加関税の影響
米国トランプ政権による追加関税の影響については、マイナスの影響を受けていると回答した企業の割合は4分の1にとどまった。米国に直接および間接的に輸出している日系企業は約半数に上るが、米国向けの輸出のシェアが小さく、現状では影響は限定的とする企業が多い。
米国に直接輸出がある企業の関税引き上げに対する対応策は、販売価格調整とサプライチェーンの見直しの2つに大きく分かれる。販売価格の調整では「自社のコスト削減(73.6%)」が最も多く、これに「サプライヤーとの価格交渉(43.0%)」が続く。「関税引上げのコストを価格転嫁(28.9%)」は3割弱にとどまり、企業が関税分を一部負担している可能性がある。サプライチェーンの見直しは、「生産地の分散化(33.1%)」、「調達先の分散化(31.4%)」、「原材料・部品の変更(28.1%)」がそれぞれ3割前後の回答で一定数の企業に対応がみられる。
脱炭素化とデジタル化への取り組み
脱炭素化への対応も進んでいる。ジェトロ調査2025によると、何らかの脱炭素化に取り組んでいる企業(予定を含む)の割合は約8割に上る。日系企業は主に太陽光パネルの設置やLED照明への切り替えなど省電力化を図っている。一方、「排出量の少ないサプライヤーへの切り替え、または排出量削減への働きかけ」は7.1%にとどまっており、サプライヤーへの取り組みは限定的だ。脱炭素化の課題としては、「再エネ導入コストが高い(46.1%)」との回答が最も多く、これに「リソース不足(30.9%)」、「インセンティブの欠如(29.3%)」が続いている。
デジタル化については、サプライチェーンの可視化への需要は強いものの、多くの企業はまだデジタルツールの活用段階には至っておらず、現在は情報収集と評価のフェーズにある。ジェトロ調査2025によると、「デジタル人材の不足」(70.8%)や「導入・運用コストが高い」(64.7%)を課題として指摘する企業が多い。
サプライチェーン強靭化に向けて
ASEANに求められる政策としては、以下の点が指摘できる。短期的には、米国による追加的な関税賦課を回避する観点から、迂回防止および原産地規則に対するコンプライアンス強化が不可欠である。中期的には、ASEAN域内統合の一層の深化や市場多角化が主要な課題となる。域内の非関税障壁の削減や規格・基準の調和を通じて、企業はリードタイムやコストの削減を実現できる。FTAを活用した新興市場との連携強化も併せて進めるべきである。
長期的には、サステナビリティ対応やデジタル化を含む、ASEAN全体としての競争力強化への体系的な取り組みが求められる。域内サプライヤーの能力向上や産業基盤の強化は重要な要素である。脱炭素化に関しては、再生可能エネルギーの開発・供給体制の拡充や現地中小企業を対象としたサステナビリティ規制に関する啓発が必要となる。デジタル化への対応としては、デジタル人材育成に加え、サプライチェーン可視化のためのプラットフォーム整備などが検討されるべきであろう。
(わかまつ いさむ/ERIA連携室)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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