レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.262 日本の「ビジネスと人権」行動計画(NAP)──改定の意義と今後の課題
高橋 大祐
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- 2025年12月のビジネスと人権NAP改定は、不確実性を増すグローバル環境において日本の人権尊重促進の姿勢を内外に示した点などにおいて重要な意義がある。
- 一方、改定されたNAPには、施策の具体性・新規性・多様性の不足、実施・モニタリング体制の不十分性、国内人権機関に関する記載の欠如など様々な課題もある。
- NAP改定の意義を活かしつつ、課題を解決するための最初のステップとして、能力構築の分野を軸に省庁間の連携とステークホルダーとの対話を強化することが効果的である。
2025年12月、日本政府は、「ビジネスと人権」に関する行動計画(National Action Plan:NAP)の改定版を公表した。2020年にNAP初版(2020-2025)を公表しており、今回の改定は、NAP初版の実施状況をふまえつつ、国内外における急速な環境変化を考慮して行われたものである。本稿では、NAPの策定・実施・改定のプロセスに作業部会構成員として参加した経験をふまえ、NAP改定の意義と課題、今後の計画の実施・改定に向けた示唆を報告する。
不確実性を増す環境下で日本の姿勢を明示
今回の日本のNAP改定には3つの重要な意義がある。第1に、日本政府が企業活動におけるより実効性のある人権尊重の促進を図ることに引き続きコミットしたという点である。これにより、不確実性の高まるグローバルな環境下において、日本の政府・企業が目指すべき方向性を国内外に示している。
近年、ビジネスと人権に関するグローバルな規制環境は急速に変化している。欧州では、人権デュー・ディリジェンス(DD)の実施・開示を義務付ける規制が導入されてきたものの、企業負担に関する懸念の高まりから規制の簡素化が図られている。米国では、トランプ政権下で反ESG・反DEIに基づく施策が推進され、政策の揺り戻しも観察されている。
一方、アジアでは多くの国でそれぞれのNAPが策定されており、日本は国連開発計画への資金拠出を通じてこれを支援してきた。日本がNAPの改定・実施を通じてアジアにおける持続可能なサプライチェーンの構築を率先する姿勢を示すことにより、日本企業の国際的な競争力の強化につながることが期待される。
8つの優先分野を特定し、幅広い課題をカバー
第2に、政府のビジネスと人権に関する施策における8つの優先分野を初めて特定した点でも意義がある。この優先分野は、NAP作業部会が2024年に政府に対し提出したステークホルダー報告書におけるステークホルダー共通の提案を、中身は別として枠組としては概ね踏襲したものとなっている。
「優先分野」に関連する課題は幅広く、(i)人権DD、救済へのアクセス、公共調達など国連指導原則の重要原則に関連した施策、(ii)ジェンダー平等、外国人労働者、子ども・若者、障害者、高齢者など社会的に弱い立場にあるライツホルダーに関する課題、(iii)「AI・テクノロジーと人権」「環境と人権」など近年国内外で注目されている課題も含んだ内容になっている。
各府省庁の施策とビジネスと人権を関連付け
第3に、NAP改定版でも明記されているとおり、NAPは、関係府省庁が政策領域ごとに点ないしは線として実施してきた施策を「ビジネスと人権」の観点から横断的に面として補捉しようとしている点でも意義がある。
NAP改定版の各優先分野で挙げられている各施策には、政策を担当する府省庁のほか、関係する国連指導原則の番号も付記され、ビジネスと人権との関連付けが図られている。
多数の府省庁において、ビジネスと人権の普及啓発などの施策が実施され始めており、NAP改定により、ビジネスと人権の視点を組み込んだ施策のさらなる実施が期待される。
NAP改定版の3つの課題
NAP改定には重要な意義がある一方で、改定されたNAPには様々な課題もある。以下では特に重要な3つの課題を取り上げる。
第1に、施策の具体性・新規性・多様性の不足である。各優先分野について「取組の方向性及び具体的施策の例」が挙げられているものの、具体性を欠くものが非常に多く、ほとんどが既存の施策であり新しい施策やその予定が含まれていない。また、国連指導原則の実施のためには企業に対する強制的な規制と自発的な施策の「スマートミックス」が望ましいものの、強制的な規制はほとんど盛り込まれていない。
第2に、実施・モニタリング体制の不十分性である。実施・モニタリング体制の整備が優先分野の一つとして挙げられているものの、速やかに体制を強化する姿勢がNAP改定版からは読み取れない。例えば、ステークホルダーが共通して従前より要請していた管轄官庁の明確化や国際人権問題担当の首相補佐官の任命等の実効的な体制は盛り込まれていない。また、NAPのモニタリングのためのインパクト評価等の実施、アウトカム指標(KPI)等の策定についても、今後検討することを記載するにとどまっている。
第3に、国内人権機関(NHRI)に関する記載の欠如である。ステークホルダーが共通して検討を要請し、また国連ビジネスと人権作業部会が訪日調査報告書において提言したNHRIの設置に関する施策は、NAP改定版には一切記載されていない。国連ビジネスと人権作業部会が2021年に公表した報告書で整理されているとおり、NHRIは企業の人権尊重の取組を促進し、被害者の救済へのアクセスを確保する上で多面的な機能を果たし得る。NHRIの不存在は日本におけるビジネスと人権の施策・取組推進の大きな支障となっている。
能力構築の分野から連携と対話の強化を
NAPの実施や改定のプロセスにおいては、従前より、関係府省庁間の連携や政府とステークホルダーの間の対話にも課題が存在していた。NAPの実施に関して「関係府省庁施策推進・連絡会議」が設置されているものの、これまで関係府省庁間で連携・調整した上で、ビジネスと人権の視点を組み込んだ施策が十分に実施されてきたとは言い難い。また、政府とステークホルダーの間でも、個別の施策に関して実質的な議論が行われてこなかった。
このような状況を改善するためには、NAP改定版で優先分野の一つとして特定された「国連指導原則の履行推進に向けた能力構築」の分野を軸に、関係府省庁間の連携やステークホルダーとの対話の強化を検討することが有益である。能力構築は、他の分野に比較すると連携や対話を検討しやすい分野といえるからである。
NAP改定版でも言及されているとおり、中小・地域企業、さらに海外のサプライヤーにも人権尊重の取組を浸透させるためには、企業その他の関係者の能力構築が重要であり、その課題認識は広く共有されている。
また、能力構築に関する施策は、様々な府省庁やステークホルダーが関係するため、各府省庁間の連携とステークホルダー対話を強化することによってこそ、施策・取組の重複や矛盾を回避し、相乗効果を図ることができる。
一方、企業その他の関係者の能力構築のための環境整備には、NHRIの設置やスマートミックスに基づく様々な規制・施策が重要である。そのため、中長期的には、能力構築と他分野との連携や対話も期待できる。
まとめ
今回のNAP改定には重要な意義があり、その意義を最大限に生かし、また様々な課題を解決していくためには、まず能力構築の分野を軸に関係府省庁間の連携とステークホルダーとの対話を強化・拡大していくことが効果的である。
連携や対話を促進するために、ビジネスと人権に関する国内外の知見・経験を蓄積してきたジェトロ・アジ研が積極的な役割を果たすことも期待される。筆者も他の専門家・関係者の皆様と共に貢献する方法を模索していきたい。
(たかはし だいすけ/真和総合法律事務所)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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