レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.261 ASEAN企業の対インド・ビジネス戦略
PDF (419KB)
- 自社の強みを活かす進出だけでなく、弱みを補完するための進出も。
- 政府、経済団体、グローバル投資家、第三国企業も巻き込んだビジネス展開。
- 日本企業はASEAN・インド両地域に基盤を持つ優位性を活かせ。
ASEAN諸国は日本をはじめ多くの国から直接投資を受け入れ、設立された現地法人の生産活動や貿易を通じて経済発展を遂げてきた。その過程で大きく成長する現地企業も現れ、近年では複数のユニコーン企業(時価評価10億ドル以上)も育っている。こうした地場企業も国際的なサプライ・チェーンに組み込まれており、積極的に海外進出する事例も増えている。以下本稿では、ASEAN主要国・企業の対インド・ビジネスの事例を紹介し、日本企業の今後のビジネス展開に関する示唆を論じたい。
SCGインターナショナル社(タイ)
2020年にインド支社を開設したサイアム・セメント・グループ・インターナショナル(SCGI)社は、2022年にはインドの建材(軽量気泡コンクリート(AAC)ブロック)大手のBigBloc Construction(BBC)社との合弁で、SIAM Cement BigBloc Construction Technologies社を設立した。出資比率はBBC社が52%、SCGIが48%である。経済成長著しいインドでは急速に都市化が進んでおり、商業施設、オフィスビル、学校などの中高層建築物のための壁材として、軽量・断熱性・耐火性・施工性を備えるAAC壁材の需要が高まると見込まれている。同合弁会社は、次世代の壁材ソリューションを提供することを目指して、グジャラート州にインド初となるAAC壁材工場を建設した。AACブロックの製造も開始される予定である。
道路、橋梁、港湾等のインフラ整備に関しても、インドの潜在的需要は大きい。祖業であるセメントをはじめ、インフラ建設に不可欠な多くの基盤素材を取り扱い、関連ソリューションを提供するSCGにとっては非常に大きなビジネス機会である。タイ国内のみならず、周辺のASEAN諸国でも多くのインフラ整備に関与してきたSCGは、効率的な事業運営を自社グループの強みであると認識している。
Gojek社(インドネシア)
インドネシア初のユニコーン企業として知られるPT Gojek International(Gojek)社は、2010年、ジャカルタで創業されたバイクタクシー(オジェック)予約のコールセンターという起源を持つ。2015年にスマホアプリ・サービスを開始すると、ライドシェア、配送、通信販売、フードデリバリーなどへと事業を拡大し、2017年にユニコーン企業となった。その勢いで2018年以降ASEAN諸国に進出したが、先行するGrab社(本社マレーシア→シンガポール)との競合、進出先の規制への対応、コロナ禍などが重なり、撤退を選択した。2021年に控えていたTokopedia社(電子商取引プラットフォームで同国2番目のユニコーン)との合併を控えていたこともその選択に影響している。
Gojek社の急成長を支えたのは、インド、特にベンガルールのIT産業・人材である。2016年、Gojek社はベンガルールにGojek Engineering India社を設立し、インド国内のアプリ開発企業を相次いで買収し、そのエンジニアを採用して、インドネシア事業向けアプリ開発・運用、プロダクト・イノベーション、データ・マイニング、エンジニア訓練などを進めた。当然、こうした時期には多額の資金が必要になるが、最初期にはベンチャーキャピタルや未公開株投資(PE)ファンド、その後はGoogle、PayPal、Facebook、Visaなどのグローバル企業、中国のTencent、シンガポール政府の投資会社Temasek、インドネシアのコングロマリットAstra Internationalなどが資金提供している。インドネシアの国内市場におけるGojek社の急成長は、その中核システム開発を担ったベンガルールのIT人材、世界中からの資金提供に支えられてきた。
なお、他のASEANのユニコーン企業も同様のビジネス戦略を採用している。先述のGrab社、インドネシア発のオンライン旅行代理店Traveloka社もベンガルールにR&Dセンターを開設している。
組織的なインド進出支援(シンガポール)
シンガポール・ビジネス連盟(SBF)は同国の中核的な経済団体として、ビジネス環境・規制の改善に関する政策提言、海外市場展開支援などを行っている。2025年11月、SBFはシンガポール企業のインド進出支援を目的として、ベンガルールにSingapore Enterprise Center(SEC)を設立した。これはジャカルタ、ホーチミン市、バンコクに次ぐ4番目のSECである。シンガポール企業への支援内容は、インドの市場・制度情報の提供、B2Bマッチング、州政府や現地投資促進機関などとの接点形成、法人設立・人材採用など、多岐にわたる。
SECの開所式では、シンガポールのLAC Global社とJVKM India社の間で覚書が調印された。LAG Global社は科学的根拠に基づく栄養・健康製品を取り扱う企業であり、そのインド市場への進出を、インドでMitraa Wellnessという高級サプリメント・ブランドを展開するJVKM India社が支援し、また、共同で製品・サービス開発を行うという内容である。
SECの設置場所としてベンガルールが選ばれたのは、IT産業、特に半導体設計とデジタル人材の集積地であり、スタートアップ支援の環境が整っていることから、シンガポール企業との親和性が高いと考えられたためである。今後、同分野での協業の拡大が期待されている。
半導体・エネルギー分野の協力(マレーシア)
2024年8月、アンワル首相初のインド公式訪問に際して、両国間関係は包括的戦略的パートナーシップに格上げされた。これを受けて2025年3月、マレーシア通商産業省(MITI)はデリーとムンバイに貿易投資ミッションを派遣し、①半導体分野における協力、②政府間、企業間、業界団体間という三層構造の対話とパートナーシップの構築に合意した。近い将来、半導体パートナーシップ協定を締結することも見据えられている。
インドでは同国をグローバル半導体サプライ・チェーンに組み込むことを目的として、インド半導体ミッション(ISM)を2021年に創設し、設計・製造、後工程(OSAT/ATMP)、人材育成の一体的な支援が進められている。TaTa Electronics社が進める前工程工場(グジャラート州)、OSAT工場(アッサム州)もISMの支援対象事業である。こういった政府の強い関与、巨大な国内市場とともに、半導体設計を担いうる豊富なIT人材がインドの強みである一方、半導体製造には乗り出したばかりである。マレーシアは、世界最大のOSAT企業であるASE社(台湾)、Amkor社(米国)などを擁する、後工程の世界的な集積地の一つである。量産や工程管理の経験、品質に対する市場からの高い評価を強みとする一方、設計人材不足が弱みである。このようにインドとマレーシアの相互補完性は高く、両国間協力の潜在的な効果は大きい。
国営石油会社ペトロナスのクリーンエネルギー事業部門を担うGentari社は、2023年にインド現地法人を設立し、再生可能エネルギー、EV充電インフラ、脱炭素ソリューションなどの事業を展開している。ペトロナス関連では2018年から、マハラシュトラ州での自動車・工業用潤滑油生産、H-Energy Mideast DMCC(HEMD)社との間の対インドとして初の長期契約に基づくLNG供給が進んでおり、従来型の石油製品、エネルギー供給も進んでいる。
ASEAN・インド双方に集積を持つ強みを活かせ
ASEAN企業が進める対インド・ビジネスの拡大は、日本企業にとって新たなビジネス機会をもたらしつつある。両地域間の経済関係の強化は、市場の拡大、補完性活用による効率化、選択肢の多様化などを通じて、日本企業が両地域に築いてきた産業集積を結ぶサプライ・チェーンの効率化や強靭化を促進する。また、両地域を媒介するという新しい役割も期待される。
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2026 執筆者
