レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.260 ASEAN主要国の対南アジア貿易

2026年2月18日発行

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  • ASEANインドFTABIMSTECなど制度構築が進むも対南アジア貿易の伸びは限定的。
  • 産業間貿易が中心だが、地域をまたぐサプライ・チェーンの萌芽も。
  • ASEAN諸国の「Look West Policy」による経済発展連鎖の拡大に期待。

2018年以降の米中貿易紛争ではASEAN諸国は「漁夫の利」を享受してきた。しかし近年では「トランプ関税」を含めて大国による経済の「武器化」が横行し、その矛先はASEAN諸国にも向けられている。既存秩序の動揺により不確実性を高める世界経済において、ミドルパワー諸国の連携が模索されるなか、ASEANWTOを中心としたルール・ベースの世界貿易秩序を堅持する姿勢を示す一方で、特定国への過度の依存を避けるべく貿易・経済関係の多角化を本格化しつつある。この文脈に立ち、本稿ではASEANと隣接する南アジア地域との貿易の展開と現状を分析する。

南アジア・インドとの関係構築

アジア通貨危機が深まる1997年12月に開催された非公式ASEAN首脳会議は「ASEANビジョン2020」を採択した。そこでは、東アジアなど特定の地域ではなく世界経済に統合された経済地域・共同体という将来像が共有され、後のASEAN共同体構築の起点となった。2002年からASEAN・インド首脳会議が定例開催されるようになり、翌年の「ASEAN・インド包括的経済協力枠組み合意」において、ASEANは成長著しいインドを中国や日本と同様に重要なパートナーと位置づけた。2009年の「ASEAN・インドFTA」により、インドが初めてASEANの対外経済戦略に制度的に組み込まれた。

中国経済への依存リスクが懸念されるようになると、市場としてだけではなくサプライ・チェーンを補完する地域としても南アジアが評価されるようになり、タイ・ミャンマー・インド北東地域を結ぶ陸路(三国高速道路)や、マラッカ海峡からベンガル湾を結ぶ海路を通じた両地域間の連結性強化が重要な戦略と位置付けられた。2012年にASEAN・インド関係が戦略的パートナーシップに格上げされ、2014年11月にインドのモディ首相がルック・イースト政策からアクト・イースト政策に上方転換したことも両地域間の連結性強化の流れを後押しした。同じ時期、東南アジア・南アジアにまたがる地域協力枠組みとしてのベンガル湾多分野技術・経済協力イニシアティブ(BIMSTEC)が再起動され、2014年には事務局がダッカに開設された。

2016年に安倍首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想に呼応する形で2019年、ASEANは「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」を採択した。そこでは、両海域および沿岸諸国の連結性を強化する経済協力や海洋協力が重点分野に位置づけられ、従来のインドとの連携や、BIMSTECのような地域横断的な協力枠組みも包含されている。

ASEAN主要国の対南アジア貿易

2000年以降、ASEAN主要国の貿易の大宗(7割前後)は、中国、米国、日本、EU、域内貿易が占めている。ここでは、ASEAN主要国のインド、バングラデシュ、スリランカとの貿易の推移を整理しよう。まず、インドとの関係強化が進んだ2000年代以降、ASEAN諸国の対インド貿易は輸出入ともに拡大傾向にある。対バングラデシュでは、2000年代後半以降、マレーシア、シンガポール、インドネシアの輸出が拡大傾向にあるが、対スリランカ貿易は停滞している。

図 ASEAN諸国の貿易に占める南アジア諸国のシェア

図 ASEAN諸国の貿易に占める南アジア諸国のシェア

(出所)Global Trade Atlasに基づき筆者作成。

この間のタイの対インド輸出を牽引したのは、機械類(HS84)、プラスチック(HS39)、電気機器(HS85)である。2017年以降のインドからの輸入の増加は、ダイヤモンド(HS7102)、機械類(HS84)、鉄鋼(HS72)などによる。タイとインドの間では、機械類の双方向の貿易が広がりつつある。マレーシア貿易に占めるインドのシェアは2010年代に低下に転じているが、これは同時期に中国、米国との貿易が拡大した影響である。2000年代初頭からの対インド貿易の拡大は、輸出面では原油(HS2709)、パーム油(HS1511)、電気機器(HS85)、輸入面では精製石油製品(HS2710)の寄与が大きく、アルミニウム(HS76)、有機化学品(HS29)が続く。産油国マレーシアと世界有数の石油精製ハブであるインドとの間にバリュー・チェーンが形成されていることが示唆される。シンガポールの対インド輸出は、電気機器(HS85)、機械類(HS84)が牽引している。輸入面では、2011年までのシェア拡大とその後の低下も、石油製品(HS27)、特に自動車用ディーゼル油、軽油、ジェット燃料の輸入動向を反映している。2010年代にシンガポールで環境対策や航空燃料ハブ化に向けた投資が進んだことが背景にある。インドネシアのインドへの輸出は石炭(HS2701)、輸入はガソリン(HS271012)が中心である。

バングラデシュ、スリランカからの輸入はいずれの国においても低水準にとどまっている。バングラデシュへの主な輸出品目は、タイはセメントや機械類に加えて繊維製品を含み、マレーシアは石油製品やパーム油、シンガポールも石油製品が多いが機械類、プラスチック、電気機器など多様な財、インドネシアは石炭とパーム油が中心である。

以上のように、近年の世界経済情勢を受けてASEANがより積極的に対南アジア貿易を拡大させているという明確な証左はなく、両地域間の貿易は伝統的な産業間貿易が中心である。他方で、タイ・インド間の機械類、マレーシア・インド間の原油と石油製品、タイからバングラデシュへの繊維製品の輸出など、部分的にではあるが、東南アジアと南アジアを結ぶサプライ・チェーンの萌芽を観察することもできる。

南アジアへの雁行

雁行形態と表現されたアジア諸国の経済発展の連鎖が、ラスト・フロンティアと呼ばれたミャンマーで止まるわけではない。ASEAN諸国・企業がより積極的に南アジアに関与する「Look West Policy」を推進することで、経済発展の連鎖可能性は高まる。そのためにも、東アジア諸国・企業がASEANに進出した経験の共有、RCEPへのインド復帰、両地域にまたがる地域協力機構であるBIMSTECの活性化などが求められる。

うめざき そう/開発研究センター、うえむら じんいち/開発研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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