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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.247 日本の輸出において経済連携協定(EPA)の利用率はなぜ低いのか?

2025年10月6日発行

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  • 日本の輸出において、EPA利用率が低い理由として、現地生産・販売、関税還付制度、投資促進効果の3点を紹介する
  • 費用・便益の観点からは、農業におけるEPA利用支援を重点的に行うことが考えられる

2025年に入り、米国による追加関税が世界経済を大混乱に陥れている。それに伴い、輸出先の多様化、販売先の多角化が急務になっている。そこで経済連携協定(EPA)のパートナー国への輸出拡大が、改めて注目を浴びている。EPAのメンバー国間の貿易では、EPA関税率という、通常の関税率(WTO協定税率など)よりも低い関税率を利用することができる。この関税上の優位を生かすことで、EPAパートナー国に対する輸出・販売を拡大することができる。

しかしながら、筆者がこのポリシーブリーフ・シリーズにおいて再三述べてきたように(例えば、No. 137、181、194)、日本の輸出において、EPA関税率の利用率は他国に比べて低い。つまり、総輸出額に占める、EPA関税率を利用した輸出額のシェアが低い。本稿では、この理由について紹介したい。

一般的に、EPA利用率に影響を与える要素として、原産地規則周りの問題が指摘されることが多い。原産地規則が分かりづらい、その証明手続きが煩雑だ、などである。しかしながら、これらだけでは日本において特別にEPA利用率が低いことを説明できない。そのため、本稿では日本固有とまでは言えなくても、日本で特徴的な理由として、以下の3点を指摘したい。

原因① 現地生産・販売

外国にモノを販売する際には、大別して、現地で生産、販売するケース(現地生産・販売)と日本から輸出するケース(輸出)の2種類がある。海外進出には輸出以上に多様なコストがかかるため、一般に、大企業ほど現地生産・販売を選択する傾向がある。

こうした海外進出は対外直接投資と呼ばれるが、その規模において、日本は米国に続いて世界2位の規模を誇る。対米直接投資では、6年連続で1位を記録している。日米貿易摩擦、プラザ合意などを経て、日本は世界的に見ても現地生産・販売を積極的に進めてきた国と言える。例えば、米国向け販売の7割強が現地生産・販売によるものであり、日本からの輸出は2割程度である(Ando et al., 2025)。

このように、伝統的に企業の海外進出が進んでいるため、大企業の多くが現地生産・販売を選択しており、日本から輸出している企業の規模は、他国と比べて小さい可能性がある。EPA税率を使う可能性があるのは、日本から輸出している企業になるため、そうした企業のうち、EPA利用に伴うコストを負担できる規模の企業はあまり国内に残っていないのかもしれない。

原因② 関税還付制度

特恵的な関税率は、EPAだけではない。とくに、関税還付制度は、輸出品を生産するために輸入された中間財に対する免税・減税制度である。経済特区にも似たような制度がある。日本のEPAパートナーにはこうした制度を導入している国が多い。とくに、東南アジアには日本企業が多く進出し、国際的生産ネットワークを形成してきたが、その中でこの制度が広く用いられてきた。

そして、日本から中間財を輸入している企業のうち、大企業ほど、この制度を利用していることが分かっている(Hayakawa et al., 2024)。そして、規模の小さい企業ほど、EPA税率やWTO協定税率を用いている。言うまでもなく、大企業ほど、貿易額は大きい。したがって、EPAパートナー国側において、大企業ほど日本からの輸入に際してEPA税率を使わないため、金額ベースであるEPA利用「率」は大きく低下することになる。

原因③ EPAの投資促進効果

関税削減を伴う経済協定は、一般に、自由貿易協定(FTA)や地域貿易協定(RTA)と呼ばれる。これに対して日本はEPAという名称を付けているように、単なる関税削減に留まらず、ビジネス環境を改善するための、様々な規定を盛り込んでいる。とくに、投資章を始め、貿易のみならず、直接投資を促進するための規定も含まれている。その結果、日本が結ぶEPAは貿易コストよりも、投資コストをより大きく削減していることが分かっている(Baek and Hayakawa, 2022)。

したがって、EPAが発効すると、これまで日本から輸出していた企業のうち、相対的に規模の大きい企業ほど、現地生産・販売に切り替えることになる。そのため日本から輸出し続ける企業は、なお一層、規模の小さい企業になり、EPA利用コストを負担するのが困難な企業となる。

政策的含意

以上、日本の輸出においてEPA利用率が低い原因として、とくに日本で顕著と思われる3つの要因を紹介した。これらを踏まえると、日本はどのようなEPA促進策を推進すべきであろうか?

我が国においても、EPA利用を促すため、様々な施策がなされている。例えば、関税減免額や原産地判定基準などが分かるシミュレーション・システムの導入や、経済産業省や日本貿易振興機構によるEPA相談デスク・窓口の設置が挙げられる。今年からはEPA関税認定アドバイザー制度も始まっている。

上述のように、現在、日本から輸出している企業のうち、EPAを利用していない企業は、平均的にはかなり規模の小さい企業となる。このタイプの企業を支援し、EPA利用につなげることは、費用・便益の観点からは最適ではないかもしれない。日本の輸出に対する量的な貢献が小さいためである。

そのため、一つの考え方として、現地生産・販売の少ない業種に対して、EPAの利用支援を行うことが考えられる。こうした業種では、相対的に規模の大きな企業が残っているため、量的貢献が期待できる。例えば、製造業では一般機械や生産機械は、相対的に現地生産・販売のシェアが低い産業である。ただし、これらの産業に対しては、日本機械輸出組合などが既に様々な支援を行っているものと思われる。

一方、農業は、現地生産が性質上難しい産業であるため、EPA利用を支援することで、大きな便益を得られる可能性がある。とくに、多くの国が農産品に対して相対的に高いWTO協定税率を課しているため、EPA税率を利用することによって節約できる関税支払い額も大きくなる。実際、野菜など、植物性生産品の輸出では比較的EPAが利用されているが、肉や魚など、動物性生産品ではEPA利用率が低い。以上から、農業におけるEPA利用支援を重点的に行うことが費用・便益の観点から望ましい。

参考文献
  • Ando, M., Hayakawa, K., Kimura, F., and Yamanouchi, K., 2025, The Structure of Supply Chains and the Impacts of Trump 1.0 Tariffs: Evidence from Japanese Firms’ Sales to North America, Discussion papers 25046, RIETI.
  • Baek, Y. and Hayakawa, K., 2022, Fixed Costs in Exporting and Investing, Discussion papers 22023, RIETI.
  • Hayakawa, K., Laksanapanyakul, N., and Mukunoki, H., 2024, The Trade Effect of Regional Trade Agreements in the Presence of Duty Drawbacks, The World Economy, 47(9): 3681-3708.
謝辞

本稿の草稿段階において、浦田秀次郎・特任上席研究員、安藤光代教授(慶應義塾大学)から有益なコメントを頂いた。ここに記して感謝の意を表したい。

はやかわ かずのぶ/バンコク研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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