レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.245 ビジネスと人権―公共調達が企業行動に変革をもたらす

2025年4月16日発行

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  • 規制当局のみならず、経済活動主体である国の公共調達が社会・経済に大きなインパクトをもたらす。
  • OECD多国籍企業行動指針参加国のなかで日本は責任ある企業行動に関する法規制がないとされている。
  • 2025年大阪・関西万博「持続可能性に配慮した調達コード」は先行好事例となる。

2025年に改定が予定されている日本政府のビジネスと人権に関する行動計画(NAP)の骨子案が公開され、優先分野のひとつに公共調達・補助金事業等を含む公契約が挙げられている。2023年にNAPの実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議で、「政府の実施する調達においては、入札する企業における人権尊重の確保に努めることとする。具体的には、公共調達の入札説明書や契約書等において、『入札希望者/契約者は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を踏まえて人権尊重に取り組むよう努める』旨の記載の導入を進める」と決定されている。つまり現時点においては入札者にガイドラインを踏まえることを促すものの、その履行を担保する仕組みはとられていない。本稿では今後のNAP改定に際して、公共調達・補助金事業等を含む公契約に関する政策のあり方について論じる。

Lead by Example―政府による率先垂範

ビジネスと人権に関する国連指導原則(指導原則)において、国家には企業に対して人権を尊重するよう規制をする義務があるとともに、経済主体としてその活動、取引において人権を尊重することが求められている。具体的には、国有企業、支配企業、輸出信用、公的投資保険など国家機関が実質的な支援をしている企業の人権デューディリジェンスの実施(指導原則4)、人権の享受に影響する可能性のあるサービスを提供する企業に対する監督(同5)、商取引相手企業による人権尊重の促進(同6)である。

OECDによれば、OECD責任ある企業行動に関する多国籍企業行動指針(OECD指針)参加国政府による2021年度の公共調達合計額は8.3兆USドルに上る。政府が経済主体としてどのような人権に関する要件をもって支出をするのか、責任ある経済活動を促す効果は大きい。

昨年12月にOECDより出されたポリシーペーパー”RESPONSIBLE BUSINESS DUE DILIGENCE AND PUBLIC PROCUREMENT-Implications of new regulation”は、指針参加国に関して、責任ある企業行動に関する法規制を有しているか、その規制が公共機関を明示的に対象としているか、明示していないが間接的に規制が及ぶかを分析している。豪州の2018年現代奴隷法、カナダの2024年サプライチェーンにおける強制労働および児童労働撲滅法は、政府関係機関への適用を明示している。英国の2015年現代奴隷法では、公的機関は明示的な対象となっていないが自発的に従いステートメントを表明している。ドイツの2021年サプライチェーン法第5条は、当該法に違反した事業者は公的機関との契約から除外されると規定する。

日本については、NAP実施の一環としてガイドラインが策定され、政府は企業に対し公共調達における入札指示書及び契約を通じて人権を尊重する努力を要求していると記述されている。「日本が責任ある企業行動に関連する義務を政府調達のプロセスに直接適用していることは、責任ある企業行動に関する要求を公的セクターに対してどのように採用するかを国々が選択できることを示している」と論じている。しかし、日本の手法には法的強制力はない。豪州、カナダ、EUが「法が明示的に公共機関に要求をしている国々」、英国、米国が「明示していないが間接的に公共機関に要求している国々」と分類されている一方、日本は「責任ある企業行動に関するデューディリジェンスに関する規制のない国々」とされている。規制のない国々の公共調達合計額は指針参加国全体の26%であり、その5割弱を日本が占める。日本の公共調達のあり方が企業行動に与える影響は大きい。

2025年大阪・関西万博「持続可能性に配慮した調達コード」

公共調達のあり方については、今年開催される大阪・関西万博がひとつのモデルを示しているといえよう。万博として初めて指導原則を明記した「持続可能な大阪・関西万博開催にむけた方針」、「公益社団法人2025年日本国際博覧会協会人権方針」、「持続可能性に配慮した調達コード」策定し運用している。博覧会協会は、サプライヤー、ライセンシー及びパビリオン運営主体等に対し、博覧会協会との間の契約締結の前後を通じて、自らの事業及びサプライチェーンが環境・人権などの持続可能性に与える負の影響(持続可能性リスク)を適切に確認・評価した上で、そのリスクの高さに応じて対策を講じ、調達コードを遵守するための体制を整備することを求めている。リスクの評価・対処にあたっては、指導原則、OECD 指針、責任ある企業行動のための OECD デュー・ディリジェンス・ガイダンス及び ILO 多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言などの国際規範が企業に対し要請するデューディリジェンスを参照すべきであるとしている。協会の人権方針にもとづき、協会自体が自らの活動の人権に対する影響を評価する人権デューディリジェンス義務を負っている。指導原則にもとづく人権デューディリジェンスを、サプライヤーのみならず、パビリオン運営主体に対しても求めている点が画期的といえよう。

持続可能性に関する基準としては、法令遵守はもちろんのこと、通報者に対する報復行為の禁止、通報受付対応の体制整備、環境については温室効果ガスの削減、汚染防止・化学物質管理・廃棄物処理、資源保全、生物多様性の保全、国際的人権基準の遵守・尊重、労働では特に外国人・移住労働者の権利保護、公正な取引慣行、紛争や犯罪への関与のない原材料の使用などが列挙されている。当該コード遵守の担保方法としては、サプライヤー、ライセンシー又はパビリオン運営主体等に誓約書を提出させ、サプライチェーンに対する調査・働きかけなどの遵守状況の確認を行っている。そしてモニタリングとして通報受付対応(グリーバンス・メカニズム)の仕組みを整え、運用している。

「東京都社会的責任調達指針」の運用開始

中央政府のみならず、地方自治体における調達も大きな役割をもつ。東京都財務局は2024年7月に「東京都社会的責任調達指針」を策定・公表している。その冒頭に「経済合理性のみならず持続可能性にも配慮した調達を行うことを通じて、都の調達に留まらず、企業の調達においても、環境・人権・労働・経済の各分野での望ましい慣行を敷えんさせ、持続可能な社会に貢献することで、都の社会的責任を果たしていく」とある。受注者等の責任として、①人権尊重・環境保護に関する自社の方針の明確化と公表、②定期的なデューディリジェンスの実施、③グリーバンス・メカニズム(苦情処理メカニズム)の整備を求めている。そして東京都の責務は、調達に参加する受注者等及びそれらのサプライチェーンを担う事業者との共同の取組として、本調達指針の遵守を推進することとする。そこには、国際的人権・労働基準の遵守・尊重が明記されている。今年度4月1日以降に公表する財務局発注の案件から適用が開始され、順次、対象が拡大される予定である。

まとめ

博覧会協会や東京都の調達に関するコードや指針の策定においては、それを運用する主体が能動的に取り組み、広範なステークホルダーから意見を聴取し、パブリックコメントの募集を適切に行い、そのコメントに真摯に向き合い、最終案を練り上げたことが評価される。今後も、策定されたコードや指針について、広く対象となる事業者に対し深く理解してもらう取り組みを重ねていくこと、そして社会にその意義を伝えていくことが肝要である。

人権を尊重し、責任ある企業行動を実施する企業こそが成長していくことができる環境を整備する政策がさらに重要になる。公共調達・補助金事業等のあり方は日本経済、日本社会のあり方を問うものである。

やまだ みわ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

©2025 山田美和