レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.224 ビジネスと人権──インドネシアの現在地
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- インドネシアでは地域住民やNGOから企業に対するCSR実施の要求が行われる。
- サプライヤーのサステナビリティ課題に関与する機会が増加している。
- 雇用創出法の改定や地域ごとに異なる法規制への対応が必須である。
インドネシアへの進出や、同地との取引を行う企業にとって、現地の労働・人権課題を含むCSR(Corporate Social Responsibility)への取組みは重要な経営課題となっている。サステナビリティに関わる現地や市場、投資家の期待に応え、先進国で強まる規制や施策に対応するためにも、現況とリスクの把握が不可欠である。本ポリシーブリーフは、2024年10月からインドネシアの調査機関に委託した労働環境に関する調査の概要を、一般読者向けにまとめたものである。
インドネシア企業のCSR
国際社会におけるビジネスと人権の取組みの進展と歩調を揃え、インドネシアでもCSR政策が進められ、2023年大統領規則No.60/2023が発出されている。どのような法制度・施策を重視し対応を考えているのかを現地の大中企業、上場・非上場企業を含む41社に聞いたところ、34社が当該規則を重視していた。それ以外にも、欧州連合(EU)の企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令(CS3D)、森林破壊規制(EUDR)、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)、国際機関のOECD多国籍企業行動指針、民間のESG報告や労働・人権に関する国際規格SA8000を挙げる企業が複数みられた。また、39社が自社のCSR指針を備えているほか、かかる指針の策定を顧客もしくは投資家から求められている企業がそれぞれ30社、38社あった。顧客がインドネシア国内企業の場合は要求されない事例もみられたが、上場・非上場や企業規模にかかわらずCSRの取組みがインドネシアでも重視されていることが分かる。CSRのなかでは、環境への取組みが労働者福祉に関する取組みより優先されている現状も確認された。
調査前は企業による主体的な取組みを想定していたが、調査では企業が立地する地域の住民がCSR実施を要求する例が複数みられた。環境問題の発生時に地域コミュニティから苦情が出され、解決にむけた協働が必要になった事例や、地域住民が地方政府に企業の法規制違反の疑義を申し立てた事例もある。また、地元住民の雇用創出や安い賃金での非地元住民の雇用拒否を要求する事例もみられた。
さらに、先住民の文化継承や教育支援の要求なども行われている。要求には地元住民のみならずNGOや地方政府がかかわる事例もあり、現地で操業する企業には、地域住民など多様なステークホルダーと協力する取組みが期待される。しかし、企業が住民グループの一部と交渉することで地域に分断が起こり、問題が複雑化するケースもある。複数の事例で、透明性の高いコミュニケーションとステークホルダー間の信頼醸成が重要だとの関係者の発言があった。
サプライヤーに関わるCSR
欧州の規制等により、企業にはサプライチェーンを通じた労働・人権デューデリジェンス(相当の注意)やグリーバンス・メカニズム(苦情処理メカニズム)の導入が求められている。インドネシアの労働者が、サプライヤー企業の労働者からの通報も受け付ける窓口を備える欧州企業に対して、劣悪な労働環境に起因する事故やハラスメントについて問題を指摘した事例もみられた。そのため、当該欧州企業は域外のサプライヤー企業の課題解決に関与することとなった。また近年業績悪化が深刻な衣料産業では、インドネシア企業から解雇された従業員が法律に従った退職金支払いの不履行を訴え、バイヤーである大手ブランド企業が問題解決に関与した事例もみられた。
インドネシアを含む海外の調達先をもつ場合には、サプライヤーや現地子会社等の労働・人権問題にも留意する必要があることが分かる。
現地の法制度や社会、文化の理解
操業する国によって法制度や社会、文化背景が違うことは言うまでもない。インドネシアでも、企業による法制度の不十分な理解が問題となることが多くみられる。企業の土地取得にあたり、住民が持つ土地権証書と企業に与えられたコンセッションの重複が紛争の原因となった事例の報告もあった。
労働に関する法規制は、頻繁に変更がなされている。2020年雇用創出オムニバス法のうち、労働法関係部分の多くが2024年10月憲法裁判所により違憲判決を受けた。憲法裁判所判決は上告できず、即刻有効となる。結果、多くの規定が2003年労働力に関する法律第13号に戻った。現地操業企業が合法的な雇用を維持するため、今後の法制度の動向を確認する必要がある。
そのほか、社会や文化に関連する問題として、賃金水準の設定の課題が農家から指摘されている。ある農家が賃金水準を引き上げると、他の農家で雇用されていた労働者が高い賃金を求めて移動する動機が生じる。そのため、労働者を確保できなくなる生産者から、賃金水準を上げないよう圧力がかけられることがあるという。
また同一企業内で異なる賃金水準が設定されることで、疑心暗鬼や妬みによる問題が発生することがある。そのため、労働協約に基づく透明性の高い賃金体系の設定が望ましいという意見もみられた。
一方、企業によっては職務級の昇級がなく、一律の賃金体系を設定しているところもある。これでは労働者の向上意欲が生まれず、不満も生じよう。
労働者の人権課題
先の調査では企業調査とは別に、労働者の現状を知るために、労働者54名にも聞き取り調査を行った。インドネシアで多くみられる問題として、最低賃金の不遵守、賃金の未払いや支払いの遅れ、年休取得の難しさ、ハラスメントの発生などが挙げられた。
では、インドネシアの労働者は職場の問題に対してどのように解決をはかるのであろうか。回答によれば、企業の人事部、労働組合、社外専門家やNGO、活動家に助けを求める場合がある。また労働移住省(Disnaker)に駆け込むとする回答も複数あった。企業内で制度が整備され、透明性のある解決がはかられればよいが、企業内での解決が見込めない場合もある。逆に、多くの社外のステークホルダーが関与し、問題解決がかえって複雑化する可能性も考えられる。日本国内で働いた経験があるインドネシア人労働者のなかには、大使館や領事館の支援が助けになっているとの回答もあった。
解雇が行われる場合の労働者とのコミュニケーションも重要である。企業には法律に基づく補償、カウンセリングや職探しのサポートなどが期待される。不満を持つ労働者による抗議運動が行われる場合は、警察や国家人権委員会(Komnas HAM)が関与することもある。
企業は、外国人労働者を雇用する場合、インドネシア人労働者と同様の労働環境の用意を確認する必要がある。また、国レベル・地方レベルを問わず法規制は頻繁に変更されるため、その都度法令違反がないかも精査することが不可欠である。
まとめ
日本企業がインドネシアでの操業、子会社の設立、あるいはインドネシアのサプライヤーと取引する際、労働・人権を含むCSRの実施が重要になっている。とりわけ、近年デューデリジェンスを顧客企業や投資家から要求されるケースが増え、住民や労働者もそれを理解していることから、積極的に問題解決に活用する様子もうかがえる。子会社やサプライヤーの問題であっても、取引先企業として関与し、改善のために協力することが期待されている。そのような状況のなか、日本企業もインドネシアの法制度や社会・文化を踏まえ、地域住民を含む多様なステークホルダーと、透明性の高い対話と協力関係を築いていくことが求められている。
(みちだ えつよ/新領域研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
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