レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.217 バングラデシュ政変(24年8月)後の状況と今後の展望──対米関係を中心に
堀本 武功
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- バングラデシュ(BD)のハシナ首相は、2024年8月、強権的な内政運営に対する国民の不満が頂点に達した結果、インドに亡命した。ハシナ後の暫定政権を率いるユヌス首席顧問は、BDの国家運営に苦慮している。
- BDは対外関係でも苦慮している。BDにとって外交的に重要な国々は、米印中日などであるが、当面、米印が大きな意味合いを持つ。米国とはトランプ政権の自国優先外交への対応、インドとは二国間関係の構築が課題となっている。
暫定政権が直面する課題
BDは、世界第8位の人口1.7兆人を抱え、GDPでは4500億米ドルで世界第34位(IMF 2024)である。これにベンガル湾を扼(やく)するという地政的な要因などから中堅国として発展する可能性を秘めている。
その予兆はある。BDのGDPは2010-23年に6.4%の経済成長を示していた1。その主因は縫製業の隆盛にある。中国は世界的な縫製業の生産国だったが、同国の人件費上昇のため、BDへの製造拠点の移転が進み、外国投資も増大した。
縫製業の隆盛には、ハシナ政権(2009-24年)による強権的な国政運営がBDの政治的安定と経済発展に寄与したことを否定できない。
縫製業のほか、海外出稼ぎ者の本国送金も大きく、2022年には220億米ドル(GDPの8.3%)に達した。順調な経済状況の結果、BDは2026年には、関税免除の優遇を受ける「後発発展途上国」(LDC)を卒業することになった。
しかし、農業分野における労働問題という懸案も抱えている。総労働人口約7300万人の約45%が農業に従事しているが、農林水産業のGDPに占める比率は11.6%(Yearbook of Agricultural Statistics 2023)に止まり、潜在的な失業を解消できない。特に高等教育を受けた若者の失業者数は、全失業者中、2013年の9.7%から2022年には27.8%に増大した(The Daily Star, October 16, 2024)。これら若年層の不満がハシナ追放の中心勢力となったと見られる。
BDは、インフラの未整備や汚職の蔓延で経済改革・発展が不充分だった。その背景には、BDが縁故資本主義(crony capitalism)に苛まれたこととも無縁ではない。この用語は、政治家・政党が官僚・資本家などと癒着して国の経済を運営する体制を意味する。いわば、コネの利く資本主義である。
M・M・アカシュ(元ダッカ大学経済学部教授)は、「成長はあったが、雇用を伴わない差別と不正義の成長だった」と指摘した(The Daily Star, September 7, 2024)。この指摘は、BDで縁故資本主義が存続してきたことを意味するだろう。
BDの重要な外交相手国──米国等との関係
ユヌス首席顧問は、2024年12月16日、2025年末から2026年半ばに総選挙を実施すると公言した。具体的な実施時期については、BDの対外関係にも係わる。BDの重要な外交相手国としては、米国、インド、中国、日本などが上げられる。
表1 BDの国別対外貿易等(2023年度)
これらの国々のなかで、当面、最も影響度が高い国が米国であろう。2025年1月には、米国大統領に就任したトランプが、米国第一主義を掲げ、具体的な政策を提示しつつある。
比較的明白な点は、米国の基本的な政治経済構造が縁故資本主義下にあることだろう。The Economist, May 2, 2023が示した主要国43カ国の縁故資本主義度では、首位ロシア、インド10位、米国26位、日本36位となっている。
注目すべき点もある。2024年の米大統領選挙では、大口献金が顕著であり、世界一の大富豪E・マスクがトランプの政治活動委員会に2.5億万米ドルに上る巨額献金をおこなった。
マスクはトランプの盟友であり、政権発足後に新設された「政府効率化省」のトップに就任した。マスクは、米政府の対外援助機関・国際開発局(USAID)の権限縮小を唱えている。具体化されれば、米国の途上国援助が大幅に縮減される。トランプは米国第一主義を唱えており、政府効率化省と裏腹の関係にあるとも見られる。
その結果、BDは、援助だけでなく、投資、融資、同国人ビザ入国規制などで甚大な被害を受ける可能性がある。要するに、今後、米国の縁故資本主義の色彩が一層強まる可能性がある。
BDはどのように対米関係を構築することになりそうか。ユヌスは、2024年11月の大統領選挙で勝利したトランプに祝電を送った。しかし、元々、民主党寄りと目されており、2016年大統領選挙でのトランプ勝利に対して日食であり、暗黒の日々と評したことで知られる。
一方、トランプは、ユヌス率いるBDでのヒンドゥー教徒などの扱いに対する批判が目立っており、インドに配慮した発言のようにも見える。トランプ思考の背景には、インド太平洋、特に中国政策で、日米豪印で構成される「4カ国枠組み」加盟国でもあるインドを戦略的に最大限に利用しようとする思惑もあるだろう。
おそらく、インドは、トランプ政権のインド太平洋政策には諸手を挙げて賛成するだろう。対印貿易・投資、対中バランス政策、インド人に対する就労ビザ問題などを自国に有利にすすめるためである。当面は、対ロ関係にも配慮しつつ、自国に不利にならない米印関係の構築に腐心せざるを得まい。
対米関係を最重要視するインドは、対BD関係を二の次にするかも知れない。BDは2024年8月以降、インドにハシナ送還を要求し、12月にはユヌスが正式に要請した。しかし、その実現可能性は限りなくゼロに近い。
こうした状況にあるBDは、中国との関係強化を図ることも想定される。BDは一帯一路で中国に協力し、アジアインフラ投資銀行にも加盟している。しかし、対米・対印政策の観点からみれば、一方的な中国への傾斜は考えにくい。
BDは地域的な多国間枠組みでは、「ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ」(BIMSTEC)加盟国であるが、この枠組みが順調に発展しているとは言い難い。「南アジア地域協力連合」(SAARC)も休眠状態である。ユヌスが2024年12月にBDの東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟に意欲を示したことは、依拠できる地域枠組みを持たないことを如実に示している。
まとめ
日本はBDと同国の建国以来極めて密接な関係を維持してきた。貿易関係では上位ではないが、二国間ODAでは首位を維持している。BDの2026年LDC卒業を見据えて、日本とBDは2024年3月から経済連携協定の交渉を開始した。日本にとって対印関係は重要である。だからこそ、対印カードという意味合いからも、BD関係との密接な関係構築は不可欠であろう。
(2025年2月12日脱稿)
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The World Bank In Bangladesh, Overview October 17, 2024
(https://www.worldbank.org/en/country/bangladesh)
(ほりもと たけのり/岐阜女子大学)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2025 堀本武功