レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.197 ラオスにおけるLDC卒業の影響(2)──シミュレーション分析から
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- ラオスに加え、カンボジア、バングラデシュがLDCを卒業したときの影響をシミュレーション分析した。
- 平均的には、カンボジアやバングラデシュに比べ、ラオスはLDC卒業の影響をほとんど受けないことが示された。
- シミュレーション結果のように影響を最小化するために、FTA税率の利用を促進していくことが重要である。
2021年11月、ラオスがバングラデシュ、ネパールとともに後発開発途上国(Least Developed Country: LDC)のステータスから卒業することが、国連総会で決議された。これらの国は2026年にLDCのステータスから卒業することが予定されている。これにより、ラオスは輸出時にLDC向けの一般特恵関税制度(GSP)を利用できなくなり、輸出先市場で価格競争力を失う可能性がある。本稿では、アジア経済研究所で開発を行っているシミュレーションモデルを用いて、ラオスがLDC特恵関税率を利用できなくなることで、どれほどの経済的損失を被るのかを分析する。
シミュレーションモデル
経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)は、空間経済学に基づく計算可能な一般均衡(CGE)モデルの一種である。2007年に東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)の支援を受けてアジア経済研究所で開発が開始された。IDE-GSMは関税・非関税障壁も含む様々な貿易コストに焦点を当て、国よりも1つまたは2つ下の行政区画レベルでの分析を行うことができるなどの特長を持つ。
IDE-GSMでは、基本的に2度シミュレーションを行って、各国・各地域別に産業レベルのGDPの差分をとることで、経済効果の分析を行う。まず、現在の状況を再現した「ベースライン・シナリオ」に基づいてシミュレーションを実行し、続いて特定の事態を想定した「比較シナリオ」に基づいてシミュレーションを実行する。将来のある時点で両シナリオのGDPの差分を見ることで、それを特定の事態が引き起こした経済的影響であると考える。
以下のようなシナリオに沿って分析を行う。本稿の関心の中心はラオスに対する影響であるが、ラオスの潜在的競争相手国であり、また同時期にLDCから卒業する、バングラデシュとカンボジアにも注意を払う。ベースライン・シナリオでは、ラオス、バングラデシュ、カンボジアのいずれもLDCを卒業せず、引き続きLDC特恵関税率を使い続ける状況を想定する。
比較シナリオでは、バングラデシュ、ラオスが2027年から、カンボジアは2029年から、LDCの卒業により、輸出時にLDC特恵関税率を利用できなくなる状況を想定する。ただし、途上国向けのGSP税率や自由貿易協定(FTA)税率など、その他の特恵関税率は引き続き利用できる。
分析結果
表1はベースライン(LDC特恵関税利用可能)と比較シナリオ(LDC卒業)を比較して、2030年時点の国別・産業別GDPの差を示す。ラオスに対する影響はほとんどない。縫製業を中心に、カンボジアやバングラデシュが相対的に大きな負の影響を被っているのとは対照的である。
表1 2030年時点における国別・産業別GDPへの影響
こうした結果の違いの主な要因は、バングラデシュでは主要輸出先である欧州連合(EU)向けでLDC特恵税率が使えなくなること、カンボジアでは主要輸出先である米国向けでLDC特恵税率が利用できなくなることによる。ラオスでは、主要な貿易相手である東アジア諸国、東南アジア諸国との間にいくつかのFTA(ATIGA、RCEP、ASEAN+1 FTAなど)が存在しているため、LDC卒業後もFTAによる特恵関税率が引き続き利用可能である。
図1 地域別GDPに与える影響
- (出所)筆者らによる計算
図1は地域別GDPに対する影響を示している。ラオスでは、いずれの地域も影響をほとんど受けないのに対して、カンボジアとバングラデシュでは、どの地域も負の影響を受ける。図2は、地域別の縫製業GDPに対する影響を示したものであり、ラオス、カンボジア、バングラデシュについて、図1と同様の結果が見られる。
図2におけるもう一つの重要な結果として、中国やベトナムといった縫製業の伝統的な輸出国において、正の影響を受けている地域が見られる。これは、ラオス、カンボジア、バングラデシュの3カ国がLDCを卒業し、欧米市場においてLDC特恵税率を利用できなくなることにより、伝統的輸出国の対欧米市場アクセスが相対的に改善することによる。
図2 地域別の縫製業GDPに与える影響
- (出所)筆者らによる計算
おわりに
本稿におけるシミュレーション分析において、ラオスに対する影響が小さいのは、主要貿易相手とFTAを結んでおり、LDC卒業後、利用可能なFTA関税率を必ず利用する、というモデル上の仮定に依拠するところが大きい。したがって、本稿の分析結果のように、LDC卒業に伴う負の影響を最小にするためには、FTA関税率の利用を促していくことが重要である。また、LDC卒業のラオスに対する影響は小さいものの、中国やベトナムといった伝統的な縫製輸出国との競争が再び始まることにも注意が必要である。
謝辞
本稿を作成するにあたり、木村福成所長(アジア経済研究所)より有益なコメントをいただいた。ここに記して謝意を表す。
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2024年 執筆者