レポート・報告書
アジ研ポリシー・ブリーフ
No.195 トランプ2.0──アジアにおける対中輸入の増加
PDF (513KB)
- トランプ2.0では、行き場を失った中国製品が東アジア・東南アジアに流入する。
- 例えば、東南アジア諸国では、中国から「その他の製造業品」の輸入が増加するであろう。
- これにより、アジアでは貿易救済措置がドミノ式に増える可能性がある。
米国の11月の大統領選において、トランプ前大統領とハリス副大統領が対決する。トランプ前大統領は、前政権時(「トランプ1.0」と呼ぶ)に中国製品に対して段階的に追加関税を課した。トランプ前大統領が返り咲いた場合(「トランプ2.0」と呼ぶ)、中国に対する関税率を60%、日本を含む、それ以外の国に対しても10%まで引き上げると公言している。
対中関税率が60%に引き上げられた場合、行き場を失った中国製品がアジアに流入することが予想される。そこで本稿では、東アジア・東南アジア各国において、どのような産業で中国製品が流入してくる可能性が高いかを議論する。60%への関税引き上げが日本企業に与える影響については、アジ研ポリシー・ブリーフNo.193を参照して欲しい。
中国の対米輸出が減少する産業
まず、行き場を失う中国製品を特定する。つまり、中国の対米輸出がとくに減少する産業を特定する。これに関して、次の3つの要素が重要である。①60%に引き上げられることによって、現行税率からどれだけ追加的に関税率が上昇するか、②米国の対世界輸入額に占める中国からの輸入額シェアがどれだけ高いか、③米国の関税率が1%上昇したときに、中国の対米輸出がどれだけ減少するか(弾力性)である。
①と②は上述したアジ研ポリシー・ブリーフNo.193でも考慮した要素であるが、③は本ポリシー・ブリーフで初めて考慮している。①と③を掛けたものが、60%に引き上げられることによって、中国の対米輸出が「何%減少するか」を示すことになる。しかしながら、100%減少するとしても、もともとの対米輸出額がわずかであれば、絶対的な影響は小さいであろう。この点を考慮するために、②も合わせて考えている。
産業は、日本で一般的に使われている分類(海外事業活動基本調査の分類など)で定義し、製造業に限定する。2021年末時点の米国の対中実行関税率と60%の差を、トランプ2.0における追加関税率(%ポイント)とする(つまり①)。World Integrated Trade Solutions および官報をもとに計算する。
また、米国の2021年における、対世界輸入額に占める中国からの輸入額シェア(%)を計算する(つまり②)。これらを米国のHSコードの10桁レベルで計算し、それを中国からの輸入額をウェイトとして用いながら、産業レベルで加重平均を取る(No.193では単純平均を用いていた)。貿易データは、Global Trade Atlasから入手する。
③の弾力性は、トランプ1.0のときの影響を援用する。詳細は省くが、2017年1月から2021年12月における、中国の対米輸出額と米国の対中関税率の関係を計量経済学的に推定する。そしてこの弾力性を産業別に得る。
以上の3要素が、表1に産業別に示されている。例えば飲食料品では、現行税率と60%の差は38%であることがA列に、米国の対中輸入額シェアが39%であることがB列に、米国の対中関税率が1%上昇すると、中国の対米輸出額が2.3%減少することがC列に示されている。これら3要素を掛けたものが、一番右の列に示されており、この数値(の絶対値)が大きい産業で、中国の対米輸出がとくに減少する。そうした産業には石油製品や情報通信機械が含まれ、衣服・繊維製品、化学製品、土石製品、その他の製造業品なども相対的に大きい。
表1.中国の対米輸出に与える影響
東アジア・東南アジアへの中国製品の流入
次に、東アジア・東南アジア各国において、どのような産業の中国製品が流入してくる可能性が高いかを調べる。その際には、2つの要素が重要と考える。第一は、表1で調べたように、中国の対米輸出が大きく減少する産業である。第二は、各国の対中輸入状況である。市場構造や消費者選好の違いなどから、もともと中国製品が流入しにくい場合、影響は小さいであろう。
第一の要因は既に表1で計算されているため、第二の要因を数値化する必要がある。表1の弾力性では米国の対中関税率が中国の対米輸出に与える影響を推定したが、ここでは米国の対中関税率が「東アジア・東南アジア各国の中国からの輸入」に与える影響を推定し、その弾力性を用いる。つまり、トランプ1.0時において、米国の対中関税率が1%上昇したときに、中国からの輸入額が何%増加したかを国別に推定し、産業別の弾力性値を得る。
結果が表2に示されている。列「積」では、参考のために、表1の一番右の列の値を写した。この積の値が大きい産業、すなわちトランプ2.0時に中国の対米輸出がとくに減少する産業を、赤字で示している。これ以外の列は、各国の産業別の弾力性を示しており、統計的に有意でかつ正の値を持つ場合、青くセルを塗っている。例えば、ベトナムでは青いセルが多く、中国による輸出転換の影響を相対的に強く受けている。情報通信機械では、米国の対中関税率が1%上昇すると、中国の対ベトナム輸出が2.0%増加する。一方、日本やインドネシア、シンガポールでは青いセルがなく、このような輸出転換の影響が見られない。
トランプ2.0時に中国からの輸入が拡大する国・産業の組み合わせは、赤字かつ青いセルのペアとなろう。上述のとおり、日本は青いセルを有しないため、トランプ2.0時に中国製品が日本に流入することは少ないと予想される。一方、その他の製造業品において、多くの東南アジア諸国に中国製品が流入するかもしれない。その他にも、マレーシアでは衣服・縫製製品の流入が、ベトナムでは情報通信機械の流入などが起こるであろう。
表2.「中国からの輸入額」の「米国の対中関税率」に対する弾力性
おわりに
本稿では、トランプ2.0時に東アジア・東南アジア各国において、どのような産業で中国からの輸入が急増する可能性があるかを議論してきた。この次に起こりうるシナリオとして、そうした産業においてアンチダンピングなどの貿易救済措置が取られることである。そして、一部の国が貿易救済措置を開始した場合、しわ寄せが他国に及び、それを避けるためにさらに貿易救済措置を発動する国が現れるかもしれない。このように、アジアではドミノ式に貿易救済措置が増える可能性がある。
(はやかわ かずのぶ/バンコク研究センター)
本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません
©2024年 執筆者