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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.191 OECD責任ある企業行動に関する多国籍企業行動指針2023年改訂──拡大するデューディリジェンス

2024年5月15日発行

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  • 2023年改訂により企業に求められる「責任ある企業行動」の範囲は大きく拡大している。
  • 欧米では本改訂によって拡大された事項に関する政策が具体的に展開されている。
  • 日本政府は国際的動向に対応すべくガイドラインの継続的な見直しと日本企業に対するさらなる啓発が求められる。

2023年6月OECD多国籍企業行動指針(以下行動指針)の改訂がOECD閣僚理事会で承認された。2011年に「ビジネスと人権に関する国連指導原則」(以下国連指導原則)に合致すべく人権の章が新設され、企業は自社が引き起こす又は助長する実際の及び潜在的な負の影響を特定し、防止し、緩和するため、リスクに基づいたデューディリジェンス(DD)を実施すべきとの規定が盛り込まれて以来である。今般の改訂は、気候変動への対応や技術・イノベーションにおけるDDの拡大など、責任ある企業行動に対する社会からの期待の拡大、深化を反映している。

拡大するデューディリジェンス

改訂では、2018年に策定された「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」の内容を取り込んでいる。そのため指針のタイトル自体に「責任ある企業行動」が明示された。

改訂のポイントは次の8点である。①気候変動と生物多様性に関する国際目標に沿うよう勧告、②データ収集と利用を含む、技術の開発、資金調達、販売、ライセンス供与、売買および使用に関するDD実施の期待を導入、③自社の製品やサービスの使用に関連する影響や取引関係についてDD実施の期待を導入、④企業行動について懸念を表明する者を含め、脆弱な立場にある人々や集団に対する保護の強化、⑤責任ある企業行動の情報開示に関する勧告の更新、 ⑥汚職にかんするDD実施の拡大、⑦ロビー活動の行動指針への合致の確保を勧告、⑧責任ある企業行動のための各国連絡窓口(NCP: National Contact Point)の可視性、有効性、機能的同等性を確保する手順の強化である。

人権DDが広く普及するなか、その範囲として調達、すなわちサプライチェーンの上流が着目されてきたが、国連指導原則は、バリューチェーン全体におけるDD、すなわちサプライチェーンの下流を含む。本改訂では下流へのDDの適用範囲が明確化された。欧米諸国が改訂を前提として、あるいは自らの政策的意図を改訂に反映させ、責任ある企業行動を具体的に求める施策を展開している例を以下に挙げる。

科学・イノベーション分野におけるDD

旧版では適用外となっていた、科学・イノベーション分野に関してDD実施の期待が明示された意味は大きい。データの収集と利用を含む、技術の開発、資金調達、販売、ライセンス供与、売買、使用に関して、つまり自社の製品やサービスの使用に関連する影響や取引関係についてもDD実施が期待されている。技術やイノベーションが、持続可能な開発、人権、民主主義、気候変動、グローバル市場や労働をめぐる状況に、重大な影響を及ぼすことが強く認識されているためだ。ある種の行為者が民生技術の不正使用のために技術移転からの恩恵を得ようとする状況を特定すべく努めるべきともある。

今年2月27日に米国商務省はカナダに本拠地をおくSandvine社を輸出管理規則にもとづくエンティティリストに加えた。同社がエジプト政府に提供したDPIツールが、情報へのアクセスを阻害する大規模なウェブ監視、センサーシップ、特定の政治活動家や人権活動家の活動をターゲットに悪用され、人権侵害をもたらしたという。人権侵害を引き起こすサベイランス技術の悪用やかかる技術の提供者に対する米国政府の断固たる政策姿勢を示すものという。

ロビー活動の清廉性(integrity)

本改訂で新たに規定されたロビー活動における透明性と清廉性の確保は、ロビー活動が、行動指針が対象とする事項に関する自社のコミットメント及び目標と整合するよう図るべきとする。2月27日アマゾンのロビイストが欧州議会でのロビー活動許可を撤回された。同社は生成AIの規制等に関し欧州議会で盛んにロビー活動を行っていた。許可撤回の理由は同社の倉庫における労働環境に関して、欧州議会からのヒアリングを繰り返し拒否したためである。欧州議会議長に出されていた、インダストリオールやUNIヨーロッパ等の労働組合と市民社会組織連名の要請書によれば、「アマゾンの欧州における規模、リソースおよび存在を鑑みれば、これ(ヒアリング拒否)は企業活動に関する民主的な精査への意図的な妨害である。」本事案は企業のロビー活動自体の透明性と清廉性、すなわち行動指針で期待されている労働者の権利の尊重、人権の尊重との一貫性が求められていることを示している一例といえよう。

報復の禁止

新しく規定された報復の禁止は、企業の事業活動、製品又はサービスに関連する、実際の又は潜在的な負の影響について調査を求めたり、調査を行ったり、懸念を表明するなどした個人又は集団に対し、報復を行うことを慎むとともに、報復が行われないための措置を講じることである。報復には、脅迫、名誉棄損、中傷、ハラスメント、威嚇、監視、そして社会参加を妨げる戦略的訴訟(SLAPP: Strategic Litigation Against Public Participation)等が含まれる。2月27日欧州議会では数年にわたる議論の結果、「社会参加に関わる人々を明らかに根拠を欠くまたは濫用にあたる司法手続から保護する指令」が可決された。基本的権利、汚職の告発、民主主義の保護、偽情報に対する戦いなど公共の利益に関する活動を行う個人及び組織を根拠のない濫訴から保護する目的である。本改訂で新たに挿入される事項について、すでに欧州においては法制化が準備されていたのである。

NCPの機能強化

今般の改訂においては、NCP(National Contact Point)のマンデートの明確化と権限の強化、効果的かつ効率的な個別事例の処理、NCPの機能的同等性の強化、NCPに対するステークホルダーの信頼確保、機能不全のNCP に対するメカニズムの設置・定期的なピアレビューの義務付けが規定された。

世界で現在OECD加盟国38カ国に加え、13カ国が同指針に参加しており、計51カ国にNCPがある。行動指針の不遵守をNCPに提起する個別事例(specific instance)は、OECDによれば2000-2023年間に105の国・地域において650件を超えた。日本NCPでの処理は11件と、英国59件、米国57件、オランダ54件等と比べると極めて少ない。被提起企業が手続を受け入れない点も指摘される。日本政府にはNCPのアウトリーチ強化、日本企業にはNCPの有用なグリーバンスメカニズムとしての活用が望まれる。

インドネシアがOECD加盟交渉開始を表明したり、タイでは同指針への参加およびNCP設立に関する調査が計画されたりしている。本指針は世界各地において実効性がより高まっている。

まとめ

2022年公表の日本政府の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」は、「国際スタンダードの今後の発展等に応じて、本ガイドラインも見直していく」とする。行動指針の2023年改訂に対応するガイドラインのアップデート、さらには企業の具体的行動を促す施策が喫緊に求められる。さもなければグローバル市場で日本企業は、「責任ある企業行動」に立ち遅れてしまうだろう。

(付記:アジア経済研究所は行動指針改訂版の政府仮訳に協力。OECD事務局次長および同責任ある企業行動センター長を招聘し2023年7月に開催した国際シンポジウム「『ビジネスと人権と環境』 デューディリジェンスのさらなる可能性──OECD多国籍企業行動指針の改訂をうけて──」報告書も併せて読まれたい。)

やまだ みわ/新領域研究センター)

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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