ポストMDGsを視野に入れた障害統計の重要性——貧困を削減するために——

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.33

2013年10月23日
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  • MDGsの目標に「障害」は含まれていないが、貧困削減のためには「障害と開発」の研究が不可欠であり、障害包摂的な貧困削減計画(PRSPs)が必要。こうした努力はポストMDGsのアジェンダでも続けられる必要がある。
  • フィリピンの障害者の生計調査において、多くの障害者が貧困線以下で生活していることが明らかになった。しかし、このような統計的証拠に基づいた研究はまだ少なく、今後より良い障害統計を作成していくことが必要。
  • マイクロ・ファイナンスや条件付き現金給付など、実効ある貧困削減のためのツール実現のためにも、障害者の生計データを活用して政策決定していくことが重要。



MDGsの成果達成評価およびポストMDGsの議論において、国連障害者の権利条約が貧困削減のために果たす役割の重要性がこれまで以上に認識されるようになってきている。障害者を開発途上国の最貧困層の中に取り残してしまわないためにはどうしたら良いか、私たちは実効性も実現可能性もある方法を見いださなくてはならない。そのためのより良い政策決定のためには、「障害と開発」の研究が不可欠である。中でも、障害統計は非常に重要な課題である。本報告では、フィリピンで集められた障害生計に関する基礎データを用いることで、障害統計についての研究がどのように貧困削減に貢献しうるのかを例として示しながら、この課題に答え、今後の各国の取り組むべき課題についての展望を提示する。


1. MDGsとポストMDGs
2000年のMDGsの8つの目標には、残念ながら「障害」が含まれていなかった。しかし、世界の多くの国々、特に開発途上国で、障害者は常に貧困の深刻なリスクにさらされている。適切なアクセシビリティの整備を欠いたままでは、彼らの状況は、同じような条件下にいる非障害者と比して、さらに悪いものとなる可能性が高い。

2. 貧困と障害統計
私たちが2008年に行ったフィリピンの障害者の生計調査では、多くの障害者が貧困線以下で生活しているという実情が明らかになった。マニラ首都圏でのデータでは、障害者の貧困率は、40%以上にも上り、これは一般の貧困率の4倍もの深刻な状況であることが分かった(下表参照)。

貧困指標 IDE-PIDS 調査 2008( 障害者) FIES 2006(マニラ首都圏一般)
貧困率(貧困線以下の
人たちの全体に対す
る割合)
40.80% 10.40%
貧困ギャップ比率 30.60% 1.50%
自乗貧困ギャップ比率 27.00% 0.50%
Note: FIES is the abbreviation of the Family Income and Expenditure Survey which was conducted
by the National Statistical Coordination Board in the whole country in 2006.


3. 障害統計の重要性
障害統計のほとんどは、多くの国々では、単に障害(発生)比率だけの状況である。一方、多くの論文や政策提案は、障害と貧困の負の循環について強調し、障害包摂的な貧困削減計画(PRSPs)が必要だとしている。

しかし、アジア経済研究所やノルウェイのSINTEFが南部アフリカ諸国について行ったような統計的証拠に基づいたアプローチによる論文はまだほとんどない。こうした統計的により信頼できるデータがもっと必要であるし、障害の証拠に基づいたアプローチによる障害研究が必要である。

4. 政策決定と統計
政策決定者は、適切な予算を立てるために、データを必要とする。国勢調査での障害発生率は、彼らがどれだけの予算を障害者のエンパワメントに振り向けるかを決定する際に多いに役に立つ。

それのみでなく、マイクロ・ファイナンスのような貧困削減のためのツールがあるが、こうしたものを障害者について適用させるためにどういった利子率を採用すれば良いのか、ターゲット集団として障害者のどのようなグループを想定すれば良いのかについてもデータが必要である。また条件付き現金給付(CCT)を実施するにも、どの地域でどれだけの給付をしたら良いのか、障害者のうち、どの集団をターゲットにしたら良いのかを決定するためにやはりデータが必要である。

これらの貧困削減のためのツールは、障害者の生計についてのデータなしでは、不可能である。国連障害者の権利条約を通じた障害者の貧困削減を実現するためには、次の点が重要であると私たちは考える。

  • 開発専門家、政府担当者、障害当事者団体が協力して、より良い障害統計を作成すること
  • 障害包摂的な開発のため、障害統計データを整備して、これら統計的証拠に基づいた実効性のある貧困削減政策を策定すること
  • コミュニティに根ざしたリハビリテーションなどの施策もこういった統計の収集に役立てると共に、これらで集められた統計が政策に活かされること
  • 障害は、ポストMDGsの重要なターゲットのひとつであることを確認すること


参考文献
  • 森壮也編(2008)『障害と開発 途上国の障害当事者と社会』研究双書567 アジア経済研究所。
  • 森壮也編(2010)『途上国障害者の貧困削減— かれらはどう生計を営んでいるか』岩波書店。
  • 森壮也・山形辰史(2013)『障害と開発の実証分析』勁草書房。
  • MORI Soya and YAMAGATA Tatsufumi(2009) "Measurements to Assess Progress in Rights and Livel ihood of Per sons with Disabi l i t ies: Implications Drawn from the IDE-PIDS Socio- Economic Survey of PWDs,"IDE Discussion Paper No.218(available at http://www.ide.go.jp/English/Publish/Download/Dp/218.html


(もり そうや/開発研究センター主任調査研究員)




本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。