アフリカ投資リスクにどう対応するか?

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.2

平野 克己
2012年8月31日

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近年、日本企業の対アフリカ投資が活発に動いている。資源開発のフロンティアとして、拡大スピードの速い市場として、さまざまな業種でアフリカが注目 されるようになった。日本政府も2008 年に開催したアフリカ開発会議(TICAD IV)において、日本企業による対アフリカ投資が倍増するよう支援していくと のコミットメントを行った。「援助より投資を」という声はアフリカ諸国政府にも強い。

だが、アフリカ投資にはアジア諸国に対する投資とは違って特有のリスクやコストが伴う。インフラが決定的に不足しているにもかかわらず政府の行政力は脆弱で、マラリアやエイズなど感染症の脅威もある。労働力の調達は困難でコストは全般的に高い。 

アジア経済研究所ではTICAD IVでの横浜行動計画に従い、当研究所初の政策経費(政策執行のための予算)の配賦を受けて「対アフリカ投資誘致型実証事業」を立ち上げた。その目的は、アフリカ特有のリスクやコストに対する対処策をみつけだし、その費用対効果を数字で示して「見える」化することであった。アフリカに進出している日本企業数社との協議から始め、具体的諸問題に関して企業側と共同で実証プロジェクトを設計した。それが以下の3 本である。

1. HIV/AIDS労務対策

HIV/AIDSは人類的課題だが、アフリカの地域問題でもある。国連合同エイズ計画(UNAIDS)によれば世界全体で現在およそ3340万人のHIV感染者がいるが、うち7割近くの2240万人はサブサハラ・アフリカに集中している。エイズを発病して死亡する人の75%、140万人はアフリカ人なのである。

HIV感染者数が世界でもっとも多いのが南アフリカで、その数は570万人にものぼり、感染率は成人人口の17%と推定されている。南アフリカは日本のアフリカビジネスの拠点だが、これだけ感染率が高いと従業員のなかにもHIV感染者がかならずいると考えなくてはならない。HIV/AIDS問題への対応を労務対策のなかに組み込んでおかなければ、彼らはやがてエイズを発病して死亡するだろう。実際南アフリカ政府は、企業に被雇用者に対するHIV/AIDS対策を要請しているのである。

われわれは、現地に進出している日本企業のなかで最大の雇用をもつトヨタの現地法人と協力して、HIV/AIDS労務対策に関するプロジェクトを立ち上げた。同社が直面していた問題はHIV検査が思うように捗らないことだったので、従業員におけるHIV検査率の向上を目的としたプロジェクトを設計し、アジア経済研究所が費用を負担して全従業員を対象とした実証実験を行った。その結果、検査率を81%にまで引き上げることに成功し、そのための1人当たり費用を細かく算定して、同社に報告した。

このプロジェクトが収集したデータと分析結果はトヨタの南アフリカ現地法人に伺って報告したが、さらに、トヨタ自動車株式会社の同意をえて当研究所の ウェブサイトで公開している。トヨタは、このプロジェクトの成果が広く共有され日本企業のアフリカ展開に益することを希望している。

2. マラリアとの戦い

世界保健機関(WHO)によれば2010年におけるマラリア罹患者は2億1600万人で、うち81%がアフリカ、マラリアによる死者は65万5000人で、うち91%がアフリカ、死者のうち86%は5歳未満幼児であった。WHO は2015年までにマラリアによる死亡を根絶するという目標を掲げており、そのための対策の中心を長期残効型殺虫剤含有蚊帳(LLIN)の普及においている。われわれは東京大学大学院経済学研究科と協力して、LLINの創始となった住友化学株式会社製「オリセットネット」のアフリカ現場での効果測定を行った。調査対象地はマダガスカルである。

マダガスカルでは、日本の対アフリカ大規模投資のひとつ、住友商事が参画しているニッケルとコバルトの鉱山開発「アンバトビープロジェクト」が展開中だ。鉱山を拓き、搬出路と精錬工場を建設して、輸出のための港湾整備も行うという壮大な開発事業である。完成すると世界のニッケル総生産の4%を占めるようになり、日本の需要の13.6%を賄える規模をもつ。マダガスカルは、1人当たりGDPが500ドルにもとどかない、アフリカのなかでも貧しい国だが、アンバトビープロジェクトが動きだすと輸出が倍以上になる。

これだけの大事業であるから、同プロジェクトは民間ビジネスであることをこえて、マダガスカルの国民経済を左右する公的存在である。CSR(企業の社会的責任)活動もさかんに行われている。マダガスカルではアンバトビープロジェクトが始まってのちにクーデタがおき、現政権はアフリカ内においてすら承認されていない。正統政権をたてるための選挙はいまだ実施されておらず、調停工作も難航している。まさにアフリカのリスクを象徴する事態であり、そこに日本の国益が晒されているのである。このような状況でも事業を遂行していける能力が、いまの日本には必要だ。

われわれはそのアンバトビープロジェクトが展開するマダガスカル北東部を対象に調査を行った。2009年から順次ODAによるLLINの無料配布が始まっ たので、このキャンペーンのインパクトを計測したのである。目的は、住友化学に基礎データを提供することと、住友商事に対してCSR活動のための有益な 情報を提供することであった。現在のマダガスカルのような状況ではCSRがきわめて重要な機能をはたす。政府が機能不全に陥っているなかで事業を安定的に遂行するには、現地の住民の厚い支持が必要になるからである。

調査結果は住友化学、住友商事両社に報告したが、当研究所のウェブサイトでも公開している。オリセットネットは日本が世界に誇る画期的製品である。オリセットネットの開発がなければ国連のマラリア撲滅キャンペーンも日の目をみることはなかったろう。これがアフリカの現地社会でどのような効果をもたらすのかについては、もっとさまざまな調査が行われてしかるべきだとわれわれは考えている。

3. 鉱山周辺コミュニティ調査

もうひとつの調査は、三菱商事が経営するフェロクロム鉱山会社の周辺コミュニティに関するものである。アンバトビープロジェクトがそうであるように、鉱山開発とその安定的経営にはCSRが欠かせない。三菱商事傘下のハーニック・フェロクロム社は周辺の黒人コミュニティに、自社とは別個に雇用機会を創造するよう地方政府から要請されている。そこでわれわれは、そのコミュニティに住む人々の就業状況、所得状況、教育レベル等のプロフィール調査を行った。どのような雇用を創造しうるのか、CSRとしてなにが有効なのかを検討する際の材料を提供することが目的である。調査結果とデータは、近々当研究所ウェブサイトにて公開する予定である。

以上がアジア経済研究所の対アフリカ投資誘致型実証事業の概要である。われわれは、アフリカに進出した企業が直面している問題について官民共同の体制で処方箋をみつけだしていく努力が、投資促進のためには不可欠だと考えている。

(ひらの かつみ/地域研究センター上席主任調査研究員)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。