出版物

ピックアップ

【新刊紹介】『現代中国の農村発展と資源管理――村による集団所有と経営――』

現代中国の農村発展と資源管理――村による集団所有と経営――

山田七絵 著
東京大学出版会
2020年3月発行
ISBN:978-4-13-040292-7
A5判208ページ

内容紹介

中国の農村は広く、そして深い――(序章冒頭より)。


本書は、農村経済や環境資源問題をテーマに研究を重ねてきた著者が、現代中国の農村社会を特徴づける「村」制度に注目して、その役割を評価する試みである。中国の農村は、その地理的な広がりや抱える人口のわりにわからないことが多く、研究対象としてはまさに奥が深い。本書は、なかでも多様な様相をもつ集団所有資源の管理手法に焦点を当て、農村開発の局面で「村」が果たす役割を明らかにする。


そもそも中国の「村」は、日本のそれとは位置づけが大きく異なる。中国の「村」は公的な行政機構の枠外にあり、政府と農村住民をつなぐ住民自治組織として存在しているにすぎない。あくまで自治組織のため、末端インフラの整備といった役割がありながらも財政上の徴税権はなく、最低限の財源は自ら確保しなければならないのだ(第1章)。


そこで重要となってくるのが、おのおのの「村」が所有する資源(資産)である。中国の「村」における土地や水利施設などの資源は、私有ではなく集団所有であり、「村」がその所有主体となっている。彼らはこの集団所有資産を経営することで収入を得ており、著者によれば中国の村は「擬似企業体」のような性格を有している。そして村の浮沈は、経営者たる村のリーダーの手腕にかかってくるという。


著者は、村ごとの多様な集団所有資源の管理方法に着目することによって、中国農村の全体像を描き出す。条件の異なる地域を選ぶため調査地は広きにわたり、北は寒冷で乾燥した華北平原の北京市や山東省、東は温暖で湿潤な長江デルタの江蘇省(第3章)、南は大規模農業の導入事例として浙江省(第5章)、西は水資源の乏しい地域の典型として甘粛省(第6章)にまで達した。調査期間は2009年から2017年に及ぶ。ちなみに本書中の写真はすべて著者自身の撮影によるもので、クリアかつ丁寧な現地の姿は本書の魅力のひとつとなっている。


なお近年、中国政府は「三農問題」に代表される都市と農村との所得格差の解消に力を入れており、農業産業化、新農村建設などの農村保護的な政策に舵を切ってきた(第2章)。これにより住民参加型の新たな開発組織も登場しており、本書では「農民専業合作社」とよばれる協同組合型の組織や、利益分配の公平性を担保するために生み出された「土地株式合作制」といった新たな動きについても触れられている(第4章)。


ところで、著者が中国の「村」に関心を寄せるきっかけは何だったのか。発刊に寄せるインタビューのなかで、著者は教科書的な固定観念への疑問、もしくは違和感があったと回顧している。なにしろ、中国には開発経済学の教科書に出てくるような地縁性の強い「地域コミュニティ」がない。唯一、資源を共にする機械的な集団としての「村」があるだけだ。これを理解する過程で、それまでの開発経済学の範疇を越え、社会学や歴史学といった新たな分野に踏み込んでいく新鮮味があった、と振りかえっている。


そうした探求の結果として、本書は現代中国の「村」をめぐる悲観論にも一石を投じている。悲観論のひとつに「村」機能の弱体化による公共サービスの低下があるが、これに対して著者は、集団所有資源をうまく活用している村は十分な雇用機会と公共サービスを提供できていると主張する。また、集団所有資源が大きいほど住民のまとまりが強いという通説に対しては、資源に乏しい内陸地域での調査結果を示しながら、農業水利の維持といった共通の目標があれば組織的な合意形成は可能だと応じてみせる。さらに、集団所有制のもとでは意思決定のスピードが速く、資源の流動性という観点でみれば私有制社会よりもメリットがあるとする好意的な見方も示している。


中国の農村社会は、いまも変革のさなかにある。そしてそのような地域で開発を行う際には、社会的単位と資源の分布構造の関係を正しく理解する必要があるということを本書は示してくれる。「村」と「資源」との結びつきとその強弱、重なり、歴史といったさまざまな要素を丹念にみていくことが中国の農村社会を理解するためのコツであり、今後の農村開発のポイントとなりそうだ。本書は、その理解を進めるための有力な一助となるだろう。


(池上健慈 アジア経済研究所学術情報センター成果出版課)

主要目次

序  章 中国の村――歴史の遺物か、独自の開発モデルか
第1章 中国の村とはなにか――共有資源と組織化の原理
第2章 農村改革と基層社会の変化――「自力更生」から「城郷発展一体化」へ
第3章 地域社会の特徴と資源管理の仕組み――華北平原と長江デルタの比較
第4章 利益分配をめぐる制度革新――土地株式合作制の導入と所有制改革
第5章 新しい農業経営モデルの発展と村の役割――効率性と公共性のはざまで
第6章 条件不利地域における村の発展戦略――西北オアシス灌漑農業地域の事例
終  章 村はどこへ行くのか――悲観論を超えて

関連するページ