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海外研究員レポート

台湾における外交史料の公開の現状――外交史を見る視点の多様化の重要性――

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049943

2010年12月

アジアにおいて、長年未公開のままであった外交史料が徐々に公開されつつある。台湾もそのような潮流の例外ではない。それによって、たとえば、かつての冷戦時代に、米国の大統領や政府高官と、蔣介石との交渉の模様が、米国側の視点からではなく、台湾側の視点からも把握できるようになってきたのである。

従来、アジアをめぐる外交史の軌跡を辿るためには、米国外交文書史料集(FRUS:Foreign Relations of the United States)に多くを依拠せざるを得ない状況にあった。なぜならば、外交史の編纂・公開の面においては、従来、米国が圧倒的に先駆的な役割を果たしてきたからある。だがよくよく考えてみると、米国が編纂・公開した歴史が本当に「正しい歴史」か否かということはまた別の問題である。もちろん、米国の歴史に対する従来の情報公開の実績は高く評価されるべきものであろう。しかし、米国によって編纂・公開された歴史は、同国の都合によって、選択的に加工され得るものであるということを認識しておくのは重要ではないだろうか。さらに極端に言えば、歴史の編纂・公開の作業とは、ある種の「主観的」なものであり、編纂・公開する側の事情によって書き変えられる可能性さえあることを常に銘記すべきではないか。このような傾向は必ずしも米国だけに当てはまるものではない。

以上を踏まえれば、外交史はできるだけ多様な視点から検証されることが重要である。最近、外交史研究において、いわゆる「マルチ・アーカイブ・リサーチ」、すなわち、複数の国や地域のアーカイブにおいて史料調査を行うことの重要性が高まっているのはこうした背景もあると言えよう。その意味においても、台湾における外交史料の公開の潮流は非常に意義深いと言えよう。

台湾における外交史料の公開状況を包括的に知るためのひとつの「歴史の扉」として有用なのが、台湾政府下の檔案管理局(National Archives Administration)が2009年に運営を開始した「檔案資源整合査詢平台」(ACROSS:Archives Cross boundaries)というウェブサイトである。同ウェブサイト上の検索エンジン(「整合査詢」)にキーワードを入力することによって、台湾における歴史史料の所蔵状況・場所等の現状を横断的に把握することができる。

台湾における歴史史料を所蔵する機関は中央政府、地方政府や、大学・研究機関、民間機関、個人等さまざまである。外交史料の関連のアーカイブに関して言えば、中央政府や政府関連機関などの史料については、国史館、中央研究院近代史研究所付属檔案館、中国国民党中央委員会党史委員会党史館等の利用が可能である。

国史館(Academia Historica)は中国歴代の国史を編纂する機関である。その起源は南北朝時代に遡り、北京、重慶、南京、広州等と中国の歴史の変遷とともに場所を移してきており、現在は台北市に位置する総統府の裏手の交通部跡地に「総統副総統文物館」として、新たに博物館も開設した。国史館は長らく台北郊外南方の台北県新店市において歴史史料の一般公開業務を行ってきており、現在も「新店館」として歴史編纂事業や一部の現物史料の公開業務を続けてはいるものの、2010年秋に国史館「台北館」としてその機能を大幅に移転して、博物館の併設とともに史料のデジタル閲覧室(数位資源閲覧室)を一般開放している。これによって、国史館所蔵史料へのアクセスが格段に便利になったのは外交史家にとっても大変な朗報である。国史館は歴代の総統・副総統や、中華民国政府の外交部に関する史料をはじめとして、写真、視聴覚資料、マイクロフィルム等の貴重な史料を数多く所蔵している。国史館所蔵史料は次々とデジタル化が進み、公開されていることから、世界各国の歴史家の注目を集めている。

台湾における総統府直属の学術研究機関である中央研究院には、数多くの研究所の付属図書館や檔案館が併設されているが、とりわけ同研究院近代史研究所付属の檔案館(The Archives, Institute of Modern History, Academia Sinica)は貴重な近現代史史料を数多く所蔵している。同檔案館は、中華民国政府の経済部、外交部関係の史料をはじめとして、希少な古地図等を多数所蔵していることでも知られている。同檔案館の所蔵史料については、近代史研究所によって『中国近代史史料彙編』、『経済檔案函目彙編』、『外交檔案目録彙編』等の目録が既に出版されている。所蔵史料の現物は収蔵庫のなかに厳重に保存され、その多くは既にデジタル化されており、檔案館のPC画面上での閲覧が可能である。なお、近年の台北市内の地下鉄(MRT)や南港地区の交通整備にともない、中央研究院への交通の利便性が大幅に改善されたことによって、同檔案館へのアクセスもより一層向上した。

中国国民党中央委員会党史委員会党史館は、かつては台北市北部の陽明山のふもとにある蔣介石の別荘地の陽明書屋において国民党の党史関連史料の保存・管理を行ってきた。業務が一時停止された時期もあったものの、現在は台北市内中心部に党史館を構えて史料を公開している。同党史館には、国民党中央委員会常務委員会の議事録をはじめとして、国民党内部の政策決定過程をうかがい知ることのできる史料や関連文書が多数所蔵されている。戦前の史料はデジタル化が進んでいるが、戦後の史料の大部分は未整備のため、目録に基づいて申請を行った後、史料の現物を手に取って閲覧するようになっている。国民党のもとで同党史館は、蔣介石の親族が『蔣介石日記』の管理を委託したスタンフォード大学フーバー研究所(Hoover Institute, Stanford University)との共同プロジェクトを通じて、党史の編纂作業を続けるとともに、一部の史料をマイクロフィルム化してフーバー研究所に寄託している。

以上のような台湾における外交史料の公開は、いままさに「現在進行形」にある。今後、これらの史料ができるだけ多くの人々の目に触れることによって、新たな視点からの歴史の再検証が進むことを強く望んでいる。

関連リンク:


参考文献(出版年順):


  • 「台湾における台湾史研究」若林正丈監修、財団法人交流協会出版、1996。
  • 「台湾における史料公開状況」川島真『近代中国研究彙報』19号、1997。
  • 「台湾の檔案資料」伊藤えりか『アジ研ワールド・トレンド』No.114、2005。
  • 「東アジアにおける行政文書公開の現状と課題」川島真・清水敏行・寺田英司・魚住弘久、2007。