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92歳のマハティール氏がなぜ次期首相候補なのか(前編)

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050351

2018年4月

政権奪取をめざすマハティール氏

マレーシアの連邦議会が4月7日に解散した。立候補届出は4月28日、投開票は5月9日に行われることに決まった。

マレーシアでは、1957年の独立以来13回の総選挙が行われたが、政権交代は一度もおきていない。統一マレー人国民組織(UMNO)などからなる政党連合の国民戦線(1972年までの名称は連盟党)が、与党連合として君臨してきた。UMNOの党首が歴代首相を務めており、日本でもよく知られるマハティール・モハマド元首相(1981年~2003年在任)は第4代首相にあたる。

そのマハティール氏が次の選挙で野党連合を率いることになり、世界的に注目されている。マハティール氏は1925年生まれで、現在92歳である。公式の誕生日は12月20日だが、実際に生まれたのは7月10日であり、あと3カ月で満93歳になる。同年生まれの政治家に、イギリスのマーガレット・サッチャー元首相、韓国の金大中元大統領、日本の野中広務元内閣官房長官がいる。3人ともすでに亡くなったが、マハティール氏は野党連合である希望連盟の「次期首相候補」である。

92歳のマハティール氏がなぜいま野党を率い、政権奪取をめざすことになったのか。これまでの経緯を振り返る。

写真:退任前、最後の国連総会演説に臨むマハティール氏(2003年)

退任前、最後の国連総会演説に臨むマハティール氏(2003年)
退任後は守旧派の党長老

もともと、ナジブ・ラザク現首相とマハティール氏の関係は悪くなかった。むしろマハティール氏は、ナジブ氏の首相就任を早めるのに一役買っていた。

マハティール氏は、首相の座を退いたあと、後継者のアブドラ・アフマド・バダウィ氏と政策をめぐって激しく対立した。マハティール政権下で発案された、シンガポールとマレーシアをつなぐ橋梁の建設計画を破棄するなど、アブドラ政権が自身の意に反する政策を打ち出したためである。2008年の第12回総選挙で与党連合が多数の議席を失うと、マハティール氏はUMNO党員に対して首相辞任を要求するよう呼びかけて党内の不満を煽り、アブドラ氏が早期退任に追い込まれるきっかけをつくった。アブドラ氏の後を継いだのがナジブ現首相である。

2009年に発足した第1次ナジブ政権は、前年の選挙で都市中間層、とりわけ中国系市民の与党離れが顕著だったことを踏まえ、ブミプトラ政策の思い切った見直しと抑圧的な法制度の改革に乗り出した。

するとマハティール氏は、ブミプトラ政策や治安維持関連法規の改廃に反対の意思を表明した。2013年の第13回総選挙で与党連合が議席回復に失敗すると、「ナジブはアブドラに劣る」と述べて政権批判を強める。2014年の8月には、もはや政府を信頼していないと述べるに至ったが、その理由として具体的にあげたのは、人権抑圧的な法律として悪名の高かった国内治安法をナジブ政権が廃止したことだった。

つまり首相退任後のマハティール氏は、守旧派の党長老として、従来の政策や統治手法を改革しようとする動きに反対し、現職の首相と対立してきたのである。1980年代前半に副首相を務めたヒサ・ヒタム氏は、マハティール氏のこうした行動を、皮肉を込めて「首相退任後症候群」と呼んでいる。

権力闘争に敗れて離党

当初マハティール氏は、ナジブ首相を批判しても党は批判しないという立場だった。2015年4月にはナジブ首相の辞任を公然と求めるようになったが、「ナジブのままでは選挙に勝てない」と述べ、与党を守るために首相を替えるべきだと主張していた。そこから離党、新党結成、選挙での対決とエスカレートしていく転機になったのが、政府系投資会社であるワン・マレーシア開発公社(1MDB)にかかわる横領疑惑とナジブ首相への巨額献金の発覚である。

1MDBは、2009年に設立された100%政府出資の投資会社であり、ナジブ首相が経営諮問委員会の委員長を務めていた。ところが乱脈経営によって、1MDBは2014年3月時点で420億リンギ(現在のレートで1.16兆円)の負債を抱えるに至る。さらには外国メディアの報道により、ナジブ首相の妻や子と親密な関係にある青年実業家ロウ・テックジョー氏の企業などを通じて、1MDBの資金が横領された疑惑が発覚した。

2015年3月、政府は債務不履行危機に陥った1MDBに資金を提供する救済策をとったが、この決定にはムヒディン・ヤシン副首相とシャフィ・アプダル農村・地方開発相が公然と反対した。一方、司法長官府と警察、汚職取締委員会は、合同タスクフォースを設置して(後に中銀も参加)、疑惑の捜査を始める。同年7月、総額6.8億ドルあまりの現金がナジブ首相個人の口座に振り込まれていたことがこの捜査によって発覚したと、アメリカの「ウォール・ストリート・ジャーナル」が報じた。

この報道を受けて、政府・与党内の権力闘争が一気に激化する。ムヒディン副首相やシャフィ農村・地方開発相、マハティール元首相の三男でクダ州首相のムクリズ・マハティール氏らが首相に説明を求めた。これに対し、ナジブ首相はなりふり構わぬ反撃にでる。巨額献金発覚の3週間後、内閣改造を断行してムヒディンとシャフィを更迭し、腹心のアフマド・ザヒド・ハミディ内相を副首相に据えた。同時に、当時の司法長官を退任に追い込み、捜査にあたっていた4機関の合同タスクフォースを解散させている。

新たに就任したモハムド・アパンディ・アリ司法長官は、翌2016年1月に捜査結果を発表、6.8億ドルはサウジアラビアの王族からの個人献金であり違法性はないと断定して捜査の終結を宣言した。同じ月、クダ州のUMNO組織でムクリズ州首相の退任を求める声があがり、2月3日にムクリズは辞任に追い込まれた。こうして党内権力闘争に敗れたマハティール氏は、同月末にUMNOを離党する。

ナジブ首相にとって1MDBにまつわる疑惑は、自身の政治生命を左右する重大な問題であったに違いない。だからこそ首相は、この問題で自身の責任を追及しようとする人物をなりふり構わず徹底的にパージしたのだろう。マハティール氏は、当初は自分の意に沿わない政策を実行したという理由でナジブ首相を批判し始めたが、1MDB問題に手を出したために激しい権力闘争となり、敗れて党を追われた。この結果は、最初から意図したものではなかったはずだ。

かつての政敵と組んで選挙へ

しかしマハティール氏は、権力闘争に敗れたからといってすぐに降参するような人物ではない。ナジブ政権打倒こそが最重要目標になり、そのためなら手段を選ばなくなった。かつての政敵である民主行動党(DAP)、人民公正党(PKR)、国民信託党(Amanah)の指導者らとともに、ナジブ首相退陣を求める署名を集めて国王に請願したほか、2016年9月に自ら発起人となって新党・マレーシア統一プリブミ党(PPBM)を結成し、「会長」に就任した(党首はムヒディン前副首相)。ナジブ政権を倒すため、かつて自身が率いた国民戦線体制の打倒に向けて動き始めたのである。

PPBMは、主要3野党が構成する希望連盟との協力を模索し、2017年3月に希望連盟への加盟を果たす。同年7月、希望連盟は政党連合としての指導部を発表、マハティール氏が「会長」、PKR顧問で服役中のアンワル・イブラヒム元副首相が「事実上の指導者」、ワン・アジザ・ワン・イスマイルPKR党首(アンワル氏の妻)が「総裁」にそれぞれ就任した。そして連邦議会の任期満了を半年後に控えた2018年1月、希望連盟の指導部はマハティール氏を同連盟の首相候補にすることを決めた。

たとえていうなら、今回の選挙はマハティール首相にとってナジブ政権との「戦争」のクライマックスである。戦争は政治目的達成のための手段として企図されるが、いったん始まると相手を屈服させることが何より重要な目標になる。与党長老としてのマハティール氏には、自らのレガシーとして守りたい政策や事業があった。そのために党内権力闘争を仕掛けたが、これに敗れてしまったため、いまでは総選挙こそが反撃のための最大のチャンスになっている。この機会を活かすために、政策志向やイデオロギーの違いは棚上げして、かつての政敵と手を結ぶ戦術をとったのだと考えられる。

では、マハティール氏とは政策志向を異にし、マハティール政権下で投獄されたことさえあるDAPやPKRの指導者たちは、なぜ今回マハティール氏を受け入れ、次期首相候補として前面に打ち出すことになったのか。後編ではこの点を検討したい。

(4月11日脱稿)

セミナー開催のお知らせ

来る2018年4月17日(火曜)、「総選挙を控えたマレーシアの政治経済情勢」と題したセミナーを開催します。時間は14時から16時45分、場所は東京・赤坂のジェトロ本部です。プログラム内容、参加費等については、下記のページをご参照ください。
http://www.ide.go.jp/Japanese/Event/Seminar/180417.html

著者プロフィール

中村正志(なかむらまさし)。ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター東南アジアI研究グループ長。博士(法学)。専門は比較政治学、マレーシア現代政治。おもな著作に、『パワーシェアリング――多民族国家マレーシアの経験』東京大学出版会(2015年)、『ポスト・マハティール時代のマレーシア――政治と経済はどう変わったか』(共編著)ジェトロ・アジア経済研究所(2018年)など。

書籍:パワーシェアリング

書籍:研究双書

写真の出典
退任前、最後の国連総会演説に臨むマハティール氏(2003年)
By en:User:Syrenn ([1]) [Public domain], via Wikimedia Commons.