イベント・セミナー情報

開催報告

国際シンポジウム「『グローバルサウス』の新興国と世界秩序の再編」

2024年3月に国際シンポジウム「『グローバルサウス』の新興国と世界秩序の再編」を開催しました。このページでは、シンポジウムでの基調講演やパネル・ディスカッションの動画を公開しています。ぜひご覧ください。

シンポジウムの概要

開催日時:2024年3月6日(木曜)14:00~16:50
会場:世界銀行東京開発ラーニングセンター
主催:ジェトロ・アジア経済研究所 世界銀行 朝日新聞

プログラム

開会挨拶
  • 米山 泰揚 氏(世界銀行 駐日特別代表)
  • 坂尻 顕吾 氏(朝日新聞 ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長)

趣旨説明

  • 村山 真弓(ジェトロ・アジア経済研究所 理事)

基調講演I 「インドの台頭と世界秩序への影響」

  • ハーシュ・パント 氏(ロンドン大学キングス・カレッジ 教授、オブザーバー・リサーチ財団 副代表)

基調講演II「世界の開発援助において拡大する新興国の役割」

  • 西尾 昭彦 氏(世界銀行 開発金融総局担当副総裁)

パネル・ディスカッション

  • モデレーター:佐藤 千鶴子(ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター/研究推進部 主任調査研究員)

【パネリスト】

  • ハーシュ・パント 氏
  • 西尾 昭彦 氏
  • 「アジアの経済変革―半世紀の道のり」
    リリ・ヤン・イン 氏(東アジア・アセアン経済研究センター 東南アジア地域主任顧問、国際経済学会連合 事務局長)
  • 「アフリカ、グローバルサウス、国際秩序」
    武内 進一 氏(東京外国語大学 現代アフリカ地域研究センター センター長/教授)
  • 「ブラジルは戻ってきた―返り咲いたルーラ大統領の外交」
    近田 亮平(ジェトロ・アジア経済研究所 地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ 研究グループ長)
  • 「グローバルサウスに対する中国の開発協力」
    北野 尚宏 氏(早稲田大学理工学術院 教授)

閉会挨拶

  • 深尾 京司(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)

基調講演I 「インドの台頭と世界秩序への影響」

ハーシュ・パント 氏(ロンドン大学キングス・カレッジ 教授、オブザーバー・リサーチ財団 副代表)

インドは長い間、潜在力が実現されていない国とみなされていたが、近年、インドに関する認識は変化した。グローバルな秩序とインドの両方が変化したことで、インドが国際的な舞台で活躍するスペースが生まれた。インドの政策担当者はこの状況を利用して、戦略的な自律性を高め、さらなる経済発展を進めるため、志を同じくする国(like-minded countries)とのパートナーシップを数多く結んできている。特に、インドが中心に位置するインド太平洋地域の戦略的重要性を掲げ、西側、東南アジア、中東諸国とのさまざまな多国間の枠組みを形成している。

かつてインド外交の主要問題はパキスタンとの関係にあったが、今日では中国が中心的位置を占めている。中国との摩擦は経済依存、国境紛争、民主主義体制、情報操作など多岐にわたる。中国の台頭に対応するためには、外交交渉だけでは不十分であるとの認識から、インドは南アジア地域でのパートナーシップを強化してきた。中国に対抗し、インドの経済発展を進めるために、インドは西側諸国からの支援も必要としている。インドの外交政策は、かつての非同盟主義から多同盟主義(multi-alignment)へと変化した。

グローバルな秩序は変化しており、グローバルサウスが多国間のプラットフォームで勢いを増している。インドは、G20などの場を通じて、グローバルな秩序形成への関与を強化することを望んでいる。インドは、グローバルな秩序を混乱させるのではなく、責任あるステークホルダーとなること、そして多極化するグローバル秩序のなかでグローバルサウスの代表として、グローバルサウスの国々にとって重要な事柄を主張する声となることを望んでいる。

基調講演II 「世界の開発援助において拡大する新興国の役割」

西尾 昭彦 氏(世界銀行 開発金融総局担当副総裁)

近年は、対内・対外直接投資において新興国、途上国の存在感が拡大しているだけでなく、開発金融においても、中国、インド、サウジアラビアのような新興国が上位の援助融資国として名を連ねるようになっている。同時に、これらの国々は、世界の様々な分野において国際会議を主催したり、グローバル・エイド・アーキテクチャーの枠組み作りの一翼を担い、発言力を高めている。

新興ドナーの台頭による開発資金の増加は途上国にとっては朗報だが、グローバル・エイド・アーキテクチャーにおける懸念を増長する面も持ち合わせる。近年、開発金融においては、ドナー国やドナー事業体の増殖の問題、より少額なドナー資金によるプロジェクトが増えている細分化の問題、公的な資金フローが援助受入国の政府を迂回する問題、そして使途やテーマが限定され、レバレッジが欠如した垂直型プラットフォームへの公的資金の流入増の問題といった、4つのメガトレンドが見受けられる。

これらのグローバル・エイド・アーキテクチャーにおける懸念点に対処し、途上国が伝統ドナーと新興ドナーからの増加する公的資金の恩恵を享受できるよう、具体的な対策が求められる。伝統ドナーおよび新興ドナーを含めた59のドナーが、レバレッジを効かせることでより多くの資金枠を75の貧困国向けに確保し、資金の90%以上を途上国政府経由で提供する、貧困国向けとしては世界最大の基金であるIDA(国際開発協会)は、これらの問題に対処するための重要な役割を担っている。

パネル・ディスカッションおよび質疑応答

リリ・ヤン・イン 氏 「アジアの経済変革―半世紀の道のり」

1970年から2022年に至る50年間のグローバル経済の変化は、①名目GDP、②貿易、③製造業の付加価値といういずれの指標をみても、G7諸国の世界全体に占めるシェアの減少、そしてインド、韓国、インドネシア、タイなど途上国が占めるシェアの増加によって特徴づけられる。ただし、後者の国々のシェアはいずれも3%以下の水準にとどまっている。中国は、2001年にWTOに加盟して以降、貿易と製造業の付加価値に占めるシェアが急増した。  

アジア諸国がさらなる経済発展を実現するうえでの課題は2つある。ひとつは米中対立の激化と各国における保護主義の増加、もうひとつはアジア諸国がいかに付加価値を高められるかである。インドネシアやマレーシアの輸出品は今日でも一次産品が中心で、バングラデシュやネパールは安価な労働者の供給源であり続けている。アジア諸国には、貿易や投資のつながりのさらなる深化、貿易・投資環境の改善、デジタル技術の活用、あらゆる面での持続可能性の追求が必要である。

武内 進一 氏 「アフリカ、グローバルサウス、国際秩序」

アフリカは経済的には脆弱だが、国の数が多いため、国連総会などでの存在感がある。グローバルサウスが多様性を含んだ存在であるのと同じく、アフリカも政治体制や所得水準において多様な国々からなる。ロシアのウクライナ侵攻に対する国連決議での投票行動を見ても、アフリカ諸国の対応は多様である。南アフリカなど、民主主義体制をとる国のなかにもすべての決議を棄権した国がある。  

アフリカ諸国が一丸となって行動できる問題は、反植民地主義など、歴史とかかわる問題に限定されている。だが、反植民地主義運動の記憶が存在する限り、アフリカは西側主導の国際秩序に対して潜在的に批判的な立場をとりうる。アフリカにとってのグローバルサウスは、自分たちの主張の「拡声器」である。一丸となれる主張ではこの枠組みを利用するが、他方でLGBTQなどアフリカ諸国が一丸となれない問題も多い。われわれが考えるべき問いは、多極化や分極化が進む中でどのような国際秩序を作るか、公正な国際秩序をいかに作っていくかということである。

近田 亮平 「ブラジルは戻ってきた―返り咲いたルーラ大統領の外交」

貧困層出身のたたき上げの左派であるブラジルのルーラ大統領は、ラテンアメリカ諸国を基盤とする同盟やBRICS、IBSA(インド、ブラジル、南アフリカ)といった枠組みを重視してきた。ブラジルは21世紀初頭の最初の10年間にルーラのもとで経済成長とともに貧困削減を実現し、その目覚ましい発展は「新しいブラジル」と呼ばれた。だが2010年代半ばになると、政治経済社会的な混迷度が深まり、2018年には右派のボルソナロが大統領選で当選した。

2023年に3度目の大統領へ返り咲いたルーラは、「ブラジルは戻ってきた」と国内外で盛んにアピールした。ブラジルは本当に戻ってきたのか?経済面では、GDPが世界で9位に上昇するなど回復基調にある。世論調査の政府支持率にも、「新しいブラジル」の時と同じ傾向がみられる。ルーラは「民主主義擁護」を掲げて選挙に勝利したが、紛争を契機とした世界情勢の変化のなかで、必ずしも西側諸国寄りの外交を展開しているわけではなく、ベネズエラの独裁政権を擁護するなど、国内世論の分極化を進めるような言動がみられる。

北野 尚宏 氏 「グローバルサウスに対する中国の開発協力」

国際開発協力アーキテクチャにおいて、中国は、インドなどと並び、援助を受けながら、途上国に援助を供与する国となっている。中国の開発協力の重要な枠組みが「一帯一路」国際協力フォーラム(BRF)であるが、被援助国の債務問題が表面化したことで、中国は質の高いBRFの展開へとシフトしてきている。さらに中国は、2021年9月の国連総会で提唱されたグローバル開発イニシアティブ(GDI)にも、国家国際発展協力署(CIDCA)を通じて積極的に関与していこうとしている。ただし、中国経済の停滞により、2019年以降、中国の対外援助の総額は、コロナ対策を除くとそれほど増えてはいない。   

途上国側は中国とどのように付き合っていこうとしているのか。ラオスの事例ではプロジェクトの立案と実施段階で被援助国の主体性が異なること、フィリピンの事例では国内政治と地政学的配慮に基づき中国との関係が形成されていることが明らかになっている。途上国が中国をどのように主体的に活用していくのか、中国がいかに援助を増額できるか、そして中国がどれだけ途上国に寄り添った形で融資の条件を決められるかが、今後の中国の開発援助の注目点である。

ディスカッションおよび質疑応答

モデレーター:グローバルサウスは定義があいまいで、多様性に満ちた存在であるという報告だったが、それを踏まえたうえでパネリストの皆さんにあえてお伺いする。グローバルサウスという枠組みは、ひとつのまとまりとして存在感を示しうるのか。どういった国々がリーダーシップをとろうとするのか。国際的なプラットフォームにおいて何を主張するために、グローバルサウスの国々はこの言葉を用いるのか。

パント:グローバルサウスというコンセプトにはいろいろな異論がある。グローバルサウスに注目が集まっているのは、現在のグローバルなガバナンス構造が世界の課題に応えきれていないからである。大国間の対立が激化するなかで、そこから取り残されている感を持っている国が増加している。そういった国々から見れば、自分たちが気にしている問題がグローバル・ガバナンスのアジェンダにいってほしい、という願いがある。たとえば、ロシアは多くの問題を特にウクライナとヨーロッパにもたらしたが、現在の世界の問題はそれだけではない。途上国は、食料、債務、経済開発全般などさまざまな課題を抱えている。そういったなかでグローバルなナラティブを形成するのは誰なのか、といった視点から物事をとらえる必要がある。グローバルなアジェンダを再編して、新たな角度からさまざまな問題をとらえなおす必要がある、ということだ。  

誰がグローバルサウスのリーダーシップをとるのかについてはいろんな議論がある。インドの視点から述べると、インドはG20の議長国に就任する前に「グローバルサウスの声サミット」を主催した。インドの政策当局の考え方としては、議長国を務めるにあたり、どういうイシューについて取り上げてほしいのかグローバルサウスの意見をまずは聞いておきたいというのがあった。そういったさまざまな声は、G20のコミュニケのなかにも最終的に入れられた。ただ、グローバルサウスのなかでリーダーシップを発揮しようとする国が複数出てきて、たとえば中国やインドが必ずしも仲の良くないライバルになる場合、それがグローバルサウス全体にとってどういう意味を持つのかは、興味深い問題だ。

西尾:今の世界は冷戦時代の二極分解ではなく、多極分解し、混とんとしている。そういう現在の世界を反映した形で出てきた国のグループのあり方がグローバルサウスである。グローバルサウスはこれから何を主張していくのか?最初に思いつくのは、気候変動の話だ。去年12月のCOP28において、グローバルサウスは気候変動により被ったダメージをどのように補償してもらうかについて主張した。気候変動は、先進国が長い間、作ってきたものであるから、それに対する賠償を要求する権利がある、と。結局、先進国側もその要求をおおむね飲む形になった。損失・損害基金(Loss and Damage Fund)への先進国側からの寄付は始まっており、すでに6億ドル集まっている。グローバルサウスにとっては、これは話にならないような小さな数字なので、この数十倍、数百倍の数字をグローバルサウスとして声高に要求してくることになるだろう。

イン:個人的には明確な定義のないグローバルサウス、グローバルノースという言葉は好まない。むしろ、一人当たりの所得などの経済指標を用いた方が、この塊をよりよく定義できる。ポイントが2点。第一に、覇権国が存在しない今の多極の世界では、ミドルパワーや途上国の声やニーズに耳を傾ける必要があるということ。第二に、誰がメガパワーなのかという問題ではなく、気候変動、格差の拡大、ロボットとAIなど、グローバルサウスの見解が軽視されてきた多くの重要な問題について、アメリカ、中国、ヨーロッパ、その他のミドルパワーの国々が集まって、グローバルなレベルで対応策を検討する必要がある、ということだ。

武内:グローバル・ガバナンスのアジェンダ再考が求められているという点に同意する。グローバルサウスという実体のない概念を使ってリーダーシップ争いが起こっていると言えるが、その理由はこの言葉がある種の正統性を与えるからだ。グローバルサウスの地理的範囲は非常に多様で、もともとまとまれる要素は非常に限られている。仮にまとまれるとするならば、たとえば過去の植民地支配の補償問題や先ほど出た環境問題のような、このグループが集団として不利益を被っている問題についてだろう。まとまれる問題については、プレッシャーグループとしてこの集団が現れてくることになる。

北野:グローバルサウスという言葉を中国が公式に使い始めたのは、最近のことだ。中国は当然、グローバルサウスの一員であり、開発途上国であり続けるという発言がされている。だが、いずれ遠くない将来に中国は高所得国入りをする。そうすると、途上国ではなくなる。グローバルサウスは、中国にとっては途上国との連帯のための有用な概念である。国連にはG27+中国があり、GDIを広めるために国連で友好国会合を開催し、メンバーを募ってもいる。そして中国はやはり自らがリーダーとしてふるまうために、途上国との連帯をどのように強化していくのがよいのかを優先課題として考えている。

近田:グローバルサウスに関して、少し違う観点からブラジルに関して1点。2022年の大統領選当選後、ルーラ大統領は世界の舞台で存在感を発揮してきたが、これはルーラ大統領と与党労働者党の政権が、グローバルな課題への関心が高いからである。ただし、民主主義国であるブラジルの場合、政権交代すれば大きく変わる可能性がある。前のボルソナロ政権は保守・右派で、現政権とは正反対だった。大統領選挙は僅差での決着であり、国内世論は分極化している。ボルソナロ大統領は外交の舞台にはほとんど行かず、トランプ政権の米国やロシアとつながっていた。ロシアや中国は民主的ではないため、長期政権によりグローバルサウスとしてのリーダーシップを発揮したり、継続したりすることができる。しかしブラジルのような国に関しては、政権交代の可能性を注視する必要がある。

モデレーター:パネリストの方々に個別に3つの質問をお伺いする。

グローバルサウスのリーダーシップ争いについて、ひとつの核はインド、もうひとつの核は中国にある。インドから見て中国はどのように捉えられているのか。また、中国から見てインドはどういった存在なのか。(パント 氏、北野 氏)

東南アジア諸国は経済発展を遂げているが、まだ課題はあるとのことだった。グローバルサウスの中所得国がさらなる経済成長を遂げるためには、グローバルノースの国々との関係性が重要なのか、それともグローバルサウスの途上国との関係性を重視して経済発展を実現できるのか。(イン 氏)

今の多極化した世界が、われわれの不安をあおっているのではないか、不安定化をもたらしているのではないか、ということが今日の議論のひとつの前提だった。しかし、冷戦構造の時にも代理戦争があり、アメリカのヘゲモニーの時代にも湾岸戦争やテロとの戦いという形で、不安定化要因はたくさんあった。そこで、多極化した国際社会における不安定化要因とは何なのか、多極化した国際社会には、冷戦体制やアメリカのヘゲモニーよりも、環境問題などに取り組むうえで、どのようなアドバンテージとディスアドバンテージがあるのかについて伺いたい。(西尾 氏、武内 氏)

パント:グローバルサウスに関してそれほど厳密である必要はないということを最初に述べたい。概念の曖昧さや定義が難しいことは事実だ。しかし、グローバルサウスについて今日、われわれが注目し、議論し、そして中国、インド、ブラジルといった国々が外交政策にグローバルサウスの視点を入れている時点で、グローバルサウスはある意味、目標を達成したと言える。グローバル・ガバナンスには、グローバルサウスというグループのスペース、立場があるということだ。

グローバルサウスのリーダーシップをどの国が発揮するかという問題は、インド、中国、ブラジルといった個々の国々がどのようにグローバルな秩序に関与したいと考えているかにより、形作られることになる。それは、グローバルサウスの国々が抱える貧困や開発の問題に対して、新興国がどのような成果を挙げられるか、そしてそれが途上国にどう受け入れられるか、ということにかかっている。過去10年から20年にわたり一貫してこのアジェンダをプッシュしてきたのは中国だけで、そこにはいろいろな問題が出てきている。インドやブラジル、そのほかの新興国は今、入ってきたばかりだ。インドの観点から言えば、開発の領域で、中国に代わる代替策をインドが提供できるならば、それはインドにとっても、途上国にとってもいいことだ。中国が独占的に活動してきたことが、問題を引き起こしてきた部分があるから。最終的な判断は、インドが日本など他の国々とのパートナーシップにおいて代替策を提供し、成果を出せるか否かにかかっている。

北野:中国は世界各地で、たとえばアフリカであれば、中国アフリカ協力フォーラムといった地域フォーラムを設立して、地域と中国との間の経済関係を強化してきた。だが、南アジアにはこういった枠組みは存在しない。その理由はインドの存在だ。最近では、雲南省で中国・南アジアフォーラムを開催し、インドにも招待状を出しているが、インドは来ない。それゆえ、中国のアプローチは、インドを除く南アジアの各国、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ、モルジブ、ネパールなどの個別国に対してのものとなる。たとえば、南アジア諸国に対する譲許的融資の規模は、近年大きく減る前は、非常に増えていた。こういったツールを活用して、中国は個別にインドの周辺国との関係を強化してきた。

パント 氏の基調講演では、インドが周辺国との関係を強化しているとの話があった。たとえばスリランカでは、中国の存在が非常に顕著な中で、インドもスリランカへの支援を強めているということになる。やはり南アジアの国々においては、インドがいかに周辺国との関係を強化し、信頼関係をさらに築いていくのかが非常に重要だと思っている。

イン:ASEANの10カ国は、過去20年、5.2%の成長を達成したが、その理由は2つある。ひとつは政策が良かったこと、もうひとつは運が良かったこと。政策の面では、対GDPの財政赤字を1.9%に抑えられたことや、マクロ経済が好調だったことだ。幸運については、ASEAN諸国のなかでも、特にマレーシアやインドネシアといった国々にとって、石炭、石油、パーム油などの一次産品価格が上昇したことが挙げられるが、これは短期的な利点に過ぎない。強調したいのは、ASEAN諸国の経済発展がグローバルな文脈のなかで実現していることだ。ASEAN諸国は、投資、貿易、テクノロジーといった面で、日本、韓国、中国などに依存している。ASEAN諸国が付加価値を高め、長期的な開発を実現するためには、東アジア諸国との協力が必要だ。ASEAN諸国にとって非常に重要なのは、東アジア地域の開発を優先的なアジェンダにすることだ。

西尾:不利な点としては、そもそもグローバルサウスは、理念のない圧力団体と言えることだ。気候変動に限らず、話が収れんしにくくなる可能性がある。気候変動は、グローバルサウスという器がうまく働くイシューだと思うが、先ほども出たようにLGBTQのようなまとまらないイシューについては話が空回りを続けて、一種のファティーグ(議論疲れ)、もうこういう議論はたくさんだ、という事態になる恐れがある。

もう1点。非同盟中立という路線が、一時、力を持った理由は、優れたリーダーシップがあったからだ。ユーゴスラビアのチトー、エジプトのナセルなどが非常に強いリーダーシップを発揮したので、初期の頃は非常に力があった。今のグローバルサウスにはそういうリーダーはいない。そのため、いつかは推進力がどんどん落ちていくのではないかという気がしている。

武内:多極化した世界でのグローバル・ガバナンスをどう考えるかという問いは、国際政治学で言う覇権安定論をどう乗り越えるか、ということになる。冷戦期のアメリカを念頭に作られた覇権安定論は、世界が安定しているのは覇権を持った国が公共財を提供しているからだと主張した。今日、そういった考え方は明らかに通用しなくなっている。国際公共財の提供に消極的なアメリカの姿勢が多極世界につながっており、われわれは公共財を積極的に提供する国がない中で、どういうふうにグローバル・ガバナンスを行っていくか、という問いを突き付けられている。私はこれに対してはどちらかというと悲観的だ。何かアドバンテージがあるのか、と聞かれても、かなり厳しい状況にわれわれは置かれていると思っている。

アドバンテージがあるかと問われて思いついたのは、これは見方を変えると、世界政治の民主化だということだ。かつてのように、ヘゲモニーを持った大国が公共財を提供し、すべてを決める、という世界ではなくなった。それを世界政治の民主化と言うことはおそらく可能だし、そこに希望があるのかもしれない。ただ、これは大変なことだ。各国がそれなりの責任とディシプリン(規律)をもってエンゲージメント(関与)していかなければいけない、ということになる。果たしてわれわれにそれができるのか、ということが同時に問われている。

モデレーター:最後に、参加者の方々から質問を。

質問①:一般のグローバルサウスの国々は、インドや中国のリーダーシップをどのようにみているのか。(イン 氏、武内 氏)

質問②:グローバルサウスは、どのような形でグローバルな秩序を形成することができるのか。特に関心事や利益が違った場合に、グローバルサウスはどうやってグローバルな秩序を形成することができるのか。(パント 氏)

質問③:南アフリカがウクライナ問題に対しては投票が棄権だったにもかかわらず、イスラエルに対しては国際刑事裁判所に提訴するなど、厳しい行動をとる理由は何か。(武内 氏)

質問④:グローバルサウスが経済的、政治的に影響を増しているなかで、日本はそうした地域、国々への認識をアップデートしているのか。企業を含めて、グローバルサウスに対してどのように向き合うべきか。(西尾 氏)

質問⑤:中国は対外援助などを通して影響力を行使し、究極的にはグローバルサウスの盟主を標榜しているのか。援助を受ける国々は是々非々の対応をとっているのか。(北野 氏)

モデレーター:質問への回答を含めて、パネリストの方々から最後に一言。

パント:グローバルサウスがグローバル秩序を形成するという問題について。可能性として、グローバルサウスがグローバルなアジェンダを形成する可能性はある。理由は、グローバル・ガバナンスのアーキテクチャが今、欠如しているから。グローバルサウスが国際的な議論の中で頻繁に登場するようになった理由はここにある。 グローバル・ガバナンスのアジェンダを推進するためにインドがグローバルサウスの枠組みを使った理由は、それが分断化に陥ることなく、グローバルな秩序の議論を可能にしたからだ。2022年2月にロシアとウクライナの戦争が勃発し、グローバルな秩序の分断化が急速に進んだ。そのようななかで、2023年にG20の議長国を務めたインドは、G20を分断させないような議論の枠組みを用いる必要があった。もし分断化が起きたならば、インドが成功裏に議長国を務めることはできなかった。インドネシアの大統領[インドの前のG20議長国]も、共同声明について議論する際の枠組み作りにあたって、グローバルサウスを使おうとした。ロシア対ウクライナ、中国対西側諸国、こういった分断化を避けるために、インドを含めた国々がグローバルサウスという言葉を活用したグローバル・ガバナンスを推進しようとした。さらに、インドには、グローバルな秩序に貢献したいという意思表明の意味もあった。

西尾:日本はグローバルサウスに対するイメージをアップデートしているのか、日本企業はどのようにグローバルサウスに向き合っていくのか、という質問について。日本は今回のグローバルサウスの台頭を、モーニングコールとしてとらえるべきだ。日本は多額のODAを供与しているが、他方で民間企業による途上国への投資の割合は小さい。日本からの対外直接投資の7割近くが先進国向けである。世界で先進国への直接投資の比率が日本より高いのはカナダやオーストラリアなど一部である。韓国は途上国向けの割合が日本よりも高い。もちろん、ハイリスクでもあるが、よりダイナミックな、ハイリターンのプロジェクトを求めて民間企業が途上国に積極的に打って出るようなきっかけになることを願っている。

イン:ASEANの観点から言うと、中国は、インドと同様に重要だ。そしてインドは、ヨーロッパ、アメリカ、イギリス、その他のG7諸国と同様、重要だ。他の途上国にとっても同じだろう。こういうタイプの競争は、途上国にとっては好都合だし、新たな機会を提供してくれるのも事実だ。たとえば、米中対立によるFDIの流入や東南アジアへのリロケーションといったことは有利に働くが、短期的なものだ。よって、こういう諸国が協力して、よりよい世界を作っていくことが重要だ。

武内:アフリカから見てインドや中国はどう見えるのか、というのはインさんがASEANについておっしゃったことと同じだ。アフリカにとって、インドや中国は、アメリカやヨーロッパ、日本と同じように、自分にとってのカードのひとつだ。使えるものは使うし、使える範囲で使う。グローバルサウスかどうかはここでは関係ない。 ウクライナとイスラエルの問題について、南アフリカが違うように見えるという質問があったが、南アフリカの態度は一貫している。ウクライナの場合は、西側とロシアの代理戦争的な側面があり、西側が提出した国連決議に距離を置くという態度をとっている。イスラエルの場合は、イスラエルの行動を植民地主義につながるものととらえて、批判している。いずれも西側がかつて行っていた植民地支配や、その延長線上に現在もあるガザのアパルトヘイトに対する批判、ということなので、南アフリカなりに一貫した対応だと言える。  先ほど、西側、特にアメリカが公共財提供に消極的になったと言ったが、一方でしかし、多極的な世界になったとはいえ、日本も含めた西側諸国の役割や影響力は依然として非常に大きく、その分責任も大きいということを最後に述べたい。世界政治は民主化したが、その中で責任を持った行動をとることが非常に重要となっている。

北野:中国はグローバルサウスのリーダーとしてあり続けたいと思っている。一方で、一帯一路で累積債務問題に遭遇したように、さまざまな課題を抱えている。GDIを打ち出したのも、途上国に寄り添う姿勢を見せることが、リーダーであり続けるために必要だと考えたからだ。途上国側から見ると、インさんや武内さんがおっしゃったのと同じだ。たとえばバングラデシュのケースで言えば、インドの存在があり、日本からもさまざまな開発協力を受けている。そして中国の存在もある。バングラデシュの開発のために外からのリソースをどのように活用するかということを、したたかに考えて、アプローチしている。ただ、途上国側の統治能力によって、リスポンス(活用)の仕方にはだいぶ幅があるのではないかとも考えている。

近田:ブラジルの視点から述べると、中国やインドほどのリーダーシップは発揮してはいないものの、ラテンアメリカの地域大国として重要であり、グローバルサウスをうまく利用してくると予想される。議長国である今年のG20や来年開催するCOPにおいて、ルーラ政権は国益や南米地域の利益を主張してくるだろう。メルコスールとEUの交渉が難航していることもあり、経験豊富なルーラ大統領は先進国に対抗するかたちで、「グローバルサウス」を共通の利益を有しているかのように活用してくると考えられる。この点から、先ほどの「理念なき圧力団体」という言い回しに共感する。ブラジルはじめ他の国々も、グローバルサウスをうまく使って交渉を進める可能性がある。

※パネルにおける発言内容はすべて講演時点のものです。

ストリーミング配信の視聴にあたっての注意

ストリーミング配信ご視聴にあたっては次のご利用条件・免責事項をよく読み、内容についてご同意ください。ストリーミング配信をご視聴いただいた場合には、ご利用条件・免責事項のすべてに同意されたものとします。ご利用条件・免責事項の内容に同意いただけない場合は、サイトのご利用を直ちに中止してください。なお、ご利用条件・免責事項の内容は予告なく変更する場合があります。

お問い合わせ先
ジェトロ・アジア経済研究所 研究推進部 研究イベント課
Tel:043-299-9536 Fax: 043-299-9726
E-mail:seminar E-mail