モディ政権とこれからのインド

調査研究報告書

堀本 武功、三輪 博樹 編

2019年3月発行

第1章

本章では、モーディー政権下の約5年をインドの政党政治の文脈からふり返り、かつ評価する。主たる論点は、(1)2014年連邦下院選挙でのインド人民党(BJP)による単独過半数の獲得は、会議派時代の「一党優位体制」の復活とみられるのかどうか、(2)また連邦下院選挙後の州レベルでのBJPの勢力拡張にいかなる特徴がみられるのか、そして、(3)1989年に始まり、1999年以降本格化した連合政治(coalition politics)の作動様式は、モーディー政権下にどう変化したのかという三点である。結論として、モーディー政権下でのBJPは、連合政治という大枠のなかにとどまりつつ、ヘゲモニー政党としてインド政治に長期的に君臨する意図をもった政党であることが示される。その意図が実現されるか否かは、2019年連邦下院選挙の結果にかかっている。

第2章
特に2000年代以降のインドでは、中間層や若年層など、それまで注目されていなかった社会集団が注目されるようになり、農業/農民の問題、若者の問題、政治腐敗、環境問題などの新しい政策イシューが注目を集めるようになっている。重要であるのはイシューの内容そのものではなく、それらのイシューをめぐる人々の要求が活発化し、各政党がそれに応えていかなければならなくなっていることである。しかし、2000年代以降のインドの政党システムのもとでは、各政党は、新しい政策イシューをめぐる人々の要求に対応していくことができなかった。こうした状況に対する人々の不満は、政府に対する抗議活動などの形で表に出てくるようになり、最終的には、2014年の総選挙におけるBJPの勝利と政権交代に繋がった。BJPは、カーストや宗教などにもとづく社会的アイデンティティや強力なリーダーシップなど、インドの政党政治や選挙政治において以前から見られた要素と、前述した新しい政策イシューの要素、さらには中間層や若年層の政治行動を結び付けることに成功し、2014年の総選挙で勝利を収めることができた。
第3章
本章は、2014年5月に誕生したモディ政権の経済政策のレビューとその評価を試みる。モディ政権は、力強い経済成長の実現、さらにはインド社会の変革と変革を目指して、ガバナンス改革に取り組み、広範な分野で強いリーダーシップを発揮してきた。モディ政権の経済政策には、その貧困対策やデジタル・インディアを含めて、前UPA政権が手掛けた政策を引き継ぎ、その焼き直しを図ったものが多く含まれている。倒産破産法(IBC)の成立、さらには憲法改正を伴う物品・サービス税(GST)の導入に漕ぎつけたことは、インドの経済政策に新たな一頁を付け加えたものとして評価される一方、首相府主導型政策の下での功罪も幾つか浮かび上がっている。“Make in India” イニシアティブを梃子にして製造業や雇用の拡大が強く目指されているものの、労働や土地など硬直的な要素市場に阻まれ、グジャラート・モデルの全国的適用は依然として困難な状況にあるといえる。農民層の不満を背景に、18年12月の州議会選挙でBJPは予想外の敗北を喫した。さらには総選挙を控えて、ポピュリスト的政策に傾斜しやすい中、モディ政権は経済改革の本丸に迫っていけるのか、大きな正念場を迎えている。
第4章

本稿は、「世界最大の公的雇用プログラム」とも称される「全国農村雇用保証法」(NREGA)に関する基本的な文献や資料を踏まえながら、NREGAのもとでの雇用保証事業の実施状況とこれまでの成果、さらには、近年のNREGAを取り巻く状況の変化といった点を検討することを目的としている。具体的には、(1)NREGAの基本的枠組み、(2)NREGAが賃金および消費に与える影響、(3)現在のインド人民党(BJP)政権のもとでの雇用保証事業の現状と問題点、という3つの論点を中心にNREGAに関する議論を整理する。

第5章
本章はインド人民党のモディ政権が展開した外交の評価を検討する。しかし、どのような基準によって評価するかが難問である。そこで、インド人民党が2014年の選挙綱領などで掲げたインドの大国化の進展をヤードスティックとして評価をこころみるとともに主要な外交分野の中でも二国間関係など成果も検討する。具体的には、第1節「モディ外交とインドの大国化」でモディ外交の枠組みとインド外交の性格的な位置付け、第2節「全般的な外交の成果」、第3節「主要国(地域)との関係」では、近隣優先政策、日本との関係、中国とロシアとの関係、米外交とインドを検討する。終節「むすび」では、インドは、ミドル・パワー(中堅国・中位国)であり、南アジアの地域大国であるが、米中のように世界の大国と位置付けることにはやや無理があり、いわば、「大国化途上国」であって、この性格的な位置付けの中で5年間にわたるモディ外交が展開されたと暫定的に結論付けている。
第6章

インドにおける外交・国際関係研究は、政策志向が強く、理論化、普遍化の試みが希薄である。また、リアリズムの偏重、国内要因の分析の弱さなどの欠点を指摘できる。本稿では、モディ外交を分析するための準備として、インド外交政策研究における最近の論点を整理し、実証研究が外交政策研究や国際関係論に貢献するために、意識的に超えるべきインド研究の呪縛を洗い出す。インド外交の変化を、道義の外交から実利の外交へ、途上国との連帯から先進国クラブの一員へとして捉え、ネルー外交とその後の外交とを、二分する見方は、近年修正されつつある。特に、多国間レジ―ムにおけるインドの交渉を扱った研究は、いくつかの説明変数を明示している。事例研究として最も充実している気候変動交渉に関する研究を引照しながら、インドが公共財の管理への貢献を規範として内部化していく過程をどのようにとらえるべきかを検討し、海洋レジームに対するインドの態度を研究するための参考とする。

第7章
This paper examines India’s approach to the ‘Indo-Pacific’ under the Modi administration vis-à-vis other nation states like the United States, Japan, and Australia. It employs the framework of critical geopolitics and myth-making to argue that there is an ambiguity about the application of this unified, coherent concept. The paper further examines the pillars of the ‘Indo-pacific’: connectivity, maritime security, prospects of an ‘[liberal, international] international order’ and regionalism to evaluate these nations’ approaches to it. In the assessment of India’s approach, this paper focuses on the concept of strategic autonomy and argues that under the Modi government in the debate on the Indo-Pacific region, the concept of strategic autonomy has a two-fold connotation. Firstly, in the concept of sovereignty and building alliances with the West; and secondly, in the concept of maintaining diversity, plurality, and Indian values intact. Furthermore, the first connotation has impacted India’s approach to connectivity and maritime security; while the second connotation impacts the components of maintaining a ‘liberal order’ and the idea of regionalism within the Indo-Pacific. As the complementary or competitive nature of the debates of the Indo-Pacific region evolve, this could impact the foreign policy outlook of the nation, which the new government post the General Elections in May 2019 could determine whether the connotations of strategic autonomy be wedded to principles of outward engagement or inward attention.