次世代の食料供給の担い手:ラテンアメリカの農業経営体

調査研究報告書

清水 達也 編

2019年3月発行

序章

ラテンアメリカは21世紀に入って、国際市場への食料供給基地としての重要性を増している。穀物輸出では世界最大級となり、青果物輸出でも北米や欧州にとどまらず、アジア向け輸出も増やしている。これらの農産物生産において中心となっているのが、外部の資源を積極的に取り入れ、新しい技術や経営管理の方法を導入し、規模を拡大して成長している農業経営体である。

本研究の目的は、次世代の食料供給を担うと考えられるラテンアメリカの農業経営体が、経営体の構造や経営管理の手法において、従来の農業経営体とどのように異なるのか明らかにすることである。本稿ではその準備として、農業経営体の多数を占める家族経営とその変化に関する先行研究を参照し、本研究における分析の対象と視点を示したい。

第1章

北米自由貿易協定(NAFTA)により、メキシコは労働集約的な産業や工程に特化することが目論まれ、発効以来の四半世紀において実際にそのような形で同国の経済は動いてきた。特に2010年代に入ってからは自動車および同部品を製造する多国籍企業が相次いで同国の特に中西部に進出し、労働需給が逼迫する事態を招いている。このことは、典型的な労働集約的部門である蔬菜生産にも大きな影響を与えている。

他方、同国蔬菜生産部門の主要な輸出市場であり、同時に競合的生産国でもある米国でも、メキシコ人労働供給の減少と外国人労働者に対する規制強化とによって、同国の蔬菜生産部門もより深刻な労働力不足に直面しつつある。

本稿は、北米地域における蔬菜生産部門の労働力不足への対応を中心に、NAFTA後の変化を跡付けることを目的とする。それは、企業的な経営を行う生産者によって担われるようになった対米輸出向け蔬菜生産部門において、それら企業が持続可能な形で営業活動を行っていく前提条件を把握するための準備作業とすることを意図したものである。

第2章

チリは、一次産品輸出を主軸とした輸出志向化型工業化によって経済発展を成し遂げた国として知られる。これまで輸出農業に関する多くの研究がなされてきたが、マクロ経済や貿易統計などを用いた一国全体を対象としたものか、個別事例を対象としたものが中心であった。近年農業センサスなど農業生産に関わるミクロデータが利用可能になるにおよび、異質性に富んだ生産者の実像が明らかになってきた。

本稿では、経済発展に重要な総要素生産性の伸びを、チリ農業部門のミクロデータを用いて計測し、その要因に関する研究の予備的考察となるものである。まずラテンアメリカ農業の総要素生産性に関する先行研究から、計量モデルや必要とされるデータを確認した。事業所ベースの総要素生産性の計測は近年欧米や日本の研究が報告されはじめて、チリの農業センサスや事業所パネルデータ利用することで、農家の異質性に着目した分析が可能である。

第3章

チリはラテンアメリカの中でも、顕著な農産物輸出の拡大と、それを背景とした経済成長を達成してきた国のひとつである。他国に先駆け1970年代初頭から新自由主義的な経済政策を導入したチリでは、恵まれた自然条件や北半球との季節差といった優位性を生かし、1980年代後半から様々な農林水産品の輸出が著しく拡大した。 

本稿はそのなかで、輸出向け果樹栽培に従事する農業経営体の経営戦略、特に、労働力調達ならびに労務管理の実態に焦点を当てる。労働力利用に着目するのは、チリの生鮮輸出向けの果樹栽培では、大部分が手摘みで行われる収穫作業や果樹の剪定作業等に大量の季節労働者が雇用されており、その労働の質が生産物の量・質を左右するため、この部分での経営手法が成長に重要な影響をもたらすと考えられるからである。特に、近年チリの農業部門では労働力コストの上昇・労働力不足が指摘されており、果樹栽培を手掛ける農業経営体の持続的成長にとって、この点における経営戦略の重要性が増していると言える。農作業の季節性によって必然的に生じる労働需要の変動や、労働監視コストの高さといった、理論的には大規模経営に不利とされる点が、実際にどのように克服されているのか/いないのかを明らかにすることは、次世代の食料供給の担い手像を知るうえで重要な手がかりを提供すると考えられる。

第4章

2000年代以降の新興国による穀物需要の拡大に呼応して、ブラジルは米国と並んで世界で最も重要な穀物供給国となった。ブラジル国内でも穀物作物の中心となるのが、セラード地域が位置する中西部である。ここでこの穀物生産を担うのは、これまでは中小規模の家族経営体が多かった。しかし最近は、大規模の農業経営体が目立つようになっている。家族経営が成長して大規模経営体になったほかにも、外国や農業部門以外からの投資により設立された農地投資管理企業も現れている。このような大規模経営体はどのように農業生産を管理しているのか、その方法は従来の家族経営とどのように異なるのか。大規模経営体の実態を明らかにできれば、これらが今後ブラジルにおいて、穀物供給を担う中心的な役割を担うかどうかを判断する手がかりを得ることができる。

本報告では、まず大規模農業経営体が出現した背景を説明し、次に大規模農業経営体に関する既存研究を紹介する。そして具体的な事例を示し、これらの大規模農業経営体の特徴に関する予備的な分析と今後の課題を示す。

第5章

ブラジルは、砂糖やコーヒーなどの伝統的輸出産品のみならず、近年では、トウモロコシや大豆の穀物・油糧種子、食肉などの非伝統的輸出産品においても、世界の主要な供給国となっている。また、その農業は、比較的規模の大きい経営体によって支えられ、かつ大規模化が進んでいる。  

この農業生産・経営の大規模化に必要なことを考えた場合、経営者にとって、資金調達管理が重要であり、また、そのための農業金融が果たす役割が大きくなっていると考えられている。したがって、現在のブラジル農業における好調なパフォーマンスや規模の拡大においても、同国の農業金融の果たす役割は大きいと推察される。

本稿では、農業金融が生産・経営の大規模化に果たす役割や農業金融の特質に関する先行研究の紹介、ブラジル農業金融の変遷や現在の同国における制度金融について整理した後、ブラジルと同じく農業大国である米国の農業金融と比較することで、ブラジル農業金融の特質について考察を試みつつ、今後の課題を示す。