習近平政権二期目の課題と展望

調査研究報告書

大西 康雄 編

2017年3月発行

表紙 / 目次  (261KB)

はじめに (167KB)

第1章

「新常態」下の市場化改革(632KB) / 大西 康雄

習政権1期目の市場化改革は順調だったとは言えない。党18期3中全会決定が意図したような「(経済運営において)市場に決定的役割を果たさせる」メカニズムはいまだ形成されていない。腐敗退治を通じた既得権益層の抵抗排除や,一点突破的に改革を進める体制づくりとしての集権化は進んだが,経済運営の現場で試みられた「市場との対話」が蹉跌を余儀なくされたためだ。政権は,当面,サプライサイド構造改革を通じて過剰生産力や金融リスクなどの不安定要因を取り除き,2期目に向けて安定的な経済環境を確保しようとしている。しかし,課題実現までの道筋はいまだ明らかになっていない。それを見極めるために,まずは,第19回党大会(2017年秋に開催予定)において決定する新指導部の体制が注目されるが,さらには党大会を前に展開されるであろう改革・開放を巡る議論の内容と帰趨をフォローしておく必要があろう。

第2章

本稿は,中国共産党の党内法規を例に,習近平政権による支配の制度化の状況を検討する。中国的法治の確立を政治目標の1つに掲げる指導部にとって,党内法規は,法治の主要な構成要素とみなされている。党内法規の制定には,習近平の側近中の側近である,栗戦書率いる党中央弁公庁が大きな役割を担っている。
現政権の登場以降に公布・施行された党内法規のうち,一党支配を支える重要な党内法規として,①「中国共産党党組工作条例(試行)」,②「中国共産党地方委員会工作条例」,③「中国共産党統一戦線工作条例(試行)」の3つがある。とくに,③の内容をみると,そこで示された統一戦線活動の方針は,胡錦濤時代のそれと共通点が多い。このことは,表面的な資本家冷遇のポーズとは異なり,習近平指導部のもとでも,支配体制の維持強化のため,党内条例という制度化された手続きに基づき,共産党が,新興の社会経済エリートの取り込みに注力している可能性を示唆する。言い換えれば,反腐敗・汚職撲滅の追及を通じたアンチ資本家的な指導者イメージの陰で,プロ資本家的な統戦工作(と政権運営?)の実態が覆い隠されているのかもしれない。これらの実態把握は,次年度の最終成果報告で扱われる。

第3章

漂流する対外政策 (563KB) /飯田 将史

習近平政権は,発足直後から「核心的利益」の擁護を重視し,東アジアで強硬な海洋進出を図った。他方で,習近平政権は「協力と両者有利を核心とした新型の国際関係」の構築を基軸とする,地域や国際における新たな秩序の形成において主導権の発揮を目指す「中国の特色ある大国外交」という外交理論を構築し,これはのちに習近平の外交理念へと格上げされた。しかしながら現実には,「核心的利益」にかかわる問題をめぐって,習近平政権は東アジア諸国との対立を招く政策を展開しており,中国の対外政策は漂流している。二期目の習近平政権にとっての課題は,理念と現実政策の間で漂流する対外政策に一定の方向性を見出すことであろう。

第4章

新たな段階を迎えた対外開放 (858KB) / 大橋 英夫

中国が対外開放に転じてから,中国経済は高度成長を続け,貯蓄不足と外貨不足の「二つのギャップ」を早々に克服した。この過程において,経済成長が直接投資を呼び込み,直接投資が貿易を増加させ,一層の経済成長をもたらすという「直接投資=貿易連鎖」が具現化した。対外開放は,輸出と直接投資を通して,外貨と技術を中国にもたらし,一部産業の急速な成長を可能にした。ところが,30年に及ぶ高度成長により,中国経済は投資・輸出主導型成長から消費・内需主導型成長への転換を迫られている。これに伴い,対外開放のあり方も変化を遂げ,中国は持続的成長に相応しい環境を構築すべくグローバル・ガバナンスへの関与も強めている。なかでも「一帯一路」構想は,AIIBなどの国際開発援助機関の創設とともに,中国の多国間レジームに対する新たな挑戦となっており,同時に国際的な産業移転を通した在来型産業の構造調整の一環をなしている。

第5章

2010年代以降,中国経済は新常態(ニュー・ノーマル)という安定成長の時代に入った。こうした背景のなかで,中国政府はイノベーションを推進力としながら経済発展を持続させ,産業構造の転換と高度化を図る新たな発展戦略を打ち出すようになった。2012年に開催された中国共産党の第18回大会は,「創新駆動発展戦略」を初めて確立した。そして,2016から始動した13次5カ年規画では「イノベーション駆動」を「経済発展」,「民生福祉」,「資源環境」と並ぶ4大目標の一つに設定した。本章の目的は,①「大衆創業,万衆創新」(大衆による創業,万人によるイノベーション),②「インターネット+」,③「中国製造2025」,という3つの政策に焦点を当てながら,「創新駆動発展戦略」をめぐる政府と企業の動きを明らかにすることである。

第6章

貧困と不平等の現状と課題 (641KB) / 下川 哲

本章では,先行研究や国家統計データに基づき,習近平政権下における「貧困と不平等の現状と課題」および「それら問題に対する政府の取り組み」について整理する。中国の貧困削減政策は,共産党創立100周年の2021年までに「全面貧困脱却指向」という目標を達成するために,新たな局面を向かえている(精准扶貧)。また,新たな都市化政策(国家新型城鎮化計画)を推し進めることで,都市化による貧困削減と経済的格差の縮小も試みられている。これら政策は政府主導型であることが特徴的である。さらに,貧困削減を直接の目標としていない政府主導の政策(一帯一路など)に関しても,それらが貧困や経済的格差に与えうる間接的影響について考察する。