21世紀のメキシコ――近代化する経済、分極化する政治と社会――

調査研究報告書

星野妙子 編

2017年3月発行

第1章

1980年代にメキシコは、それまでの保護主義的経済政策から、新自由主義経済政策へと、開発戦略を180度転換させた。新自由主義経済改革により、成長が実現し、貧困と格差は改善されると主張されてきた。しかし当初の予想に反して、経済改革後のメキシコの経済成長率は低迷している。本稿では、なぜメキシコの経済改革が 経済成長において乏しい成果しかもたらしていないのか、経済自由化は分配をどのように変化させたのか、このふたつの疑問に関わる先行研究の議論を整理して紹介している。

第2章

資源ナショナリズムが根強いメキシコにおいて、1938年以降75年にわたり国営石油企業Pemexが独占してきた石油産業に、外部石油会社(外資を含む)の参入を可能にする憲法改正が2013年実現した。本研究はメキシコにおいてエネルギー改革を可能にした背景およびそのメカニズムを分析することを目的としている。本稿はその準備作業として、まずメキシコの石油産業の歴史を概説し、同国の石油産業の現状を各種データから把握する。次に、2013年の憲法改正に向けて1990年代からどのような動きがあったのか、どのような批判を受けてきたのか、そしてそれらの批判にもかかわらずなぜ憲法改正が結実することができたのかについて考察する。

Chapter 3

There has been an emerging concern that democracies have stagnated, weakened, or even reverted to authoritarianism. What has happened to new democracies in Latin America since the “third-wave” of democratization? Is the recent unfavorable performance of democracies a sign of democratic reversal or decline in quality? Particularly, this concern has arisen in regards to Mexico’s democracy, which is faced with widespread corruption and violent crimes. This paper evaluates the recent trajectory of Mexico’s democracy at the national and subnational levels. Using the Freedom House Index and the Electoral Integrity Project (EIP) dataset, it shows that (1) democracy declined in Mexico between 2006 and 2015 at the national level, and (2) the quality of democracy significantly varies across the seventeen Mexican states. Overall, Mexico has not experienced the reversal of democracy but the decline in the quality of democracy.

第4章

1960年代以降のメキシコにて政治と経済の自由化が進展したことは広く知られているが、この政治と経済の大きな変化の影で、市民社会、特に社会運動や民衆闘争(popular contention)のあり方にどのような変化が生じているのかという問題は明らかになっているとはいいがたい。本稿は、この問いを探求する準備作業として、まずメキシコの市民社会の変遷をマクロな視点から把握しようと試みる3つのアプローチを検討する。

第5章

インフォーマリティはメキシコで古くから議論の対象となってきた。今日では経済学がインフォーマリティ論の主要な切り口となっているが、その中で最も洗練されているのが、条件付き現金移転プログラム等の公的扶助(貧困削減)政策を設計したことで知られるS.レヴィの議論である。彼によれば、公的扶助と非効率な社会保険システムの組み合わせがインフォーマリティへの就業誘因となっており、就業形態を問わず受給できる基礎保険システムへの移行により、インフォーマリティは縮小し、メキシコ経済の成長率も高まるという。本稿では、レヴィに至る近年のインフォーマリティ論を検討したのち、経済学者の描く制度改革が思うように進まない理由を説明する政治経済学的なインフォーマリティ論を提起する。示唆に富むインフォーマル・ポリティクスの事例として、都市民衆運動組織のかかわった不法占拠地で生じた事件とその余波を取り上げる。

第6章

メキシコでは90年代頃から麻薬カルテル間の縄張り争いが拡大し、2000年代になるとカルテルの多様化の中で紛争は新たな段階に入った。2006年末に始まる「対麻薬戦争」は、メキシコ各地で急激な治安の悪化とかつてない規模の数の犠牲者をもたらしたが、暴力激化のメカニズムについては未だ解明されていない部分も多い。本章では、麻薬紛争の歴史的経緯と近年の暴力の様相を概観し、関連する先行研究を検討する作業を通じて、今後の研究課題を明確にすることを目指す。結論として、カルテル間の縄張り争いに加えて、カルテルと国家間の暴力的抗争を重要な特徴とする麻薬紛争において、麻薬をめぐる暴力がなぜ激化したのかを考えるうえで、大物ボスの排除を軸とする政府の政策が、どのような条件下で、誰に対する暴力を激化させるのかに関するメカニズムを掘り下げることの重要性が示される。