中東イスラーム諸国における生殖医療と家族

調査研究報告書

村上 薫  編

2016年3月発行

表紙 / 目次 (114KB)
第1章
イスラームと生殖補助医療 (329KB) / 後藤絵美
中東イスラーム諸国で生殖補助医療が普及し始めたのは1980年代のことである。以来、ムスリム(イスラーム教徒)の医師や患者、その家族の間で議論されてきたのが、治療に用いられる技術が、宗教的に合法かどうかという点であった。本稿では、これらの議論の発端となり、その中核を形づくってきた二つのファトワー(法的意見)と、その後の議論を紹介する。それらを通して、イスラームと生殖補助医療の関係を描き出していく。

第2章
本稿は、エジプトの生殖補助医療現場での男性の関わりに焦点を当てる。まず、生殖補助医療が家族の再生産と関わりがあるため、同国で家族・親族がどのような位置づけにあるかを、人類学における親族論を整理し、生殖補助医療との関係に言及する中で、明らかにする。そして、1952年革命以降から現在までの家族・親族関係の変遷を概観する中で、男性が置かれている状況を明らかにし、生殖補助医療が男性性のあり方への新たな展望になる可能性を示唆する。

第3章
本章では、中東における生殖補助技術を社会・文化的問題として議論したマルシア・インホーンの諸研究を手掛かりに、この分野の先行研究において明らかになっている知見を整理すると共に、今後取り組まれるべき課題について検討した。その結果、近年急激に変化する中東における政治情勢、経済状況、物質的状況、文化変革をも含みこむ、広い社会状況の理解を踏まえた上で、生殖補助技術の利用実態を明らかにする取り組みが必要であることが明らかになった。

第4章
本稿では、生殖補助医療が導入されるにあたり、イラン国内でおこった倫理的議論に注目し、法や実践を紹介しながら、イランの状況を概観する。具体的には、生殖補助医療をめぐる倫理的議論の中で重視された婚姻関係と親子関係の規範と、大きな論争にはならなかったが、イランに特殊な状況があるいくつかの論点について、英語文献をもとに整理する。

第5章
トルコでは、不妊への強いスティグマが存在する一方、養子縁組が不妊解決のための選択肢になりにくいという状況が、不妊治療をはじめとする生殖技術への高い需要を生んできた。本稿では、(1)生殖抑制(避妊、人工妊娠中絶など)、(2)不妊治療(人工授精・代理出産など)、(3)子供の「質」のコントロール(出生前診断など)から構成される生殖技術について、生殖補助技術を中心に規制と実践の状況を概観する。