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ポスト・マハティール期のマレーシアにおける政治経済変容

調査研究報告書

中村 正志  編

2016年3月発行

序章
本報告書は、アジア経済研究所が平成27年度から28年度にかけて実施している「ポスト・マハティール期のマレーシアにおける政治経済変容」研究会の中間報告書である。この序章では、マハティール・モハマド(Mahathir Mohamad)が首相を退いたあとの時期を扱う本研究会のねらいについて説明したうえで、各論部における中間報告の概要を簡単にまとめる。

第1章
本稿では、「マハティール後」の政治の基調をなしている政党システムの揺らぎを扱う。2008年総選挙での野党躍進のあと、国民戦線と人民連盟の二大政党連合制が成立したかにみえたが、それは定着しなかった。2013年総選挙後に生じた根本的な政策志向の相違の表面化(ハッド刑問題)と政党間の主導権争い(スランゴール州首相人事)の結果、人民連盟は解体した。その過程でPASの内紛が深刻化し、中央役員選挙に敗れた進歩派指導者による新党結成に至る。新党アマナとDAP、PKRによって野党連合・希望連盟が再生されたが、それは政党としてはDAP、民族的にはノン・ブミプトラの議員のプレゼンスが際立つものへと変質した。一方、進歩派が去ったPASは、ナジブ首相のスキャンダルにより内紛を抱えるUMNOに接近した。政党システムがこのように変質するなかで、エスノナショナリズムが再び政治の主要な対立軸になりつつある。なお、本稿はあくまで中間報告である。本研究会の最終成果は、2017年度に研究双書シリーズの一冊として刊行される予定である。

第2章
マハティール退任後のマレーシアの選挙政治は、与党連合・国民戦線(BN)の急激な後退によって特徴付けられる。2008年選挙でBNは大幅に議席を減らし、続く2013年選挙には野党連合に得票数で劣ることになった。覇権政党の典型とされたBNは、なぜ急激に後退したのか。また、後退に直面したBNはどのような政権維持戦略をとり、それによって選挙政治はいかに展開しているか。体系的な検証は次年度の最終報告に回し、初年度にあたる本中間報告では、BN衰退をめぐる既存研究をレヴューし、予備的な考察を行う。

第3章
ポスト・マハティール期の政治において、権威主義的な政治制度の改革が、重要な争点のひとつとなっている。インターネットの普及や、自由主義を一つの結節点とする野党選挙協力の実現を背景として市民による自由化への圧力が強まる一方で、マハティール後のふたつの政権による政治制度改革は、きわめて漸進的で、ときに権威主義へのゆり戻しを伴うものとなっている。本稿は、アブドゥッラー、ナジブ両政権における政治的・市民的自由を制限する立法および司法制度改革について時系列にしたがって記述し、中期的な動向を把握することを目的とする。そのうえで、政治制度改革のダイナミクスを説明するためのいくつかの分析視覚を提示する。
なお、本稿は「ポスト・マハティール期のマレーシアにおける政治経済変容」研究会の中間報告書である。本稿における議論は、暫定的なものである。

第4章
ポスト・マハティール期の社会運動はどのような特徴を持ち、なぜ活性化しているのか。本稿はこれらの問いに答えるために、社会運動の理論の政治的機会構造論、資源動員論、フレーミング論のアプローチを使って分析を行った。ポスト・マハティール期の社会運動の中にはマハティール期からの抑圧的法と政府による主流メディアの統制が維持されている政治環境の下であっても、マレーシアの社会的環境を規定し続けているエスニシティの要素に依存することなく、大規模な集会やデモを実施するブルシ運動のような運動が登場している。本稿では、ブルシ運動のような運動が登場する背景には、ポスト・マハティール期の社会運動が運動にとって不利な政治環境を迂回するとともに、エスニシティのような帰属意識に依存せずとも大規模な動員が可能となる新しい政治的機会、資源、運動のフレームを見出すことができたことを指摘した。
本稿は、「ポスト・マハティール期のマレーシアにおける政治経済変容」研究会の中間報告の一部である。そのため、ここでの作業が暫定的なものであることをあらかじめご了承いただきたい。

第5章
2015年に開始から10年を迎えたマレーシアのGLC(政府系企業)改革プログラムは、通貨危機後の債務問題を乗り切っただけでなく、いくつかのGLCを地域的な業界のリーダーにまで押し上げるなど一定の成功を収めた。本論では、1997年のアジア通貨危機以降、経営危機に陥った民営化企業が、オーナー経営者型のまま存続することも可能であり、政府による所有と専門家による経営の組み合わせという現在のGLCのスタイルに落ち着いたことは「必然」ではなかったことを示す。しかし、結果的にGLCの経営スタイルは企業統治が重視される2000年代にうまく合致したと言える。尚、本論は2016年度に発表予定の成果の中間報告であり、内容は必要に応じて改訂される可能性がある。

第6章
地域開発政策の展開 (444KB) / 梅﨑創
マレーシアは目覚ましい経済発展を遂げ、国内の貧困を撲滅してきており、経済開発の成功例のひとつであると広く認識されている。本稿はその背後にある地域間経済格差の動態を整理し、その要因を検討する。次いで、マレーシアの開発政策の推移を整理し、アブドゥラ政権期の第9次マレーシア計画で経済回廊構想が本格化し、ナジブ政権期のNEMおよび第10次マレーシア計画でその精緻化が進められていることを示す。最後に、1990年前後から東南アジア地域で推進されてきた局地経済圏協力の概要、それらの枠組みとマレーシアの各州との対応を整理するとともに、今後の研究の方向性を示した。

第7章
これまで、ボーン・グローバル企業(born global firm)、すなわち「母国市場外で売上高の少なくとも25%以上を上げている企業」と言えば、先進国を本拠地とする企業が多かった。確かに時価総額でみれば、アップルやアルファベット(旧グーグル)など米国を本拠地とするボーン・グローバル企業が目立つ。しかし、産業分野別やアジアなどの地域区分でみれば、近年は新興国生まれのグローバル企業が増えている。とりわけ、マレーシアはそうした企業の急成長が目立ち注目に値する。そうしたマレーシア生まれの企業は、サービス産業が中心であり、具体的にはヘルスケア、格安航空、金融、小売・流通、ソフトウエアベンチャーなどが目立つ。また、対象とする市場はマレーシアよりも後発の新興国が中心である。なぜ、マレーシアなのか。その理由の仮説として本稿では、(1)マレーシアの国内市場が比較的小さく、企業が成長を維持するのは自ずと外国市場に進出する必要があること、(2)政府としても「中所得国の罠」に嵌まることを避けるために高付加価値産業の育成を行ってきたことを提示している。