海洋の「陸地化」と太平洋地政学-研究会中間報告-

調査研究報告書

黒崎岳大 編

2014年3月発行

この報告書は中間報告書です。最終成果は
黒崎岳大 ・ 今泉慎也 編『 太平洋島嶼地域における国際秩序の変容と再構築 』研究双書No.625、2016年3月発行
です。

表紙 / 目次 (126KB)
序章
本研究プロジェクトの目的 (306KB) / 黒崎 岳大
近年、パプアニューギニアやフィジーを含めた太平洋に散在する小島嶼国(太平洋島嶼国)に対し、日本を含めた周辺ドナー国から強い注目が向けられ始めている。それまで国際市場から離れ政治的にも経済的にも周縁におかれてきた同地域は、環境問題をはじめ、海底鉱物資源や安全保障の点からも無視できない存在となり、国際場裏でも発言力を高めている。その一方で、国家運営上必要な財政あるいは人材の欠如、また土地問題などの伝統的な秩序が維持されていることになる経済開発の未実行など、国家の脆弱性という課題は抱えたままである。こうした国際環境の中で、戦後日本は一部の人類学などの学問を除き、この地域への関与も限定されており、外交政策的にも明確な方針はとられてこなかった。しかし1980年代後半以降、太平洋島嶼諸国が独立し、国際場裏に進出する中で、外交政策においては国際社会における日本の安定的な支持基盤という認識が持たれ始め、この地域との関係の維持強化を考える必要性が高まっていった。その中で生まれたのが「太平洋島サミット」である。こうした日本の安定した支持国という認識に対して中国の進出や、米国による積極的な関与などの事例を上げつつ、日本に太平洋島嶼国との関係を強化すべきと提言したのが塩田光喜であり、近年太平洋をめぐる政治・経済研究者からもその地政学的位置からくる問題に注目すべきという意見が多くではじめている。本研究会では、21世紀に入って以降の国際情勢の中で、太平洋島嶼地域をめぐる諸問題、とりわけ安全保障や経済社会開発、資源獲得などが、いかに周辺ドナー国の中で重要視されてきているのかということを認識し、日本はこうした諸問題にどのようなスタンスで関与し、日本の外国政策の中に取り組んでいくのかを提言していくことを目的として研究を進めている。

第1章
第二次世界大戦後、国際情勢の変化を受けて、太平洋島嶼国は英国や米国などの旧宗主国から様々な国家形態の下で独立していった。その後独立後の国家の形成過程で、各国は人口構成、教育水準の向上などの要因を受けながら、国内の政治・経済システムを変革させている。本章では、太平洋島嶼国地域の今日の状況を把握するための基本情報の提供を中心に同島嶼各国の概要と、同地域と周辺地域との国際場裏における協力関係についてまとめた。最初に各国をめぐる面積や人口、経済動向にかかわるデータの分析をもとに、各国の基礎的な経済・社会基盤について比較した。太平洋島嶼国地域は、パプアニューギニアを除き陸上面積は極めて限られているものの、その50倍といえる広大な海洋面積を有しているという特徴を持っている。一方でほとんどの国の人口は、100万人にも満たない小島嶼国ばかりである。国際市場から遠いという地理的な特徴と相俟って、経済成長にとっては不利な状況にある。小規模な国家群からなる太平洋島嶼国は、豪州とニュージーランドを含めた16カ国・地域で「太平洋諸島フォーラム(PIF)」と呼ばれる地域国際協力機関を設立し、環境問題や経済開発などを通じて国際社会に協力してアピールをし続けてきている。近年では域内での紛争などの際には多国籍軍を派遣したり、共有の経済開発目標(パシフィック・プラン)を掲げるなど内部での団結を求める方向にある。この動きに対しては、豪州などによる覇権的な態度が見られるとフィジーなど加盟国の中で反発する動きもある。一方で、旧宗主国を中心とした周辺ドナー国は、島嶼国との間で独立後も緊密な関係を続けている。とりわけ、豪州とメラネシア地域、ニュージーランドとポリネシア地域、米国とミクロネシア地域の関係は極めて大きい。日本は、旧宗主国に次ぐ有力ドナー国として存在感を示しており、1970~90年代までは社会インフラ整備、近年では草の根無償資金支援やボランティア事業で各国から高く評価されている。

第2章
海洋の「陸地化」とは、これまで陸地(領地)のみを基点に考えられてきた太平洋の極小島嶼国を、排他的経済水域を含めた「国家領域」として捉えることにより、「大国化」するという比喩的表現である。「大国化」の意味には、海洋底鉱物資源の開発可能性と同時に、太平洋の安全保障を考えると、一方でその海洋上にある陸地の島国をめぐる大国間の争いの場としてもなりうる。太平洋島鵜諸国にとっては、大国との狭間で、いかに自国の価値を高く保持し、そこからどれだけ多くの政治的・経済的なメリットを引き出せるかという「外交手腕」を試されている。2006年のクーデタ以来、「軍事独裁政権」として周辺の自由民主主義諸国から制裁措置を科されたフィジーに対して、内政不干渉・開発途上国のリーダーとして進出してきた中国は寛大な理解者であった。「軍事独裁政権」ではあるものの、政策的の方向性はきわめて進歩的であり、政府における腐敗の根絶・民族を超えた国民の平等といった政策を強力に進めるフィジーの現政権ではあるが、原住民系指導者層による反動も懸念されている。2014年9月の総選挙実施以降に成立する新政権の政策を注視しなければならないだろう。

第3章
太平洋の海底資源 (262KB) / 細井 義孝
近年、太平洋島嶼地域をめぐり脚光を浴びている問題に深海底鉱物資源がある。太平洋地域は鉱物資源の宝庫であり、マンガン団塊、コバルトリッチ・クラスト、海底熱水鉱床が、太平洋島嶼国の排他的経済水域に分布しており、高品位のものが海底に未曾有にあると報告され、大きなセンセーションを巻き起こした。日本政府は、周辺諸国に先駆けて、この深海底資源に注目し、南太平洋応用地球科学委員会(SOPAC)と協力しながら、海底資源調査のために高い技術と資金を提供してきた。その結果、クック諸島のマンガン団塊のうちコバルト分が100万トン(日本の消費量の100年分相当)など大量な資源が海底に広がっていることが分かった。その資源に対して、海外鉱物資源開発企業はすでに商業化に向けた活動を始めているが、現在までのところ商業的生産に至るまでの段階に至っている企業や国・政府の動きは見られない。今後の深海底鉱物資源の課題と展望を考える上では、まずは資源量の把握が求められる。さらに資源開発のための機械などの技術面の向上も求められる。さらに、上記の問題がクリアされた場合、その状況下で採掘を行った資源がその時点での市場の中で採算がとれるかどうかという経済性の問題も、商業化への進展が進むか否かを考える上で極めて大きな問題となるだろう。一方で、深海底鉱物資源の開発の場合、資源を提供する側になる太平洋島嶼国側にとっては、陸上の鉱山開発よりも経済波及効果が少ないことが予想される。島嶼国側は鉱山税の収入に加えて、その収入を用いた持続的可能な鉱山資源開発やその他の産業開発を起こすような仕組みを作ることが必要であろう。

第4章
開発途上国は先進国と比較して災害への脆弱性が高く、特に太平洋小島嶼はプレート型の地震が頻発し低平な国土と四方を海に囲まれている地形的、地理的条件から、津波や高波による被害のリスクが高い。ソロモン諸島はオーストラリア・プレートの境界に位置しているため、これまでも大規模な地震と津波を経験してきた。2013年2月にソロモン諸島東部沖で発生したマグニチュード8.0の地震とそれに伴う津波は、テモツ州ネンドー島の沿岸集落に大きな被害をもたらし、住民の4割が避難生活を余儀なくされた。しかし多くの家屋が被害を受けたにも関わらず、人的な被害は最小限度にとどまった。開発に関する指標が地域でも低位で、災害に対する構造物対策や早期警報が整備されていない離島という脆弱性が極めて高い条件下で、人的な被害が軽微であった要因としては、(1)人々の互助が働く社会構造 (2)自然と共生する生活様式 (3)津波に関する防災教育の実施 の3点が考えられる。これらは構造物対策に頼らない防災力として、先進国にとっても示唆に富むものである。

第5章
非西欧途地域の法制度は、植民地化または近代化過程において受容された西欧近代法の影響を強く受けており、それが現代の法制度の基本構造を形作っている。西欧法を受容する前に存在した法を近代法と区別して、伝統法(固有法)と呼ばれる。伝統法には慣習法、宗教法、伝統国家の法令などが含まれている。こうした伝統法は近代法の導入によって必ずしも廃れてしまうものではない。現代の法制度の基層にあって伝統法が影響を与えているほか、実定法上の根拠を与えられることで公式の制度として現代の法制度においても新たな生命を得ているものが少なくないのである。それでは太平洋島嶼国において伝統法・固有法は現代においてどのような機能を果たしているのであろうか。本稿ではパプアニューギニア(PNG)における固有法の現代的な機能について予備的な検討を行う。PNGの1975年憲法は法制度の現地化を打ち出し、コモンロー、独立前の立法および慣習を構成要素とする新たな「基層法」の発展を掲げる。先行研究は、基層法の発展が想定された通りには進展していないとし、その原因としてコモンローの法学教育を受けた法律家・裁判官がコモンローに従った解決を選好すること、慣習法の認定の困難さ、さらには憲法や立法の規定の曖昧さなどを指摘する。