ポスト新自由主義期におけるラテンアメリカの政治参加
調査研究報告書
上谷 直克 編
2013年3月発行
まえがき (146KB)
第1章
「上から」の国民投票とラテンアメリカ現代政治-統治の戦略としての国民投票分析に向けた試論- (313KB) / 宮地隆廣
数ある政治参加の形態の中にあって、政府の発意で実施される国民投票(GIR)には、政府が実施のタイミングを決定できるという特徴がある。こうした性格ゆえ、GIRは、政策の断行と正統性の誇示を目論む政府によって戦略的に用いられることが予想される。これに関連して、否決の恐れのあるGIRを政府が敢えて行使するのはなぜか、あるいは逆に、GIRの実施回数が非常に少ないことを踏まえると、なぜ政府はGIRを多用しないのかという問いが出される。現代のラテンアメリカ諸国は、こうした問いをより純粋な条件で考察できる格好の場である。
第2章
国民投票における投票行動規定要因-ボリビア2006年県自治国民投票における投票行動- (387KB) / 舟木律子
本稿は、ボリビアにおける「下から」の国民投票の投票行動規定要因を明らかにすべく、まず関連の先行研究を検討することを目的とする。はじめに、ラテンアメリカにおける国民投票の実施状況について概観し、次にボリビアにおける「下から」の国民投票(2006年県自治国民投票)の概要を述べる。その後、同事例に関する先行研究についてごく簡単に触れた上で、ボリビア以外の事例について扱った定量的アプローチの先行研究を参照する。そこから、4つの仮説:政党支持・短期的賛成/反対運動・アイデンティティ・政治リーダーへの支持について確認する。また2008年LAPOPのデータに基づく分析報告を参照し、アイデンティティと政治リーダーへの支持といった変数の影響について確認する。最後に今後の研究の方向性を示す。
第3章
新たな利益代表システムの可能性-国家コーポラティズムを超えて- (285KB) / 篠崎英樹
ラテンアメリカの伝統的な利益代表システムである国家コーポラティズムは、ネオリベラル期の社会経済の変化に、どのような問題を抱え、いかなる議論を展開したのかを概観することを主な目的とする。また、同時並行的に誕生したポピュラー団体による利益代表システムはいかなるものか、国家コーポラティズムに代替するものなのか、国家コーポラティズムからポピュラー団体(間)による利益代表システムへの移行はどのようなものか、新たな政治参加の形態をまとめる。
第4章
ブラジル・サンパウロ市の気候変動政策と参加型制度の再評価 (433KB) / 舛方周一郎
ポスト新自由主義期のラテンアメリカにおいて、ブラジルの参加型制度は市民の政治参加の代表的な形態である。ただし、参加型制度についての多くの研究が、特定の成功例を取り上げる規範的な手法から一定の基準に則して制度の有効性を評価する手法へと変化している。本論文では、ラテンアメリカにおける参加型制度にまつわる研究動向を整理した後に、ブラジル・サンパウロ市において政策過程に市民が参加する制度の一つとして紹介される「気候変動環境経済委員会(Comite do Clima)」を事例に、環境政策に関する参加型制度を再評価するための予備的な考察を行う。
第5章
「ポスト新自由主義期」ラテンアメリカの抗議運動-研究方法論・技法に関する覚え書き- (432KB) / 上谷直克
本稿の主題は「"ポスト新自由主義期"ラテンアメリカの抗議運動」を分析する下
準備として、いわゆる「社会運動の社会学」で蓄積されてきた様々な議論や、具体的な分析手法の有用性や限界について、当地域の先行研究にも少しばかり触れながら概観することである。従って、ここでの議論は、筆者自身が今後自らの分析作業を進める際に留意しておきたい事項を整理するという目的に沿って進む。それゆえ、先行研究に言及する場合でも、各々の研究で明らかにされた具体的な知見というよりも、むしろそこで展開された議論がいかなる理論や方法論・分析技法に依拠しているのかという点に重点が置かれる。
準備として、いわゆる「社会運動の社会学」で蓄積されてきた様々な議論や、具体的な分析手法の有用性や限界について、当地域の先行研究にも少しばかり触れながら概観することである。従って、ここでの議論は、筆者自身が今後自らの分析作業を進める際に留意しておきたい事項を整理するという目的に沿って進む。それゆえ、先行研究に言及する場合でも、各々の研究で明らかにされた具体的な知見というよりも、むしろそこで展開された議論がいかなる理論や方法論・分析技法に依拠しているのかという点に重点が置かれる。
第6章
ラテンアメリカ、特にアルゼンチンにおける協同セルフヘルプ型集合行為を分析するための枠組に関する予備的考察 (1.40MB) / 出岡直也
ラテンアメリカにおける社会運動/集合行為の研究のレビューから、プロテスト型、協同セルフヘルプ型の集合行為のダイナミズムの解明には、目的設定が大きな社会変革にあるか否かの違いが重要であること、それゆえ、両タイプの集合行為のうちで、そのような目的設定をするものを比較する重要性が示唆される。それを前提に、集合行為論の検討とアルゼンチンにおける反・脱新自由主義の集合行為の概観を行った結果、参加者側の諸要因がより重要であるなど、協同セルフヘルプ型集合行為のダイナミズムがプロテスト型とは異なるであろうことが明らかになる。
第7章
ベネズエラの地域住民委員会と参加民主主義 (477KB) / 坂口安紀
ベネズエラでは、反新自由主義を掲げて政権に就いたチャベス大統領が「国民が主人公の参加民主主義を標榜し、そのコミュニティレベルでの実践の場として地域住民委員会を作った。とはいえ、ベネズエラの場合、「ポスト新自由主義期の新しい政治参加」という議論には、3つの理由から留保をつける必要がある。第1に、ベネズエラでは、新自由主義経済改革自体が中途半端に終わっていること、第2に、ベネズエラでは、チャベス政権誕生やその前の新自由主義経済改革に先行して、1980~1990年代に市民社会組織による政治参加の要求が高まり、「下からの政治参加」が拡大していたこと、そして第3に、チャベス政権下では、「国民が主人公の政治参加」の実践として地域住民委員会制度を作ったものの、2007年に提示された社会主義実現のための「コミューン国家ビジョン」ののなかで、実際にはそれは権力集中をめざし、市民の政治参加が末端部分に制限される制度へと変質しているからである。